第五話 側溝の中の家族
保護した田中さんの話を、私は何度も反芻しました。
「この子は雑餉隈の住宅街の側溝の中で見つかりました。側溝の蓋と蓋の小さなすき間からこの子が見えてね。手を入れても届かなかったの。だから長めのトングを持って来て、3回上げ損なって落としてしまって、4回目にやっと上げることができました」
「へーっ」
「腕の細い女性にも手伝ってもらいました。4回目にトングでゆっくりとすくい上げる途中で、その細腕の人が穴に手を入れて、さっとすくい上げてくださったのです。その後で、他にも赤ちゃん猫が鳴いていたので、レスキュー隊にも来てもらいました。4人来られて側溝の蓋を開けようとしたのですが、びくともしません。それで、動かせそうな10列目から少しずつ重い蓋をずらして移動させていったら、みんな逃げてしまいました。その時、レスキュー隊の人が『親猫の目が光った』と言われました」
つまり一匹を除いて、他の子ダヌキたちは親ダヌキとともに逃げていった、ということになります。田中さんも富田さんも、最初は猫の親子だと信じ切っていたのです。
ネットで調べてみると、都会に住むタヌキは、5月から6月頃にかけて、側溝で子どもを産み育てることもあるのだそうです。
「元々、タヌキって野山で子どもを産むんじゃないかな? もし街中であれば元に戻すべきかなぁ。田中さんはここから帰った後も、保護した場所にずっとおられたそうで。しかし逃げた猫、いや、タヌキの親子は再び戻って来ることはなかったと言っていたなぁ」
「そう言えば、次の日は大雨だったから、側溝の水かさが増して、タヌキたちは危なかったかもしれませんね」
今でも田中さんは、まだ猫の親子だと思い込んでおられるので、連絡を致しました。
「あのね、預かった乳飲み子だけど、驚かないで聞いて。実は、タヌキの赤ちゃんでしたよ」
「えーっ……」
携帯の向こうで言葉が途切れてしまいました。さもありなん、でございます。
「大丈夫、こっちは心配しなくて良いから。ちゃんと育てますからね」
「あぁ、良かった。今、気持ちが動揺しています。育てるの、大丈夫ですか? どうか……よろしくお願いします」
「心配しなくて良いですよ」
「ありがとうございます」
電話を切った後、私たちはしばし黙り込みました。果たして、家で飼うべきではない生き物を、このまま育てて良いのだろうか。啓子と二人で悩みました。