特別授業
配属が決定してから、初週が終了した。
緊張していると、案外時間が過ぎるのは早い。
まぁ緊張していたと言ってもそれは初日だけで、2日目と3日目は全く仕事が無かった。
カグツチさんは天井のシミを数え、私はハルさんにレクチャーされながら客間にあるテレビにゲーム機を繋いでアイビーシリーズをプレイしていた。
元々私は外に出れなかったというのもあって、人並みにはゲームをしていた。
だからそれにハマってしまい、暇だった2日間でアイビーシリーズの第1作を終わらせてしまった。
普通に面白かった。
..まぁ、そんな事はどうでもいいとして、今日は学園で特別授業がある日だ。
その内容については、それぞれの配属先に合わせてグループ分けをして、それぞれに合った授業を行う、とだけ言われてそれ以上は触れられていない。
「やっほー、天」
「おはよう雫」
いつもの交差点で雫と合流し、学園に向かう。
「ねぇねぇ天、特命課ってどんな仕事なの?」
「うーん、何というか、悪い奴を捕まえる?」
「何で天自身がよくわかってないの!?」
「だ、だって、この3日間で仕事1回しかなかったんだもん!」
「..1回?私、3日間ずっと仕事あったよ..?仕事が無い間何してたの?」
雫に若干責める様な語気でそう言われた。
先輩とゲームしてました、なんて言える訳が無い。
今思ったけど、特命課ってほぼ給料泥棒じゃん。
「逆に考えてみてほしい。局内の治安維持が仕事の私達が忙しかったら、それはそれで駄目だと思わない?」
「確かに」
まぁ仕事が少ない分危険度が高いから給料泥棒でも許して欲しい。
というか局内の治安を乱す奴が一番悪い。
学園までまだ少しある所で一度立ち止まり、私は着ていた上着を脱いでカバンにしまった。
「天、まだ学園に着いてないよ?」
雫がそれを見て、首をかしげた。
「うん、わかってるよ。決めたんだ、私」
「そっか、天が決めたなら、いいんじゃない?」
雫は「急にどうしたの?」などと言わず、あっさりと私の決定を受け入れてくれた。
ありがとう、雫。
私は体中で感じる視線に耐えながら学園に向けて歩みを進めていく。
あの日、ハルさんに説教されてから私の中で何かが変わった。
それを具体的な言葉で表す事はできないが、それでも何かが変わったのは確かなのだ。
私以外にも半機械生物がいるなんて思いもしなかった。
今までに普通の人から似たような事を言われたことがある。
けど、何も響かなかった。
相手に何かを伝えたいなら相手との共通部分が必要なのかもしれないと思った。
本当にハルさんには感謝しないといけない。
「そういえばさ、天は今日の特別授業、何するか知ってる?」
私は首を横に振った。
「やっぱり知らないかぁ。ふふふ、実は私、知ってるんだよね!」
「え、何何、どんなことするの?」
「じゃあ貸し1ね!仲良くなった先輩から聞いたんだけど、特別授業は毎年この時期にあるんだって。配属先に合わせてグループ分けされるってところまでは私達先生に教えてもらったけど、その後は先輩曰く、各部各課の代表者が来て私達にそれぞれの足りない部分を補う為の指導をしてくれるんだって」
「足りない部分?」
「うん、噂によると、最初の3日間で私達の仕事ぶりを観察して、能力別に評価してるらしいよ。その人の評価値が低い所が足りない所なんじゃないかって」
「噂にしては結構具体的だね」
「私も事実なんじゃないかと思ってる」
代表者か。
..特命課の二人、来てくれるのかな?
