第一話 小さな声が聞こえた日
変わりない日常の暮らしの中に、不思議な出会いが生じることがございます。出会いの相手は、人とは限りません。そして、その出会いがきっかけで、思わぬ方向へと展開していくのです。きっと皆さまにも、そのような経験がおありでしょう。幸か不幸かは分かりませんが、その巡り合わせについて語らせていただきます。
ある日のことでした。梅雨時の晴れ間を惜しんで庭の草取りをしていると、猫の保護仲間から電話が入りました。
「富田です、ご無沙汰しています。実は、雑餉隈の側溝に落ちた猫の乳飲み子を友人がトングで救い上げたけど、まだ目も開いてないのです。どうしたら良いかしら?」
電話の向こうは焦っておりました。側溝とは排水用の溝のことで、道の端に設けられており、厚くて重いコンクリートの蓋が乗っています。
「乳飲み子は時間との戦いですよ。とにかく段ボール箱を用意してください。バスタオルを下に敷いて。それと、ペットボトルにお湯を入れてタオルで包んでやってくださいね」
私も、電話の向こうの乳飲み子を想像して、必死でした。
「分かりました」
「それからキャットミルクを用意してください。ゴールデンXXミルクが売っていたら、それが一番良いと思う。そうねぇ、ペット用の哺乳瓶で与えるか、それでも飲まなかったらスポイトですこしずつ口に入れてやってください」
「うーん…大丈夫かなぁ」
頼りない返事に不安を感じ、さらに言葉を添えました。
「分からないようだったら、家に連れて来ても良いですよ」
「連れて来ても…」が魔法のフレーズだったのでしょうか。富田さんの声が軽くなりました。
「そしたら、救い上げた田中さんと一緒にそちらへ連れて行っても良いですか」
「…良いですよ」
すぐに後悔いたしました。福岡市博多区の雑餉隈から、私が住んでおります東区の香住ヶ丘までは、車で一時間ちょっとかかります。とはいえ、目も開いていない乳飲み子を長時間かけて連れて来させて、本当に大丈夫だろうか――。
その不安は的中いたします。途中、車からLINEが入りました。
「スーパーでミルクと哺乳瓶を買って、車の中で無理やり口に含ませたけど、飲んでくれたかどうか分かりません。だいぶ弱っているみたいです」
「うーん…とにかく急いで連れて来て!」
こちらも焦っていたせいか、叫ぶような声になってしまいました。後で分かったことですが、車中でぐったりして息が弱くなったその子の口の中へ、田中さんが何度も何度も息を吹きかけたそうです。
私と妻は、連絡を受けてすぐに受け入れ準備をいたしました。キャリーケースにバスタオルを敷き、ペットボトルにお湯を入れてタオルで包みました。
待ちかねた頃、二人と乳飲み子がやって来たのです。