再会
──そして、10日が経った。
その日、オレはルーアの部屋をのぞいた。
ベッドの上、丸められた毛布の中で、ちっこい3匹の子猫たちがもぞもぞと動いていた。
まだ目は半分しか開いていないけど、耳がぴくっと動いたり、前足でぎゅっぎゅっとベッドを押したりして……ああ、ちゃんと生きてるんだなって、実感する。
産まれたばかりの頃に比べると、体もほんの少しだけ大きくなっていて、毛並みも、前よりふわっとしてきた気がする。
茶トラが、横たわるルーアの身体の下に潜り込もうとする。黒いのは、特等席でお乳を飲んでいる。もう1匹の黒猫は、尻尾と足先が白い。あらぬ方向へはっていって「ミャー」と泣く。
「ちょ、そっちじゃないって〜。こっちこっち、おっぱいこっち〜」
ルーアが手を伸ばしてくいっと押し戻す。ふにゃっとした子猫が方向を変えて、彼女の下腹のほうへ動いていく。しばらくすると、ぷるぷる震えながら、おっぱいをぱくりとくわえた。
「そーそー、えらいえら〜い!」
その様子を見ながら、ルーアは「ふふん♪」って顔で、めっちゃご満悦だった。尻尾をパタパタ揺らしながら、3匹をすっぽりと囲い込むように寝そべっている。
「……こいつら、名前つけたんよ」
部屋に入ったオレに気付いたルーアが、話しかけてきた。
「茶トラがラルフィ。女の子だけどめっちゃ元気で、すぐ他の子の耳をかじるヤンチャ系。全身黒いのがリアーナ。こっちも女の子で、食いしん坊でいつもお乳を欲しがってる。耳とシッポと手足の先が白いのがルディ。男の子なのに泣き虫で、自分で迷子になっておいて、すぐに、みゃぁみゃぁ鳴くの」
「みんな元気そうだ」
「そうだよ……すごいしょっ……」
そのとき、オレのふところから「ミーミー」と小さな鳴き声がした。
ルーアが、ぴくっと耳を動かして、オレを見上げた。
オレはそっと、ふところから三毛の子猫を取り出した。前より少しだけふっくらして、毛並みもやわらかくなっている。抱きかかえていた手をゆっくり下ろして、ルーアの横にそっと置いた。
ルーアの目が、まんまるに見開かれた。
「……!」
息をのんで、震える手で三毛の子を包むように引き寄せた。
「えっ、ちょ……あんた……マジで? うっそ、帰ってきたのぉ……?」
三毛の子は、おぼつかない足取りでルーアの体に鼻先をすりつけた。クンクンと匂いをかいで、ふるふる震えながら前へ進んでいく。やがて、ふにゅっとおっぱいをくわえた。
「……おかえりぃ! アタシがママだよ~!」
ルーアは、完全にテンションだだ上がりで、三毛の子をぺろぺろとなめながら、顔をくしゃっとゆるめた。
こうして並んでみると、この子も他の3匹と同じくらいの大きさになっていた。
「……この子の名前はね……そう、レイチェル。頑張り屋さんで、きっと誰とでも仲良くなるの」
そうしてルーアは、4匹まとめて自分の体に巻き込むようにして寝そべる。それから、子猫たちの身体をなめて、おしっこをさせる。子猫たちがウトウトし始めると、そっと抱しめる。
オレは、黙ってそれを眺めていた。いくらでも眺めていられそうだった。
……平和で、のどかで、あったかい光景だった。
(……もう1匹を埋めた庭の隅のことは、いつか教えてやろう……)
しばらくして、ルーアがぽつりとつぶやいた。
「……あーあ……ウチのママや兄弟や、彼ピにも見せたかったなぁ……。みんな、子ども好きだから、めっちゃ喜んだと思う……。友達とか呼んで、パーティー開いて、『見て見て〜うちのベイビー超かわいくない〜?』って自慢しまくってぇ……」
彼女の声はいつもの調子だったけど、語尾だけがちょっと震えてた。
それを聞いて、オレは──召喚という、この世界の理不尽な仕組みに、すっかり嫌気がさしていた。
確かに、最初は「勇者」なんて呼ばれて舞い上がっていた。けど、特別な能力をもらったわけでもない。よく考えてみれば、元の世界に残してきた読みかけのマンガや、やりかけのゲームだってあった。
それに──もし、今この子猫たちを残して、また別の世界に召喚されたら。
オレは、たぶん、おかしくなってしまう。
なのにルーアは、子どもたちの温もりを感じながら、くすっと笑った。
「んー……でも、いいの。この子たちが元気でいてくれるなら、それでいーもん。泣いてないし? 全然泣いてないし〜! アタシはママだから……アンタたちのママだから……アンタたちを守るからね!」
何も言えずに、オレはルーアたちをただ見つめていた。
(オレには、すごい特別なスキルも、聖なる剣もない。でもこの、寝ぼけてママのおっぱいを探してる小さな命くらいは……守ってやりたい)
――それから3か月後、最強の魔獣があらわれた。