千春:最初の一歩
最初に天を見た時、かつての私と同じだと思った。
一つ違うとすれば、私は元霊人で後天的に獲得し、天は最初から生まれ持っていた。
初回の説明が終わった後、私は彼女の日常生活が気になってクモ型ロボット、クモちゃん3号に監視させた。
すると、やはりと言うべきか彼女も、思い悩んでいた。
かつての私と同じ様に。
彼女は外に出る時、自らの翼と逆向きに生えた角を隠していた。
その様子が、この体になったばかりの頃、世間の目を恐れて機械化された眼球と関節を隠していた私とそっくりだった。
いけないと思った。
私は道を踏み外さず、自分に自信を持てるようになったから良かったけど、彼女は分からない。
私が、導いてあげないといけないと思った。
例え、彼女に嫌われる事になったとしても。
私は彼女に、観察した結果導き出した1つの事実を突き付けた。
『この体になった時、霊人に対して劣等感を抱いた。もう生物として生きられないんだ、ってね。あなたもそうなんでしょ?だから少しでも劣っていると見られたくなくて隠してる』
「....」
場の空気が少しピリッとしたような気がした。
私はその言葉をモニター越しに見える天に向かって、マイクへ吹き込む。
彼女は手に持っていたゲームソフトを少しばかり震えながら元の位置に戻した。
耳を塞ぐ事はせず、しっかりと私の言葉を聴いてくれているようだ。
「ハルさんに、異形の何が分かるんですか!?」
彼女は、少し声を荒げてそう言った。
『確かに、私は半機械生物ではあるけど、異形じゃない。けどそんな私にも分かる、あなたのそれは間違ってる。それに、私の知る限り、あなたと全く同じ異形で半機械生物の人なんて、黎界に居ない。私は半あなたに機械生物の先輩として、勝手に私の考えを押し付ける』
「..じゃあ何が正しいんですか⁉︎」
『正しい方法なんて人それぞれだから分からない。言ったでしょ?私は私の考えを押し付けるだけ。私が思うに、ただ普通に外を歩けばいい。すぐにとは言わない。心の準備が出来てからでも遅くない。ちょっとずつでいい』
「でも、そうしたら」
『そうしたら、舌打ちされる?それとも目を逸らされる?』
「....」
『そんな狭量な奴には思いっきり中指を突き立ててやればいい』
私がそう言うと、再び彼女は黙り込んだ。
ゲームコーナーに漂う空気が少し重苦しいものに置き換わった。
私が言っているのは、あくまで私の考え方。
彼女と私は同じ半機械生物、だけど彼女は私じゃない。
彼女が思い悩むのは当たり前。
だから、思いっきり悩んでほしい。
そして彼女なりの答えを出してほしい。
それが私から初めての後輩へ贈れる最大限のプレゼント。
天は先ほど戻したゲームディスクを再び手に取った。
「..ハルさん、優しいんですね」
彼女は、そのゲームのパッケージを真っ直ぐな目で見ながらそう言った。
『別に、優しくないよ。ただ同じ半機械生物であるあなたが、ビクビクして街中を歩いているのが気に入らなかっただけ』
「ははは、何ですか、それ」
『私の本心の一部だよ』
「一部って事は、それ以外もあるんですよね?きっと優しいハルさんの事ですから、それは優しい部分なんでしょうね」
『..うるさい』
まったく、一言余計だ、後輩。
罰としてこれからずっとパシリにしてやる。
天は新作ゲームの特設コーナーにあるポップに視線を向けた。
「ハルさん、私、少しずつでいいならできるような気がします」
私はあえて何も言わなかった。
やるもやらないも彼女の自由だから。
これで彼女が少しでもいい方向へ向かうことができたなら、私の目的は達成だ。
私が何も言わなかったことで生まれた静寂の後、話の話題は自然と今日ここに来た目的、最新ゲームの話になった。
「ハルさん、目的のゲームってこれであってますか?」
彼女が手にしていたのは、特設コーナーにずらっと並べられている新作ゲーム、ギャラクシーアイビー。
『うん、合ってるよ』
「ギャラクシーアイビー?ってどんなゲームなんですか?」
『簡単に言うと、ストーリーゲーってやつ。ギャラクシーアイビーはアイビーシリーズ3作目で、シリーズ通してのテーマは、〈例え見た目が変わっても〉。不滅の存在である主人公が次々転生するヒロインを見守るだけだったり、結婚したり、敵同士になってしまったり、ヒロインと様々な距離感で関係性を築いていくお話。1作目2作目はアンダーグラウンドっていう惑星が舞台で、1作目はある国の中で、2作目は惑星の中で。そしてこの3作目は能力でヒロインが別の惑星に生まれ変わったことを知った主人公が、そこにたどり着くまでのお話なんだって。1作目2作目の完成度が物凄く高くて、世間の評価も非常に高いから、このギャラクシーアイビーは多くのファンが期待してる。このシリーズの良い所は主人公が変わらないところで、他の作品だと、次作が出たりすると時間が経過していたりで主人公が変わってたりするんだけど、このシリーズの主人公が不滅の存在で、ヒロインは外見だけ変わる。ああ、変わるのは立場もか。まぁそんな細かい所は置いておいて、それ以外にもいい所はあって、このゲームの時代が、シリーズを追うごとにどんどん進んでいくところ。初作では中世なんだけど、最新作であるギャラクシーアイビーは近未来になってるんだ。主人公は変わらない代わりに、主人公を取り囲む環境が変わるから変化が欲しいって人にもおすすめできるんだ。わかった?』
「....ハルさんにゲームについて質問すると面倒くさい事は分かりました」
しまった、熱くなりすぎた。
軽く後輩をドン引かせたところで、私は他に何かよさそうなゲームが無いか売り場全体をモニター越しに見渡した。
すると私は視界の端でギャラクシーアイビーをもう一つ手に取る天を捉えた。
「ハルさん、これってパソコンでできますか?」
『ううん、ゲーム機じゃないとだめ』
「そうですか」
私はモニターから視線を外し、部屋の角にある未開封のゲーム機を見た。
あれ、ゲーム機とのセットのやつしか残ってなかったから仕方なく買ったんだっけ?
