エピローグ
あれから一年も経たないうちに、このあたりは、すっかり竜王の支配下に戻っていた。
竜王から、世界を救うことはできなかった――
いや……元に戻った、と言ったほうが正しいのかもしれない。
神殿のあるこの地方は、もともと竜王の庇護下にあったらしい。
火山の噴火を抑え、地熱で村を暖め、干ばつすら防いでくれる――そんな恩恵をもたらす存在だった。
けれど百年前、竜王が眠りについたその隙を、大国が突いた。
それ以来、この地方は、他国の支配下に置かれていたという。
それが今、竜王が目覚めて、この一帯は、ふたたびその庇護のもとに戻っていた。
とはいえ、竜王本人が何かをしたわけじゃない。戦争もしないし、大軍を率いることもない。昼寝をして、子どもたちと遊んで、ただ、のんびり暮らしているだけ。……けれど、それだけで十分だった。
表立った戦争も、結局なかった。
ただ静かに、いつの間にか、世界は竜王を中心に回るようになっていた。
そして、その変化を実際の形にしたのが――ユンドルだった。
地元の諸侯と手を組み、竜王を象徴として掲げ、自治権をじわじわと確立していったのだ。
政治的な手腕? ……まあ、見直したよ。
かつては頼りない中間管理職って感じだったけど、苦手な神殿運営から離れてからは、すっかり地方のまとめ役ってわけだ。
今じゃ、首都から奥さんと子どもを呼び寄せて、この地に腰を据えてる。家族の話をするときの表情も、昔に比べてずいぶん柔らかくなったもんだ。
しかもユンドルは、さらなる仕事を成し遂げていた。宗教改革――ってやつだ。
デルドール教の本庁には、竜王の権威をちらつかせたらしい。その結果――召喚の儀式は、全面的に封印されることになった。おかげで、勇者や使い魔がうっかり呼び出される事故も、もう起こらなくなったってわけだ。
……助かるよ、ほんとに。
心の底から、そう思う。
エレナはというと、まあ相変わらずって感じだ。
動物相手にイキイキしているというか、生きているというか……いや、もう同じだな。
巨大グモを手なずけて神殿の修理を手伝わせたり、蜂を飼いはじめたり。気がつけば、ヤギの群れが庭を駆け回っていた。
「どんな生き物でも、ちゃんと話せば通じるんですよ」
そう目を輝かせて言われると、こっちとしては、何も言えなくなる。
……でも実際、ほんとに通じてるから、たいしたもんだ。
そういえば、あの“野良勇者”――使い魔に逃げられた、あいつ。
今では神殿に住みついて、ハンスさんとハンナさんの手伝いをしながら、地味に暮らしている。元の世界には戻る気がないらしい。「あっちの世界、しんどかったんで」――そう言っていた。
……わかるよ、その気持ち。こっちは文句をねちねち言うやつもいないし、出勤時間もゆるい。
なにより、飯がうまい。
ほんとに、よくわかるよ。あいつがここを選んだのも、無理はない。
それから――竜王とドラゴンたちが、ときどき遊びにやってくる。
そりゃもう大騒ぎだ。空は裂けるし、地面は揺れるし――何度やっても命がけだ。
でも、ああやって騒いで、笑って、満足そうに帰っていく姿を見るたびに思うんだ――「世界を救う」ってのは、案外こういうことなのかもしれないって。
さて、オレのことだ。
今の役割は、竜王と使い魔のお世話係ってとこだな。
偉そうな肩書きなんて、もちろんない。でも、やることだけは――毎日てんこ盛りだ。
ドラゴンってのは、千年も生きるらしい。
あの子どもたちが一人前になるまでには……ざっと、百年かかる。
要するに――百年間は、誰かが面倒を見続けなきゃいけないってことだ。
で、その“誰か”が、どうやらオレになったらしい。
今では、誰ひとりとしてオレのことを「勇者」なんて呼ばない。むしろ――呼ばれたら逆に困る。
この生活――意外と悪くない。オレも、けっこう気に入ってる。
ルーアは、相変わらずだ。
ルーアは、ほんとに変わらない。気ままに散歩して、日向でごろりと昼寝して――気が向けば、ふらっと空を飛ぶ。んで、また昼寝。
まったく、変わらない。
気ままで、奔放で、誰の言うことも、まるで聞きやしない。
でも……機嫌がいいときだけ、ふいに身体をすり寄せてくる。
ああいうのを、ツンデレって言うんだよな。可愛いなんて思ったら――たぶん負けだ。
で、問題は――あの子どもたちだ。
……知ってるか?
猫って、生後1年で人間の15歳くらいになるらしい。
つまり、ルーアの子どもたちは、今や“思春期まっさかり”。
見た目も、中身も、しっかり成長した――良くも悪くも。
女子3人は、そろいもそろって、ただいま絶賛ギャル化進行中。
「マジそれウケるんだけど〜」とか普通に言ってくるし、いたずらのレベルも、やたら高い。
巨大グモの背中によじ登って、釣竿の先にくくりつけたネズミを見せて、あちこち暴走――とか。
うん、まあ……元気なことは確かだ。
そして一人、やけに落ち着いて見えるのがルディだ。
黒毛に白のワンポイント。見た目も態度も、クール系で決まってる。
ただし、内面はたぶん――中二病。
「別に、興味ないけど……」とか言いつつ、姉妹たちのいたずらには即反応。
要するに、素直になれない損な性格だ。
そんなわけで、最近のオレはというと、完全に“中学教師ポジション”。
怒って、なだめて、説教して……の繰り返し。
でも、悪くない。案外、この役回りも気に入ってる。
……えっ? もっと、話が聞きたいって?
それなら、ちょうどいい。
実は最近、あいつら――
隣国の社交界で、まさかの“デビュー”を果たしてさ……。
短い話を書こうと思ったのに、すっかり長くなってしまいました。
お楽しみいただければ幸いです。
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