勝手なイメージだけど、二人ともめんどくさがって来なさそう。
正門から入り、下足室で靴を履き替えた。
そしていつも通り教室に入り、自分の席に座った。
5分程雫と雑談していると、先生が少し不機嫌そうな顔で教室へ入って来た。
「さて、皆初週を終えてどうだった?楽しかった?辛かった?暇だった?忙しかった?まぁそれぞれ感じたことがあっただろう。しかし、それはあくまでお前ら自身が感じたことだ。重要なのは同じ職場の先輩がどう評価したかだ」
先生の説明は、雫が入手していた情報とほぼ同じだった。
唯一違ったのは、配属先に合わせてグループ分けした後、さらに各々の欠点に合わせた指導をするために、そのグループの中から似た欠点わ持つ人を集めてチームを作るという。
まぁ特命課は私一人だから関係ないけどね。
そして今、一度全員が体操服に着替えさせられ体育館に集められた。
どうやらここに1年生全員が集められているようだ。
その証拠に、どこかで見たことある3人組が何か雑談をしている。
入学式の日にボコったあの3人組、火山、鏑木、筒原である。
あの試験の日の一件があってから、3人組はずいぶんと大人しくなったと聞く。
まだ多少威圧的な態度を取ることはあるらしいが、今までの彼らと比べるとだいぶマシになったらしい。
私はあの日以降彼らと話す機会が無かったからよく知らない。
もっともそんな機会、あったら速攻でどぶに捨てる。
私が彼らを見ながらそんなことを思っていると、一瞬火山と目が合った。
彼はすぐに目を逸らし、どこか別の所に移動した。
機会が無かったというよりも、私が避けられているだけかもしれない。
体育館の舞台にマイクを持った檜山先生が上がった。
それと同時に舞台の下に各部各課の代表者が並んだ。
「各自、自分で担当者の所に集まり指示を聞け。以上」
檜山先生は、彼女らしい非常に簡潔な言葉で指示を出した。
時々そのらしさが仇となって情報伝達がうまくいかない事がある。
先生は1人で伝言ゲームをして、最後に出た回答を私たちが聞かされているような物だ。
まぁそのお陰で終礼などが長引かないから、良い所でもあるんだけどね。
檜山先生の言葉を聞いて、生徒達が一斉に動き出した。
さて、どうしよう。
ぱっと見カグツチさん居ないんだよなぁ。
特命課に入ったの私1人だし、一緒に「どうする?」なんて言える相手も居ない。
..よし、帰ろう。
「それじゃあ俺達も行くぞ」
「....」
私は振り返り、その人物を少しだけ瞼を下げて睨んだ。
「あの、カグツチさん。そういうのって普通、よう、とか、何かこう、話しかけてから言う言葉ですよ?」
「いや、何と言うか、お前が何だか物凄く帰りたそうな空気を纏っていたから..話しかけづらくて」
「..思春期じゃあるまいし、話しかけて下さいよ」
「じゃあそういう空気を纏うのやめてくれ」
「そんな雰囲気出てましたか?」
「移動中の生徒もお前の近くを通るの避けてたぞ」
どおりでさっきから私の周りだけ人口密度が
小さい訳だ。
「それでカグツチさん、私達は何をするんですか?」
「この前家で使ってた刀を持ってくるって話だったが、天、お前忘れてないか?」
「あ」
完全に忘れてた..
その話をした後、局内の見回りに行ったり、初任務があったりしたし仕方ないでしょ。
私悪く無い。
「明日持って行きます」
「もう忘れんなよ」
「流石に忘れませんよ」
「なら良いが。天、実技演習館に行くぞ」
「そこで何するんですか?」
「お前、父親に刀の扱い方を教えてもらってたって言ってたよな?」
「はい」
「ブランクがかなりありそうだし、リハビリとして俺と模擬戦だ」
模擬戦?
カグツチさん、刀使えたんだ。
「わかりました」と言って、私とカグツチさんは移動を開始した。
体育館から実技演習館までは30秒もかからない。
というのも、2階から渡り廊下で繋がっているからだ。
2階から1階へ降り、受付で演習室の使用許可を得た。
演習室は一回の申請で1時間という制限があるらしい。
今まで使った事無かったから今日初めて知った。
私とカグツチさんは使用許可の下りた第一演習室に入った。
このあいだ能力測定で来た時にあった機材が全て片付けられていた。
中はがらんとしていて、入口の側に様々な武器が置かれた台と、擬似縛霊操作板が設置されていた。
カグツチさんは、様々な武器が置かれている台から、木刀を2本取り、その内1本を私に投げ渡した。
「特に話す事とかも無いし、始めようか」
演習室の中央に移動し、木刀を構える。
「よろしくお願いします」
脳が冷却され、思考が研ぎ澄まされる__
木刀を右手で持ち、踏み出そうとした循環、カグツチさんの木刀の切っ先が、私の眉間を捉えようとしていた。
次回更新は4月28日の20時10分です