偉い人にタメ口な先輩
前のメガネをかけた真面目そうな男性は私の方に乗っているハルさんのロボを見て、少し驚いたような表情をした。
「すみませんすみません!」
私は全身全霊で頭を下げた。
「いえいえ、お気になさらず」
ほ、ほんとに?
あんまり表情緩くなって無いけど。
『豪塚、もうちょっと強面なの自覚して。うちの新人が怖がってる』
私の肩に乗っていたハルさんが豪塚と呼ばれた男性に向けてそう言った。
「そうですか?あまり言われた事は無いのですが...」
『みんな怖がって言えないだけ』
豪塚さんは自分の頬を触りながら「そうなのか...」と呟いた。
「それはそうとして、ハルさんがいらっしゃるとは珍しい。本日はどういったご用件で?」
私がエレベーターに乗り込むと、豪塚さんは降りようとせず、そのまま扉が閉まった。
『今日は新人の研修だよ、豪塚。これから私達と一緒に特命課として動くから、保安隊にも顔を出させておくべきかなと思って』
「そういう事ですか。では隊長の所まで一緒に行きましょうか。お嬢さん、お名前は?」
あ、私か。
「雪羅天です。よろしくお願いします」
「私は豪塚。保安隊の副隊長です。よろしくお願いしますね」
この人、保安隊のナンバー2じゃん!めっちゃ偉いじゃん!
そんな人と対等に話すハルさんって....
エレベーターの動きが止まり、ゆっくりと扉が開く。
「雪羅さん、こちらです。ついてきてください」
豪塚さんは私にそう言うと、エレベーターを出て左の大きな扉へ向かった。何あの大きな扉は。高さ3メートルくらいありそう。隊長もあの扉くらい大きいのかな。
その前に着くと、豪塚さんはノックした。
「隊長、入りますよ」
豪塚さんが扉を開くと、大量の書類に囲まれた紫髪の女性が頭を抱えていた。
「豪塚、助けてーって、ハルちゃん⁉︎」
『久しぶり天音』
天音さんは立ち上がって私の肩に乗っていたハルさんに泣きついた。
「ハルちゃん助けてぇ〜」
『嫌だ』
「なんでぇ〜、このまま学園生の入隊書類で溺れ死ね言うんか!?」
『溺れ死ね』
「ひど」
この人..偉い人、だよね?
ハルさんそんなこと言って大丈夫なの!?
「私はこのあたりで失礼します。保安隊本部の中はいつでも出入りしてかまいませんので。それでは」
豪塚さんは天音さんに一礼してからその場を後にした。
元々あの人エレベーターから降りようとしてたし、どこかに行く予定だったのかな。
わざわざここまで私を送ってくれて感謝しないと。
「で、ハルちゃん。この子が新人?」
『うん、これからこの子も一緒に管理局内を動き回ることになるから』
「そっか、一応保安隊の隊長をやらせてもらってる【空ノ間 天音】っていいます。これからよろしくな!天ちゃん!」
「は、はい。よろしくお願いします」
急に話の話題がこっちに来てびっくりした...
「というかなんで私の名前知ってるんですか?」
「ん?そら私達も天ちゃんのこと狙ってたし」
「え?ね、狙って?」
そんな狙われるような事したっけ?
「あれ?カグツチさんから聞いてないん?入学式の日にあった能力測定。あれ私達各部の責任者は別室から見てたんよ」
あーそういえばそんなこと言ってたような...
「その時欲しいなって思った子に配属自薦を出して、配属自薦がある子はその中から配属先を選ぶって仕組みになってる。つまり、配属自薦が送られてきた子はその部署が狙ってるって言ってるのと同義ってわけ。あーそうそう、技術部は例外ね。あそこはほぼ全員に送っとるから」
「なるほど」
私は確か...特命課・中枢管理部・保安隊・技術部から来てたっけ?
朗報、私意外と需要あった。
『そろそろ行こっか、まだ回りたいとこあるし』
「また遊びにおいで!いつでも歓迎するから」
私の肩に乗っていたハルさんに従い、「失礼しました」と天音さんに言ってから部屋を出た。
再びエレベーターに乗って1階に戻った。
「ハルさん、次は何処へ行くんですか?」
『う~ん、技術部と中枢管理部には行っても意味ないし、せっかくだしアマテラス様にでも会いに行く?」
「せっかくだし~で会えるような人じゃないですよ」
魂管理局局長アマテラス、管理局創設以来ずっと局長を務めている人。
管理局は1000年以上前からあるらしいので、霊神なのではと言われている。
メディア露出も一切無く、謎に包まれている。
『多分会えるって』
「ほんとですか?」
『どうせ執務室で暇してる』
さっきから偉い人に対してタメ口だけど、怒られたりしないのかな..
『行くよ』
私が無用な心配をしている間にハルさんは次の目標へテキパキと向かっていた。
ハルさんに導かれるまま2階行きのエレベーターに乗った。
2階は1階や5階ほど複雑な構造はしておらず、円状のホールに執務室が1つと会議室が3つほどあるだけだった。
ハルさんは執務室の扉を3回、その小さなクモの足で叩いた。
「どうぞ」
中から返事が聞こえるとハルさんはカタカタ音を鳴らしながら中へと入っていった。
私もハルさんに置いて行かれないよう少し駆け足で中へ入った。
部屋の中は綺麗に整頓されていて、中央の仕事机には局長と書かれたプレートと万年筆があるだけで誰もいなかった。
あれ、さっき「どうぞ」って声がしたのに...