別に今使ってるのも全然使えるし、いらないか。
『よかったらゲーム機貸したげよっか?』
「いいんですか?」
『うん、ついでにアイビーシリーズの1・2作目も貸してあげるよ。ギャラクシーからやるよりも最初からやった方がいいと思うし』
「あ、ありがとうございます」
『じゃあ会計しよっか』
私と天はギャラクシーアイビーを二つ持って会計へ向かった。
カウンターには誰もおらず、だたそこに呼び鈴が置かれているだけだった。
私はクモちゃん2号を操作し、呼び鈴へのしかかった。
するとチーンというありきたりな音を立てて、奥にいた店主を呼び出した。
「もう済んだのかい?」
『うん、ありがとね』
「ああ、君の頼みなら可能な範囲で答えよう」
天は手に持った二つのギャラクシーアイビーをカウンターに置いた。
「支払い方法は?」
『電子決済で』
私は会計機のそばにあったキャッシュレス決済機にクモちゃん2号の腹を当てた。
ピピっと音が鳴ったのを確認し、再び天の肩へ飛び乗った。
天が袋に入れられたギャラクシーアイビーを店主から受け取った。
「あの、ありがとうございました」
「いえいえ、私はただ店を開けただけなので。今後とも御贔屓に」
私と天はもう既に準備中の張り紙が剝がされた自動ドアをくぐり外に出た。
ここに来る時に着地した場所に向かう曲がり角で、天が立ち止まった。
「ハルさん、管理局まで徒歩で帰ってもいいですか?」
『あなたがそれで良いなら』
天は90度方向転換をして標識に従い管理局に向かって歩き始めた。
最初は歩幅もペースもゆっくりだったが、カツカツと地面に靴が擦れる音の間隔が次第に短くなっていった。
同じ方向に向かっている人々を次々と追い抜いていく。
あの家電量販店から管理局前の交差点まで目安10分の所を天は6分で歩いた。
交差点の歩行者用信号機が青になった瞬間、天は駆けだした。
反対方向に向かう人々をかき分け、管理局エントランスに向かって遮二無二走った。
中へ入り地下1階専用エレベーターに駆け込むと、天はかご操作盤で扉を閉めた。
完全に扉が閉まりきると、天は足から力が抜けたのか、その場に座り込んだ。
その呼吸は乱れており、右手でエレベーターの手すりに掴まっている。
「は、ハルさん、できました、できましたよ!」
『やればできるじゃん』
天は私のクモちゃん2号を見ながら嬉々として報告した。
地下1階に到着し、天は特命課室に帰って来た。
そこではカグツチが天井のシミを、中央の一番大きな来客用の長椅子で寝ころびながら数えていた。
『..まったく、人が大きな1歩を踏み出したというのに、ホントに暇そうでムカつく』
「なんだよ、帰って来て早々に」
『天、ギャラクシーアイビーを1個ドアの下の隙間から渡して』
「下からですか?」
『うん』
私はクモちゃん2号の視界が映し出されたモニターを見ながらドアの前でしゃがんだ。
いつギャラクシーアイビーが差し込まれても素早く受け取れるよう、下の隙間を注視する。
「入れますよー」
天がそう言った瞬間、わずかながらにギャラクシーアイビーのパッケージの先端が見えた。
私はすかさずそこを掴み、こちらへ引き込んだ。
やった、やった!
ギャラクシーアイビーだ!
..おっと、私としたことが実物を目の前にして取り乱してしまった。
「あの、ハルさん」
天がドア越しに話しかけてくる。
「何?」
「私、今日少しだけ前に進めました。ありがとうございます」
「..私はただ、自分の考えを押し付けただけだよ。あなたがそれを糧にして、一人で勝手に前へ進んだだけ」
「それでも、ありがとうございます」
「あっそ」
先輩というのも、案外悪くないかもしれない。