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決戦

「でもちょっと……こんなんじゃ、ぜんぜん遊びにならないんだけど。ねぇ?」


 竜王の背後に、3匹のドラゴンが舞い降りた。


「……どうする?」


 後ろを振り返り、ドラゴンたちに軽く目配せした。


 青、緑、紫、それぞれが頭を寄せ合い、何やら低くうなり始めた。


 そして、竜王の耳元にささやいた。


「……ふむ……あのさ、うちの子たちね……言うのよ。“ちびっこと鬼ごっこがしたい”って」


 えっ? と、こちらが面食らうより早く――


「やってやる!」

「ぜったい勝つ!」

「にげろーっ!」

「きゃーっ!」


 子どもたちが、ぽんぽんぽんっと空に跳び出していった。


 ……ちょっと待て。


「やめろ! 戻ってこいっ!」


 オレが叫んだ瞬間、竜王がクスッと笑った。


 右手をひと振りすると、青白く光るムチがオレたちの一歩前で跳ねる。


「おやおや?……大人がしゃしゃり出たら、面白くなくなっちゃうでしょ?」


 その笑いは、女神のようであり、悪魔のようだった。


 オレたちは、その場から動けなかった。


 その間に、3匹のドラゴンも空中へと飛び立った。


 オレは歯を食いしばって拳を握る。


(みんな必死で戦ってくれたのに……やっぱりオレは何もすることがないのかよ!?)


 上空で、何かが始まっていた。


 それを見届けるしかない自分に、胃の底がぐらぐら揺れた。


 風を切り裂いて、青いドラゴンがラルフィを追いかける。まるで獲物を狩るような鋭い飛翔。ラルフィは振り返りもせず、小さな翼を羽ばたかせて一直線に飛ぶ。


「うおおおっ! こっち来んなーっ!」


 ドラゴンの歯が届きそうになる。だがラルフィは、そのたびに小さく身をひねり、飛び跳ねるように方向を変えてかわしてみせた。


 一方……神殿の上空。緑のドラゴンが、2人の子どもを追っていた。


「ひええええ! リアーナ、置いてかないでぇ!」


 泣きながらも必死に飛ぶルディに、緑のドラゴンが迫る。


「ほらほらー!こっちだよ!」


 横からリアーナがベロベロバーと舌を出すと、緑ドラゴンはそちらへ急旋回。


 目の前を通過する緑の尻尾に、ルディが思わずしがみつく。


 思わぬ反撃に驚いた緑ドラゴンが、くるりと回って――気づけば、自分の尻尾を追いかけていた。


 神殿の裏庭では、レイチェルと紫のドラゴンが、地面すれすれを超低空で滑るように駆けていた。翼をたたみ、鼻先をレイチェルの背にくっつけるようにして、ぴったりと追随している。


「わっ、来た来たー!速すぎっ!」


 レイチェルの髪が宙に舞うたび、紫のドラゴンがフンッと鼻を鳴らす。


「いいぞぉ! そのままブッチぎっちゃえ〜!」


 ルーアの声が響いた。両手を口にそえて子どもたちを応援してる。


「……そこで右、左! あぶなーっ! ふうぅ。ちょっと、うちの子たち、マジ天才じゃない!?」


 ルーアの声に後押しされたように、ラルフィが再びスピードを上げる――と、青ドラゴンが口を大きく開けた。ゴォッと炎が飛ぶ!


「うおおおおおっっと!」


 間一髪、ラルフィが飛び跳ねて、炎をぎりぎりで回避する。鼻をつく焦げ臭さに、背筋がゾッとする。


 リアーナとルディは、緑ドラゴンの尻尾に2人そろってしがみついていた。


「わーーーっ!」

「ひええええっ!」


 2人を引っ張ったまま、緑のドラゴンは回り続けた。


 レイチェルと紫のドラゴンは、花壇の端に腰を下ろし、空を舞う蝶々を静かに目で追っていた。ドラゴンが、ぱくっとくわえようとすると、その風圧に押されて蝶々はフッと身をかわす。それを見て、レイチェルがきゃらきゃらと笑う。


(……なんだこれ……)


 オレは思わずつぶやいた。


「ガチで、ただの鬼ごっこじゃねぇか……」


 気づけば、ピリついた空気はどこかに消えていた。


 ラルフィが指先からちいさな電撃をチリッと飛ばして、青ドラゴンの腹をくすぐる。身もだえる青ドラゴンは、それに応えるように、巨大な爪をラルフィの脇腹に引っかけてチョイチョイとくすぐり返す。


「うひゃっ、やめろ、こしょばいっ!」


 緑ドラゴンはぐるぐると回転し続けていた。尻尾にしがみついたリアーナとルディは、「キャー!」「止めてぇ!」と、ニッコニコで笑っていた。


 と、その勢いのまま――緑ドラゴンが神殿の尖塔に突撃!