「へー、君が冷華の娘かぁ」
「ひゃっ」
何!?
背後に現れた女性にいきなり翼を触られて変な声が出てしまった。
その黒髪の女性は私の翼をまじまじと見ながら割れ物を触るような手つきで触っている。
この人がアマテラス様、なのかな?
私のお母さんのことも知ってるみたいだったし。
というか..
「あのー、そろそろ触るのやめてもらえますか?くすぐったくて」
「ああ、ごめんね。冷華と触り心地違うのかなって思って」
私が言うとすぐに触るのをやめてくれた。
言い方的にお母さんのも触ったんだ...
触るならせめて言ってからにして、とは言えないんだよねぇ。
なんせ偉い人だし。
「は、初めまして、雪羅天です。よろしくお願いします」
「うんうん、よろしくね。私は魂管理局局長アマテラスだよ。天ちゃんは初めましてって言ったけど、実は私達会うの初めてじゃないんだよ?」
「ご、ごめんなさい!」
私は思いっきり頭を下げた。
やってしまった。
偉い人にとんだ失礼をしてしまった。
「大丈夫大丈夫、会ったって言っても私が医療カプセルの中にいる天ちゃんを一方的に見たってだけだから」
それ会ったって言わないと思います。
『アマテラス様、この子のこと知ってるの?』
「うん、大事な部下の娘だからね」
...いつかハルさんとカグツチさんに一度私の話をしないといけないな。
アマテラス様は整頓された仕事机の天板に座った。
『なら来た意味ないじゃん』
「いやいや、そんなことないよ。天ちゃんと互いに意識がある状態で顔合わせできたし」
確かに。
これから仕える上司がどんな人なのか知れたし、意味がないわけじゃない。
場の話題が一度途切れた所で、ハルさんのクモ型ロボットからピピピピと音が鳴った。
いきなりの事でびっくりした...
『天、仕事だよ』
ーーーーーーーー
「おい獣耳、俺らの分も事務やっといてくれ」
そう言って俺の同僚は俺に書類を押し付けて部屋を出で行った。
あいつらはいつもそうだ。
俺に何もかも押し付けて、自分たちは中心街で遊びほおける。
俺が半獣の異形だから何をしてもいいとでも思っているのだろう。
「あれ?ケモミミのおじさんじゃん。また押し付けられたの?」
開いていた扉の向こうから水色髪の少女がこちらを覗いていた。
俺の他に人がいない事を確認すると、彼女は部屋にある客人用の長椅子に座った。
「頼むからおじさんだけはやめてくれ」
「ケモミミは良いの?」
「甘んじて受け入れる」
この子は最近保安隊に入ってきた学園生らしい。
俺がこの部屋で事務作業をしていると、時々遊びに来る。
「ねぇおじさん、特命課って知ってる?」
「どうしたんだ?急にそんなこと聞いて」
「最近そこに友達が入ったんだー。でもそこって何をしてるのかイマイチわからなくて」
「あー、確かに来たばかりじゃ知らないのも当然だよな。特命課は俺ら保安隊を含めた管理局内部の治安を守る内部警察のようなものだ。たまに巡回してたりするし、お前も仕事してたら会うことがあるんじゃないか?」
「へー、そうなんだ」
この子は俺が作業していても構わず話しかけてくる。
普通なら邪魔くさいと思うかもしれないが、この会話がとても楽しい。
「お前、こんなとこで油を売ってていいのか?」
「豪塚さんが今日は見回り当番じゃないから管理局内で待機って言ってたし、今週の事務仕事は終わらせてるから大丈夫。私優秀なんだよね」
「なら俺のも手伝ってく「それは無理」
「そうか...」
俺の手元にある処理すべき書類が半分を切った。
これが終わると中枢管理部にこれを持っていかなければいけない。
この子と話せる時間も残り半分だと思うと少し寂しく思える。
ふと水色髪の少女に目をやると、俺の頭部をじぃっと見ていた。
「どうした、俺の頭に何か付いてるのか?」
「ううん、そういうんじゃなくて、おじさんのケモミミがたまにぴくぴくするのが可愛くて」
「ああ、昔からの癖なんだ。それと、男に向かってかわいいは誉め言葉ではないぞ」
「知ってる」
俺の耳を見てかわいいと言われるとは...
そんな奴が、この世界にいるなんて思わなかった。
「お前は、気持ち悪いとは思わないのか?」
「耳がってこと?」
「ああ」
「うーん、別に。寧ろ柔らかそうだしにぎにぎしたい」
「なんだよ、それ」
俺はその言葉を聞いて、不意にも笑ってしまった。
気にしないならまだしも、触りたいなんて言われたのは初めてだ。
「触るだけならいいが、握るのは痛いからだめだ」
「えー、いいじゃん!」
ほんと、この世界の人全員がこの子みたいだったらいいのにな。
書類を全て処理し終えた俺は、それらを封筒に入れて封をした。
それを持って席を立ち、ドアノブに手をかけた。
「おじさん、もう行くの?」
「ああ、中枢管理部に持っていかないといけなくてな」
「そっか、なら私も第一分隊室に戻ろうかな」
ドアを引いて通路に出ると、俺は左に、水色髪の少女は右へと進むようだった。
「じゃあね、おじさん」
「またな」
さて、仕事を頑張るとしますか。