心の平穏
「行くぞ、天」
「はい!」
私とカグツチさんは走って第一演習室を出た。
そして1階へ降り、そこから庭を通って下足室へ、そこから10秒程で正門にたどり着いた。
辺りを見渡すが、鬼人らしき姿は見当たらなかった。
「そうだ、天。これ貸してやる」
カグツチさんはどこからか刀を取り出して、私に渡した。
持ってみると、一般的な刀より重く、刀体術用の刀の様だった。
「カグツチさん、今どこから取り出したんですか?」
「秘密だ」
「魂能ですか?」
「....」
図星か。
まぁそんなことはどうでも良くて、今はこれから来る鬼人に集中しよう。
学園の正門周辺から人気がだんだんと無くなっていった。
どうやらハルさんが人除けを完了させたようだ。
『じゃあ手短にブリーフィングを』
ハルさんがそう言って、二人分の詳細情報を目の前に映し出した。
『簡単に名前と魂能だけ。一人目、田中耕哉、125歳。保安隊第6分隊所属。火の魂能、特性:個体。二人目、梶井聡樹、87歳。同分隊所属。水の魂能、特性:油。この二人は同じ分隊で魂能の連携が得意らしいから、できるだけ分断して戦って。あと、アマテラスから伝言。今回、捕獲が困難な場合、”殺してしまって構わない”』
「了解」
私はその言葉を聞いて、自分の中にあった不安が少し大きくなったような気がした。
私に、殺せるだろうか。
そんなことを思っていると、また一段と不安が大きくなった。
少し目を細めて見ると、人除けがされている正門に、怪しい雰囲気を纏った二人組が向かってきているのが見えた。
カグツチさんがもう1本刀を取り出し、それを構えた。
「天、お前は油の方をやれ。俺は炎をやる」
「了解」
鬼人二人組は、正門で私達が待ち構えているのを見ると、少し手前で立ち止まった。
こいつらは前みたいに理性を失っていないようだ。
そしてその内の1人、おそらく田中であろう人物がもう1人に話しかける。
「聡樹、多分あいつらが特命課だ」
「わかりました先輩。では、僕らの役目を果たすとしましょう」
少しずっしりとした刀を鞘から抜いて構える。
脳が冷却され、思考が研ぎ澄まされていく__
私達が最初にするべきことは奴らの分断。
私が梶井に近づこうとした瞬間、私達の周りを炎の壁が覆った。
田中の魂能は火、その特性は個体。
自身が生み出した火炎は粘土のような性質を持つ。
しかし、よほど燃えやすい物でない限り、他の物に燃え移る事は無い。
私は試しに目の前の炎を刀で切った。
それは本当に粘土を切ったような感覚で、スパッと切れた。
が、それによってできた隙間はすぐさま埋められてしまった。
「カグツチさん、どうします?」
「一点突破だ」
「了解」
カグツチさんが「行くぞ」と言ったのに合わせて、私は彼と息を合わせて同じ場所を切りつけ、穴を空けた。
そしてその穴が塞がる前に私達は脱出し、田中と梶井の位置を確認した。
脱出後の隙を狙ってか、田中が炎をこちらに飛ばすが、それは私達と梶井の間に落ちた。
何だ、失敗したのか?
すると梶井が魂能で油を作り出し、それを物凄い勢いでこちらに飛ばした。
梶井の魂能は水、その特性は油。
その名の通り、生成した水が油の性質を持つようになる。
飛ばされた無数の油は、私達に届かず落ちた田中の炎をくぐった。
するとその油に粘土状の炎が燃え移り、勢いを落とす事無く私達の元へ飛んでくる。
そう、田中の生み出す火炎は梶井の油以外を燃やす事は無い。
が、熱は伝わる。
なので田中の炎が燃え移った無数の油は、まるで温度の低い溶岩の様で、シンプルに質量によるダメージもあるだろうが、粘土のような性質なので、触れてしまうと肌に纏わりついて火傷は避けられないだろう。
速度は弾丸程速くない。
だが銃弾よりも大きいので、躱しにくさは銃弾よりも上だ。
私とカグツチさんは、飛んできたそれらを刀で弾き応戦する。
ハルさんの言っていた連携とはこれの事か。
飛んできた最後の油を弾いたと同時に、私は右の梶井に、カグツチさんは左の田中へ駆け出した。
田中は炎を辺りにまき散らし、梶井は周囲に油を撒いた。
私は少し跳んで低空飛行し、油を避けて梶井に接近した。
そしてそのまま刀の質量を利用して振り下ろした。
それに対し梶井は自身の右腕全体に油を纏い、手の甲から刀に触れることで、刀の斬撃によるダメージを薄皮1枚に留めた。
私の刀は勢いそのまま地面に突き刺さった。
点での攻撃はダメか。
刀の頭を軸に、手のひらを着いて体をぐるっと回し、梶井に右回し蹴りを食らわせた。
梶井は衝撃を和らげる為か、自ら左方向へ跳んだ。
しまった、向こうには田中が。
「先輩!」
梶井がそう叫ぶと、田中はカグツチさんから距離を取り、梶井の周りに火炎を飛ばした。
それに合わせて梶井はさっきと同じように油を飛ばし、火炎を纏わせて私とカグツチさんを攻撃した。
私はそれを刀で弾き、梶井が地面に着地する寸前の隙に飛び蹴りを入れ、学園の敷地内へ吹き飛ばした。
「お前ッ!」と田中が火炎を纏った腕で私を掴もうと手を伸ばしたが、カグツチさんが刀でその腕を切り落とした。
「行け、天」
「ありがとうございます」
油の事も考え、片足で地面をポンッと蹴り、低空飛行で吹き飛ばした梶井を追った。
梶井は背負っていた銃剣を取り出し、銃口を私に向けた。
引き金が引かれ、銃弾が私に向かってくる。
