初日について行きたくないと思わせる上司
あれから数日、入る部署を決める期間が終了し、いよいよ今日から本格的な管理局員としての仕事が始まる。
他の階に行くエレベーターは混んでいるのに、地下1階に向かうものだけ圧倒的に空いている。
というか私以外に使ってる人見たことない。
特命課は私以外に二人しかいないし、当然か。
まずは役職的には課長のカグツチさん。
そしてそのカグツチさんを情報収集や索敵などで支えているハルさん。
今まではこの二人で仕事をしていたらしい。
頻繁に鬼人が現れるわけではないらしいけど、それ以外にも業務はあるしどうやって回してたんだろう。
エレベーターの扉が開き、誰もいない不気味なフロアに足を踏み入れる。
あの日以降、まだ一回も特命課に来てない。
というのも、あの時カグツチさんに「あ、そうだ。体験期間が過ぎるまでは来なくていいよ。こっちも手続きとかあるし」と言われたのだ。
ちなみに雫は結局保安隊に入ることにしたらしい。
ドアを開けて中へと入る。
私の上司、カグツチさんは上を見上げてぼーっとしていた。
「こんにちはカグツチさん」
「ああ、雪羅か」
「何してたんですか?」
「ん?暇すぎて死にかけてる」
...入る所を間違えた。
「人手不足を補う為に私をスカウトしたんじゃ無いんですか?」
「実際、今でも人手不足だよ。俺らの仕事は鬼人と成り果てた奴への対処だ。でもそれは非常時の話で、通常時は局内の見回りと、局内犯罪者の逮捕だ。今まではハルが機械を使って局内を監視、俺が任務を遂行する実働隊、みたいな感じでやり繰りしてたんだ」
「じゃあどうして私を?」
「最近局内犯罪者だけじゃなく、鬼人化する奴が増えてきててな」
カグツチさんはすぐ隣にあるドアを指差した。
「ハルはあそこに年がら年中引きこもってるし、実働部隊の方が人手不足だったんだ」
「でも今仕事してないですよね」
「いや?仕事はきちんとこなしてる、ハルが」
こんなにも付いて行きたくないと思わせてくる上司も珍しい。
「もう仕事内容は知ってると思うが、一応説明が義務付けられてるから軽く説明させてもらう」
デスクの引き出しから取り出した一枚の紙を渡された。
そこには特命課が行う一通りの業務内容が書かれていた。
「特殊命令遂行課、略して特命課だ。ここは形式上中枢管理部にある数ある課の内の1つという事になっている。が、実際は魂管理局局長、"アマテラス"の直属の部隊だ」
カグツチさんの説明を要約すると、特命課の主な業務は1つ。
管理局内の治安を維持する事。
その監視対象は黎界全体の治安を守る保安隊を含めた管理局全て。
「これが俺ら特命課の普段の仕事だ。そして、時たまアマテラスから命令が下ることがある。一般人・管理局員問わず、鬼人化した者を捕獲もしくは討伐しろってな。これはお前に配属自薦を送った理由にもなる」
「理由、ですか?」
「ああ、この間一回鬼人と戦っただろ?その時どう感じた?」
「え、どうと言われても...」
一生懸命戦ってたから詳しい事は覚えて無いんだけど、なんかやけに頑丈だった様な気がするなぁ。
「頑丈でしたね」
「うーん、俺が思ってた答えと違った。まぁ確かにそうだが、もう一つぐらいあるだろ?」
もう一つ?
