第十二話 野生の記憶
猫も犬も、歯が生えそろうまでの間は噛み癖が生じますが、ポン子もご多分に漏れず、歯の成長と共に噛み癖がひどくなってきました。歯が痒いせいなのでございましょう。静岡の久永さんの元の子も、同じように夫婦に噛みつくそうです。
そこで、噛みつき防止スプレーを見つけて、勧めてくださいました。世の中、大変便利になったものです。さっそくネットで注文いたしました。タヌキの嗅覚というものは、人間よりはるかに優れているのかもしれません。空中で何かを嗅ぎ分けるかのように、常に鼻を動かしております。ポン子を抱っこする時には、このスプレーを手や足にまんべんなく吹きかけて防御いたしました。
ある晩、ポン子をケージから出して自由に遊ばせていた時のことでした。私がちょうど風呂に入っている間に、啓子はポン子に数カ所、本気で噛まれてしまっていたのです。啓子は、風呂から上がってドライヤーで髪を乾かしていたそうです。例の噛みつき防止スプレーを使う余裕もなく、急にシャンプーの匂いに反応したとしか思えません。私はすぐにポン子を捕まえてケージに戻しましたが、毛はまだ逆立ったままでした。
普段は、啓子がポン子の食事の世話をしているのですが、それ以来、啓子には無性に攻撃的になるのです。啓子がパンダの絵柄の靴下を履いたり、黄色いTシャツを着ていたりすると、さらに異常な反応を示し、噛みつこうとするのです。本当にパンダの柄や黄色に反応しているのかは、まだわかりませんが…
「今度噛みついたら山に返すからねー!」
とうとう、その言葉が啓子の決まり文句になってしまいました。