 ドゴンッ!


 鈍い音が響いて、尖塔の先端がかすかにひび割れた。その衝撃で、リアーナとルディが尻尾から手を放して、そのまま神殿の屋根にぽとりと落下した。


「うぅ、今の……けっこう楽しかったかも……」


「ぼく、もうムリ……ぐるぐるで、なんにも見えない……」


 ――そのときだった。


「こらあああああああっ!!!」


 雷鳴のような声が空を震わせた。


 仁王立ちになって空を見上げていた竜王が、上空のドラゴンたちを睨んでいた。


「――壊したらダメじゃないの! 怪我でもしたらどうするのよ!?」


 その怒号に、ドラゴンたちが一斉に固まった。ちょっとシュンとしているのか?


 そんなやりとりを眺めながら、ルーアが笑った。


「……ねぇ、あんたたちまじで……遊びに来たつもり!?」


「だから、最初からそう言ってんじゃん」と、あきれたように返す竜王。


「てかさ、あんたのドラゴンたち、テンション爆上がりすぎてヤバくない? 元気ありすぎ!」


 竜王はため息まじりに、肩をすくめる。


「まだチビだからさぁ……スイッチ入ると周りなんか見えなくなって、すーぐバカ騒ぎよ。止まんないんだから、ほんともう……」


 ルーアが「あーそれわかるぅ〜」って感じで、勢いよくうなずく。


「……うちの子らもさ、2段くらいの低い階段で順番にジャンプして、キャーキャー言うのよ。ほんとに」


「うちも、やるやる!」と同調する竜王。


「まあ可愛いな〜って思ってたんよ……でさ調子乗りだして、“もっと高いとこ!”つって、気づいたら回廊の柱の上からジャンプして……で、最終的に神殿の屋上からジャンプよ?」


「……まじで……あの上から?」


「飛べるからいいけどさ、ギリギリまで翼を広げずに落ちてくんのよ……マジで、あれ、ワルの度胸試しかっての! しかも、怖がってたルディまで巻き込んで、最後はユウタめがけて落下ー!ってさ」


(ああ……あったな、そんなこと。オレが下にいるときは、結局羽を広げないんだよ。あれ、マジで心臓止まるって)


 竜王が、うんざりしたように、でも笑いながら言った。


「……うちの子らもさぁ、でっけえ岩を見つけては転がすのが大好きでサ」


「なにそれ!?やば!意味わかんなくない!?」


「で、それを火山にぶち込むのよ。“ドボーン!ドボーン!”つって、永遠にやってんの。あれ、まじで迷惑なんだよね……」


「ちょ、それ……火山マジで噴火しちゃうやつじゃん!?」


(えっ……それ、冗談で言ってんじゃないよな?)


「そうなんよ……でもさ、やめなって言うと逆にノッてくんのよ。こっちを止めていると、後ろで他のやつが放り込んで、キャーキャー喜んでんの。ホントもう、どうしろってのよ……」


(……まさか、あの地鳴りって、それが原因だったのかよ!?)


 2人は、そんなことを気にすることもなく、屈託なく笑っていた。


 そして、気が付けば、戦場で肩を並べる“戦友”って感じになってた。


 ――これが、世界を滅ぼすって言われた竜王なのか……?


 そして


 ――これが、あの使い魔のルーア様なのか……?


(完全にママ友トークじゃねーか)


 神殿の崩れかけた屋上では、エレナが、毒グモのハッちゃんにねぎらいの言葉をかけていた。どこからか持ってきた薬を塗ってやっている。


 ユンドルは、ハンスさんとハンナさんに声をかけて、散らばった破片の片付けを始めていた。手押し車に、割れた石塊を摘んで、邪魔にならないところに運んでいく。


「……ユンドル様、壊れた神殿の修理代ですが、竜王に請求できるでしょうか?」


「うーん、神殿を突き破ったのは、エレナの毒グモだしなぁ……本庁にどう説明するか」


 と、さっきまでの活躍はどこへやら、敗戦処理に駆り出された中間管理職に逆戻りしていた。


 辺りには火花も電撃もなく、“ただのじゃれ合い”だけがのどかに続いていた。


 空中では、ラルフィとリアーナ、ルディに青ドラゴンと緑ドラゴンがいっしょになって、いつものぐるぐるごっこをやっていた。たっぷり目が回ると、尖塔につかまって「うぉー!」「がぉー!」と叫んでいる。


 レイチェルと紫ドラゴンは、相変わらず花壇の端に座り込み、蝶々に囲まれたまま、お花のかんむりを作ってプレゼントしたり。2人は、とっても気が合うみたいだ。


 そして、ルーアと竜王が並んで、呑気にダベっている――その構図は、まるで「近所の公園」みたいだった。


 ――そのとき、花壇の向こうの柵の近くに、見知らぬ人影がいるのに気が付いた。

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