「あー、そういえば銃剣が通用しませんでしたね。折れちゃったし」
「そうそうそれ。管理局員は味方の銃撃を被弾してしまう事を避ける為に装備に特殊な機能が備わってる。それを付けてる限り味方の銃撃で傷つく事はない」
「でもそれが私を採用した理由にどう関係が?」
「管理局員が鬼人化した場合、現在対縛霊において主流の遠距離からの銃撃は通用しない。仮にその装備が無くても身体能力が大幅に強化されてるからあまりダメージを与えられない。つまり有効なのは魂能と近接戦闘。能力試験を見させてもらったが、お前はこの2つの能力がずば抜けて高かった」
「だからクラスで私だけだったんだ」
「それにお前その翼、飾りじゃないんだろ?」
「...そうですね」
「特命課は今俺とハルの二人で回してるんだが、前線に出るのは俺一人だけで、ちょうど機動力が足りなかったんだ」
つまり私に機動力を担当させるために配属自薦を送ったってことか。
「そういえばお前、管理局内の事どのくらい知ってる?」
そんな事言われてもなぁ、私が見たことあるのは一階とこの地下1階、そして... あれ?
私ってもしかして全然ここの事知らない⁉︎
「...全くわからないです」
「よし、じゃあ局内の事を知るついでに見回りして来い!」
なんだろう、この仕事押し付けられた感は。
カグツチさんはそう言うと、デスクの隣に置いてあったダンボールから一着の服を取り出した。
「今日からこれがお前の管理局員としての制服兼戦闘服だ。明日からはこれを着て来いよ」
それは和服ベースで水色と白を基調とした服だった。
これが私の制服?
カグツチさんからそれを受け取って間近で眺めてみる。
割と気に入ったかも。
「更衣室はどこにありますか?」
流石にカグツチさんの目の前で着替える訳にもいかない。
このフロアは結構広いし、何処かにありそう。
「更衣室?更衣室か、更衣室ね... ごめん無いかも」
「え、嘘でしょ」
「俺の記憶が正しければ、この階に更衣室はゼロ。でもトイレは10箇所ある」
私どこで着替えればいいんだろう?
というかこれだけ広いのに更衣室無いってどういう事⁉︎
ここの設計者はかなりお腹が緩かったようだ。
「じゃあカグツチさん出て行ってください」
「え、なんで?」
「ここで着替えるからです」
「後ろ向いてても?」
「ダメです」
「俺上司...」
「ストライキ起こしますよ?」
「はい、ごめんなさいすぐ出て行きます」
まぁハルさんは引きこもってるらしいし、あのクモから聞こえる声は女の子の声だった。
そこは心配しなくても大丈夫だと思う。
カグツチさんがいなくなった部屋で私は早速それに着替えた。
さっきまで制服を着ていたのもあるかもしれないけど、見た目に反して結構軽い。
というかちょっと忍者っぽい。
さらに魂能を使っても凍らない。
今までは魂能を使うと、その部分の服や靴が凍ってしまい、毎回タマさんに怒られていた。
でももうその心配はないみたい。
この前言ってた手続きってこれの手配の事もあるのかな?
これ作るの結構時間かかりそうだし。
それと一緒に何か紋様の様なものが書かれた手拭いとくないが入っていた。
私を忍者にするつもりなのだろうか。
戦うとき髪の毛邪魔そうだし、手拭いで髪を1つにくくった。
さっきまで着てた制服もそうだけど、私の衣服には全て翼を通す穴が空いている。
そうでもしないと服の中にしまわないといけなくなって非常に窮屈になってしまう。
苦しいんだよね。
あ、そういえばカグツチさんの事忘れてた。
「もう入って良いですよー!」
私がそうドアに向かって言うと、カグツチさんが戻ってきた。
「はぁ、脅しって怖い」
私がいつ脅したと言うのだろうか。
記憶にごさいません。
「それで、着心地はどうだ?」
「かなり良いですね。もの凄く軽いし、魂能を使っても凍らないですし」
「それが主な戦闘服の機能だな。その服は氷だけじゃなく、鏡の権能にも対応してるらしいぞ」
へぇ、この服結構な優れものなんだ。
どういう仕組みなんだろう?
