復活
「助けられるなら、助けたいんだ」
そう言ったオレに、エレナはうなずいた。
「……こちらへ」
彼女が案内してくれたのは、神殿の裏手――台所のすぐ隣にある、小さな部屋だった。普段は物置として使われているらしく、天井は低く、壁越しにかまどの熱がじんわりと伝わってくる。
「この暖かい部屋を使って。母猫がいない子猫には、まず保温が大事ですから」
オレは、エレナにうながされて、革の防具とブーツを脱いだ。それから、小さく息づく子猫を、そっと毛布でくるみ、膝の上に乗せる。まだ目も開いていない、ふわふわの小さな命だ。かすかに上下する胸の動きが、じっと見ているとわかる。
もう1匹は、ユンドルが引き継いでくれた。
「……安らかに眠れるところ見つけます……ヤンドール様も文句はないでしょう」
それ以上何も言わず、ユンドルは静かに部屋を出ていった。
「じゃあ、これを……」
エレナが差し出したのは、小さな器に入ったぬるめのお湯と、柔らかな木綿布だった。
「まず、この子を体温で温めて……それから、できるだけ水分を与えてください。」
「……詳しいんだね」
「実家で、何度か子猫を世話したことがあって……」
こういう実用的な知識と経験こそ、本当に役に立つ。
「ありがとう。助かるよ……オレ、できるだけのことするから」
「お願いします」
オレは素手でそっと布を湿らせ、それを子猫の小さな口にあてた。ほんのわずかだが、子猫は口を動かした。
エレナはあわただしく立ち上がると、台所にいた2人のお手伝い係にてきぱきと指示を出した。一人は台所を飛び出し、もう一人は、かまどに火をくべてお湯を沸かし、部屋の温度を上げてくれた。
台所からいくつかの道具を集めたエレナが、部屋から出ていき、しばらくして戻ってきた。
「……ルーアさんから、ちょっとだけ分けてもらいました。お乳です。これを布にしみ込ませて、そっと口元に……」
「……うん、わかった」
白い液体に新しい布を浸すと、子猫の口元に持っていく。さっきのお湯のときより、明らかに力強く吸いついてきた。
(……飲んでる……!)
指先が震えた。
「飲み終わったら、ゲップをさせてください」
「人間の赤ちゃんみたいだ」
「ええ……今のところ、これで足りると思います。ただ……3〜4時間ごとにあげるので、すぐに足らなくなります。わたし、街に行ってヤギのミルクをもらってきます」
「……それは、私が行きましょう」
そう言ったのは、部屋に戻ってきていたユンドルだった。
「いいんですか?」と、エレナが少し驚いた声を上げる。
「大丈夫だよ……私のほうが、街の人に少しばかり顔が聞くでしょう」
「それなら……ちょっと、お願いが……」
2人は、相談しながら部屋を出ていった。
静けさが戻る。
オレは、そっと子猫の背中をなで、軽くトントンと叩いてやる。するとほどなく、ふにゃっと、小さなげっぷが漏れた。お乳を飲みつかれていたのか、安心したのか――やがて、子猫は小さな寝息を立てはじめた。
それからオレは、3〜4時間おきに世話を続けることになった。
温かさを保ちつつ、小さな布にミルクを含ませ、ほんのわずかずつ口に運んだ。
オレは、眠気と疲れでふらふらになりながらも、子猫が口を動かすのを見るたびに、胸の奥がじんとした。
半日ほどして、ユンドルが戻ってきた。つれていたのは、母ヤギとその子ヤギ。どうやら、どちらか一方だけというわけにはいかなかったらしい。
「……どうしても子ヤギもついてきちゃって」
「大丈夫です……私が世話しますから」
2匹を連れて行ったエレナは、迷惑そうなそぶりをまるで見せていなかった。
「……エレナさんは、動物の世話が得意みたいだね」
そうユンドルに声をかけると、アハハハと笑って返事をした。
「神官の助手よりも、あっちのほうが性に合っているんでしょう……」
とにかく、これでミルクは十分に確保できた。オレたちは交代で、子猫とヤギの世話をした。神殿のお務めというより、どこか田舎の農家のスローライフのようだった。
ときどき、子猫の世話をエレナやユンドルが代わってくれたが、それでも、できるだけ自分でやった。
飲む力がつくにつれて、必要なミルクの量も少しずつ増えていった。オレは麦の茎で即席のチューブを作り、ミルクを吸い上げて、子猫の口にそっと流し込んだ。
時間の感覚が、だんだん曖昧になっていく。窓から差す光を頼りに、昼と夜をなんとか見分けるだけの生活だった。
それでも──やめようなんて、一度も思わなかった。
必死に生きようとする小さな命を、見捨てる理由なんて、どこにもなかった。
子猫は、お乳を飲んで、ときどきおしっこをして、あとは毛布にしがみつくように、ほとんど寝て過ごした。