第十七話 ひと夏の決意
向日葵がお天道さまに顔を向けている、7月の終わり頃でした。久永さん夫婦が元を自然に放す準備に入ったとの知らせが参りました。思い切って囲いから元を放して大丈夫かどうか、思案しておられたのです。
果たして大自然の中で生きていけるのかどうか、私も啓子も心配しつつ、久永さんを応援しておりました。候補地をいくつか見学にも行かれたそうです。ハーネスを外して試みた結果、元がかなり臆病だということも分かったそうです。ポン子とまったく一緒です。
数日後には夜の野原にも放して体験させておられました。「ハーネスをつけての星空散歩」と言えばロマンチックに聞こえますが、あぜ道を進みながら、お二人とも元を放す寂しさや不安が募ったとのことでした。さもありなんでございましょう。
「うーん、ポン子は放せるかなぁ」
一方の私共ですが、放すか放さないかの選択はまだ決めかねておりました。何しろポン子はまだ小さくて、エプロンの大きなポケットにすっぽり入るくらいですから。
成田にいる娘が、ポン子専用の袋やネーム入りの首輪を作って送ってくれました。ポン子の写真をフェイスブックにあげると、500人以上の人が「いいね」を押してくれました。久永さんに触発されて、私も啓子もポン子の行く末が一層気になってまいりました。
以前、外平獣医から話をもらっていた飯塚市の老獣医師のところへ連絡を入れました。
「外平獣医から話は伺っています。よろしかったら一度どんなところか見に来られませんか」
「ありがたいです。どうかよろしくお願いします」
安堵の返事を返しました。獣医師は、一定の期間、野生の動物を保護した後、自然に帰しておられるとのことです。とりあえずポン子を自宅に残して、様子を見に行くことにいたしました。
車で50分ほどまいりますと、田舎道の通り沿いに、ぽつんと老朽化した病院が建っておりました。現在は息子さんが病院を継いでおられます。老獣医師は余生を動物たちと過ごしながら、さらに野生動物の生態の研究をしていらっしゃるとのことです。私より4〜5歳ほど年上かと思われました。
病院に隣接して8畳ほどのプレハブ小屋があり、キツネ、アライグマ、それにイノシシを飼っておられます。冷暖房設備が整っており、その中に大きなケージが4つ置かれておりました。部屋に入った途端、動物園と同じ獣臭が充満しておりました。老医師はまったく気にされないご様子でした。むしろ飼っている動物の排泄物を、隣に広がる野菜畑の肥料として循環させていると、自慢げに話しておられました。
丸顔に丸眼鏡が自然と収まっておりまして、皺が刻まれた口元からは、優しい動物愛の話が溢れ出ておりました。
「この辺りは自然が豊かで良いところですね。あちこちで沢山のスズメの鳴き声が聞こえますね」
「鳴き声が聞こえるのは良いことですよ。人間は自分のエゴで安易に生態系に手を加えてはいけないのです。できるだけ自然のままにしておかないと、後からしっぺ返しが来るのです。昔のことですが、中国の毛沢東さんの時代に、スズメの大量駆除運動が展開されたことがありました。米を食べるスズメを減らせば収穫が増えると思ったからです。そこで農民にお触れを出して、スズメが羽を休めることができないように、鍋やフライパンを打ち鳴らして疲れ切ったスズメが空から落ちて死ぬようにしました。さらに巣を見つけては壊し、卵を割ったりしましたから、絶滅寸前まで減ったのです」
「それで米の収穫は増えたのですか?」
「いいえ、収穫は増えるどころか減ってしまいました」
「へーぇ 一体どうしてですか?」
「実は、天敵のスズメが減ったことで、バッタやキリギリスなどの虫が激増して、稲を食い荒らしました。その結果、大規模な飢饉が発生して、沢山の餓死者が出たそうです。結局、当時のソ連から25万羽のスズメを輸入する羽目になったそうです」
「それはまたひどい話ですね」
「よその国だけではないのですよ。日本でも、ある動物学者の提言で愚かなことをした過去があります」
「いったいいつ頃のことですか?」
「ハブとマングースの話はご存知でしょう? 1910年に、毒蛇のハブやネズミなどの駆除を目的として、現在のバングラデシュから沖縄に導入されました。奄美大島では1979年に、沖縄から30匹のマングースが持ち込まれたのです。その30匹は、2000年にはなんと1万匹前後に増殖してしまいました。実はマングースは昼間しか活動しません。夜行性のハブの天敵とはならなかったのです。それどころか、国の天然記念物である奄美のクロウサギが食べられてしまいました。それで30年ほどの年月をかけて、一昨年、根絶したのです」
「そうだったんですね」
動物への造詣の深さと優しい語り口に、私も啓子もつい引き込まれてしまいました。この方だったら安心してポン子を任せられると思いました。
「いつ頃ポン子を連れて来たら良いでしょうか?」
「もういつでも結構ですよ」
「では、来週の月曜日に連れて来ます」
その夜、ケージの中で走り回っていたポン子に報告しました。
「ポンちゃんの住む家が決まったぞ」
「これでゆくゆくは自然に帰してもらえるよ。ポンちゃん、良かったねぇ」
啓子の弾んだ声にポン子が反応致しました。何かもらえるのではと、小さな腕をケージから出したのでした。私はクッキーを小さくちぎって食べさせました。