「そういえば、カグツチさん。権能と魂能の違いって何ですか?」
「ん?まだ知らなかったのか?俺も専門家じゃないから詳しくはわからないが、大まかに説明するとだな__」
カグツチさんの説明を要約すると、
魂能:【魂に付属する能力】の略称。黎界に住む人の3割ほどが持っている。その能力はその人の性質により、属性と特性が決まる。
権能:黎界で生まれる3世代に2・3人という非常に稀な、魂能よりも強力な能力。
「権能って、魂能よりも強力なだけですか?」
「そうだなぁ..違いをざっくり言うと、魂能は影響を与えられなくて、権能は影響を与えられるんだ」
「カグツチさん、削っちゃいけないとこざっくりいっちゃってます」
「..例えば、同じ火の属性の魂能と権能があったとして、まったく同じ大きさの木の枝を燃やして新聞紙の上に置いたとする。すると魂能の火で燃やした方は木の枝だけ燃えて下の新聞紙は燃えない。権能の火で燃やした方は下の新聞紙に燃え広がる」
「つまり、魂能は能力の対象にしか影響を与えられなくて、権能は能力の対象以外にも影響を与えられるってことですか?」
「ああ、簡単に言うとそんな感じだ」
なるほど。
正確に言えば違うかもしれないけど、なんとなくは理解できたし、今はこの説明でいいや。
私は箱に入っていたくないを手に取った。
「着替える時にも思ったんですけど、私を忍者にでもするつもりなんですか?」
「まぁ忍者に近い役回りになるし、あながち間違ってない。ただその服装は技術部の趣味だ」
え?趣味...?
「さっそくで悪いが見回りに行ってくれ。その服と一緒に入ってた特命課の印が入った手拭いがあれば局内どこでもフリーパスだ。ついでに色んな部署に行って顔を覚えてもらって来い。人脈は広い方がいいぞ」
「わかりました」
言われた通り、部屋を出て見回りに行こうとすると、カグツチさんに呼び止められた。
「そういえば、お前自分の刀というか武器って持ってる?」
「あー、それなら昔父に刀の扱い方を教えてもらってた時に使ってたのがあったような気がします」
「じゃあそれを一回持ってきてくれ。状態によっては俺が打ち直ししてやる」
「鍛治師なんですか?」
「ああ、そうだぞ」
「へー、見た目からは想像できないですね」
「若干喧嘩売ってる?」
「いえいえ、とんでもない」
意外だ。嘘かなとも思ったけど、嘘を吐いているようには見えない。嘘付くメリットも無いし。
「行ってきます」とだけ行ってそこを後にした。エレベーターの前に着くと、肩にハルさんの小型のクモロボットが乗ってきた。
『この中知らないだろうし、私が案内してあげるよ。代わりにお願い一個聞いてもらうけど』
「お願いですか?まぁいいですけど」
わざわざ私の為に案内してくれてるんだし、お願い一個で済むなら安い方だ。中へ入って一階のボタンを押す。このエレベーターは三階専用の物なので、これで他の階に行くことは出来ない。他の階に行くには一階に戻ってから他のエレベーターに乗る必要がある。
もうちょっと他にやりようはあったと思うけどなぁ。まぁ普通そんなに他の部署と関わることが無いらしいし、行けるようにする必要もないのか。
『じゃあまずは保安隊の所から行こうか』
「保安隊って4階と5階ですよね?どっちに行くんですか?」
『五階かな。簡単に言うと四階は一般隊士のもので、五階は分隊長とか隊長の使うフロアなんだよ』
「え、じゃあ今から私たち偉い人に会いに行くんですか?」
『うん、偉い人に顔を覚えてもらった方が局内を動きやすくなるしね』
偉い人にこれから会うって考えると、なんだか緊張してきた。
扉が開き、人混みの中へ足を踏み入れる。いくつかエレベーター待ちの列ができていたが、地下1階用の次に少なかったのが五階用だった。
待機列は私以外誰もいない。
エレベーターの到着音と共に扉が開く。
はぁ、どんな人なんだろう、緊張する。
私が下を向きながらエレベーターに乗ろうと前に進むと、ゴツンッ__と何かにぶつかった。
何かと思い前を向くと、メガネをかけた真面目そうな男性がこちらを睨んでいた。
あー、終わった。