その銃弾には油による工夫はされていないようで、私は銃弾を刀で真っ二つにした。
保安隊の銃剣は対縛霊を想定して作られている為、銃弾の速度よりも威力を重視して作られている。
そのため私でもこのように切り落とすことが可能だ。
梶井が次弾を装填する前に距離を詰めて攻撃した。
梶井はそれを銃身で防ぎ、その衝撃を利用して足から油を放出すると、自ら油で滑り、私から距離を取った。
そして再び私に向かって銃弾を放つ。
私はそれを刀で弾き、今度は回し蹴りをする。
しかしそれも銃身で防御され、少し離れたところへ滑る。
これを2回ほど繰り返した後、梶井は銃口を斜めに、少しだけ地面にめり込ませ、引き金を引いた。
すると梶井が弾丸を放った衝撃で押し出され、かなりの速度で下足室の方へ滑って行った。
私は再び低空飛行で追いかけた。
梶井は油で後ろに下がりながら私に向かって銃弾を放つ。
その全てを刀で弾く。
梶井の滑る速度よりも私の飛行速度の方が速く、梶井との距離はじわじわと縮まっている。
遂には下足室に入ってしまい、梶井の進行方向に柱が見えた。
このままいけば梶井は確実にぶつかる。
チャンスだ。
そう思い、急にブレーキをかけられなくなるが飛行速度を上げた。
梶井の目前まで迫った瞬間、梶井は誰も居ない左方向を銃撃して右へ方向転換し、柱との衝突を回避した。
あっ、ぶつかる。
私は勢いそのまま柱に追突した。
柱はその衝撃に耐えられず、中の鉄筋をむき出しにしてコンクリート部分が崩れ落ちてしまった。
私は翼でがれきを押しのけ、再度飛行し梶井を追尾した。
普段学園の生徒たちでにぎわっている廊下を梶井は滑り、私は飛行する。
次々と放たれる弾丸を刀で防ぎ、ちょっとずつ梶井との距離を縮めていく。
刀の間合いになると私は刀を振るい、梶井がそれをいなしてまた距離を離した。
放たれる弾丸を防いでいると、弾いたうちの一つが破裂し、油を撒き散らした。
その油の多くが私の刀に纏わりつき、次弾を切ろうとすると、油で滑って弾道を逸らすだけになってしまった。
もう銃弾の様な小さな物を切る事は出来なさそうだ。
そこから私は銃弾を切って防ぐのではなく、弾いて防ぐ方法を取った。
再度前方に梶井の行く手を阻む壁が見えてきた。
速度を..いや、おそらく梶井はさっきみたいに方向転換するだろう。
このままの速度で行こう。
壁際に設置されていた消火器を取り、梶井に向かって投擲した。
梶井はそれを銃弾で撃ち、中から消火剤が噴き出した。
私の視界が一瞬白に覆われ、目の前が見えなくなる。
クソッ、投げる物の選択を間違えた。
消火剤が充満したエリアを抜けると、壁が目前に迫っていた。
梶井はすでに滑る方向を切り替えていて、丁度右方向、体育館の方へ向かっていた。
私は進行方向へ足を向け、壁に”着地”し、壁を蹴って梶井の向かった方へ再び飛行した。
体育館には1年生と管理局の人がいるはず。
そこに着くまでに終わらせないと。
放たれる銃弾を弾き、少しずつ距離を詰める。
刀の間合いになったら攻撃する。
これを2・3回繰り返した。
するといつの間にか体育館へつながる渡り廊下まで来てしまっていた。
このままじゃみんなのいる体育館に入ってしまう。
でも私には、梶井を止めることができない。
魂能を使っても、氷が這う速度では梶井に追いつけない。
”仕方ない”か。
再び私の間合いになった瞬間、足刀で蹴って梶井を体育館の扉に打ち付けた。
その衝撃で扉は壊れ、梶井はバランスを崩して転倒した。
よし、この隙に。
私は魂能を出力よりも速度を重視して発動した。
その氷は地面を這い梶井の下半身まで覆った。
しっかりと握り直し、梶井に接近して刀を振るう。
梶井は上半身を起こして身に油を纏い、それを腕でいなす。
刀を振るう。
梶井はいなす。
その繰り返し。
いなされる度に梶井の腕には傷が増えていく。
刃を立て、梶井の喉元めがけて突いた。
梶井はそれに向けて手のひらを突き出した。
私の刀はその手を貫通し、少し逸れて梶井の喉元ではなく左肩に突き刺さった。
そのまま刀を下に落とし、梶井の左腕を切り落とした。
そして再度刀を振るう為に構え直す。
「はは、これで僕の役目は終わり..かな」
梶井はそう呟くと、刀を払う為に構えていた腕の力を抜いた。
私は一瞬拘束出来そうだと思ったが、私の体はそんなことを無視して梶井の首を切り落とした。
脳に熱が戻り、思考に靄がかかる。
戦闘が終了し、刀を鞘に納める。
そうすると、集中が切れたからなのか、周りの情報が頭に飛び込んでくる。
「ね、ねぇ、天」
私と息絶えた梶井を1年生が取り囲んでおり、それを守るように管理局の代表者が配置していた。
そしてその前に、雫がいた。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。無傷だし」
雫は私の返答を聞いて、少し動揺したようだった。
同様に1年生もコソコソと何か話し始めた。
「あ、あのね天。そういう事じゃ無くて。その..平気なの?人を殺して」
「え、それは..」
足元に落ちている梶井の頭を見る。
そうしても、私の心は平穏を保ったままだ。
あれ?
確かに、どうして何も感じないんだろう__?
偶数日の20時10分の定時更新です。
無理そうだったら変えるかも