雫:私優秀なんだよね
「おはようございまーす」
今日も元気に挨拶して出勤する。
私が入ったのは黎界の秩序を保つ、保安隊。
その中でも私が配属されたのは副隊長の豪塚さんが率いる第一分隊。
「朝から元気だねー」
この分隊は他よりもベテランの人が多く、自分で言うのもなんだけど一番若い私は可愛がられている。
保安隊は活動を行う分隊をローテーションで回しており、今日私のいる第一分隊は出現が確認された縛霊の討伐を担当することになっている。
「そういえばどういう流れで討伐するのか知らないんですけど」
「それは私が教えましょう」
部屋の誕生日席に座っていた豪塚さんはそう言って、私に手のひらサイズの端末のような物を手渡した。
何これ?
その画面を触っても反応せず、ただ現在の時刻が表示されているだけだった。
「その端末は保安隊全員に配布されていて、縛霊出現が確認されると討伐担当の隊員に知らせてくれる物です。私達が動くのはこの端末に通知が来てからです」
へぇー、私もっと管理局はアナログな場所だと思ってた。
意外と進んでるとこあるんだねぇ。
「通知が来たら例え現場に近かったとしても一度この部屋に来てください。この部屋で装備を整えてから全員で出発します」
一人でも早く行った方がいい気がするけど、いろんなリスクがあるんだろうなぁ。
私にはよくわかんないや。
その会話が終わると、ペンが紙を走る音だけが部屋に充満する。
「そういえば、保安隊の隊長ってどんな人なんですか?」
その静けさに耐えられなくなり、言葉を捻り出した。
「うーん、そうだねぇ...明るい人、かな?」
「明るい人?」
「まぁ1番強いのはもちろんなんだけど、底抜けに明るくて、事務仕事とか苦手なクセに無駄に責任感が強い人だよ、隊長は」
褒めてるのか貶してるのか...
「まぁそのおかげで隊長の分の仕事を押し付けられているのですが」
豪塚さんはしれっと愚痴を言った。
だから豪塚さん、ずうっと事務仕事してるんだ。
「まぁ自分が出来ない分、私達部下を頼ってくれる所も、空ノ間隊長の尊敬出来るところなんですけどね」
愚痴をカバーする様に、豪塚さんは隊長を褒めた。
出来ない事があるって言われながらも、これだけ尊敬されてるんだ。
保安隊隊長、早く会ってみたいなぁ。
この会話が終わると、再びペンが紙を走る音が場に響く。
はぁ、私の分の仕事は終わってるし、暇だなぁ。
...そうだ!
「私少し行きたいところがあるんですけど、言ってきてもいいですか?」
私がそう言うと、豪塚さんは顎に手を当て少し考えている素振りを取った。
通知が来るならここにいなくてもいいでしょ、多分。
事務仕事は昨日のうちに今週の分は終わらせたし、文句は無いはず。
「管理局内であれば構いませんよ」
「ありがとうございます!」
豪塚さんに感謝を述べてから私は少し駆け足でその部屋を飛び出した。
通路に出て、左へと進んだ。
管理局4階にはたくさん分隊室があり、その数は必要に応じて増減しているらしい。
だからたまに何もない空の部屋がある。
もったいない。
30秒ほど歩くと第8分隊室と扉に書かれた部屋に着いた。
ここだ。
開きっぱなしになってる扉から中を覗いて様子を見る。
「なんだ、また来たのか」
「やっほー、ケモミミのおじさん」
中には白髪に獣の耳を持った一人の男性が、多くの書類に囲まれていた。
中へ入って壁際に置いてある長椅子に座った。
私が保安隊に来た初日、書類を通路で落としてしまって拾っていたおじさんを手伝ってからこのように暇になれば、私がこの部屋に来て話すようになった。
「俺おじさんって歳でもないんだが?」
「へぇー、そうなんだ。分かった、おじさん!」
おじさんは軽くため息を吐くと、再び目の前の書類とにらめっこを始めた。
おじさんと話してると落ち着くというか、なんかそんな感じがする。
おじさんはいつもここで事務仕事をしている。
それも同じ分隊の人の分までやっているらしい。
いつも押し付けられて、その押し付けた張本人たちは遊んでいるという。
「おじさん、なんで断らないの?」
「何をだ?」
「事務仕事を押し付けられて、嫌じゃないの?」
「そうだな、確かに嫌だ」
「だったら...」
「でもな、俺が反抗したらいじめられて、干されて、ここを辞めさせられて、次はまた別の異形がターゲットになるんだ。なら、他人よりも”強い”俺が受け止めるしかないだろ?」
私の頭でもわかる。
おじさんの言ってる事は多分、間違ってる。
でも私は頭が回る方じゃないし、それ以外の解決法が思いつかない。
「おじさん、強いの?」
私がそう問いかけると、おじさんは幼い子供に言い聞かせるようにこう言った。
「ああ、強いよ。それも、保安隊長と同じくらいな」
普通ならそんなわけないと笑って軽くあしらっている所だが、この時の私はその言葉に妙な説得力を感じた。
「そっか、ならいつか私に戦い方教えてよ」
「ははは、そうだな、お前がいつか出世して、分隊長にでもなったら教えてやるよ」
「その時おじさんここにいるかな」
「あまり時間をかけすぎると、先にどこか行っちまうかもしれないから、急げよ」
「私優秀だし、多分すぐ偉くなれると思う」
「そうだといいな」
急げ、なんて言って、もうすぐ今生の別れになるというわけでもないというのに。
会話が途切れ、沈黙が辺りを漂う。
おじさんは止まっていた手を再び動かした。
はぁ、暇だなぁ。
私は体勢を変えて、長椅子に横たわった。
今はまだ学園生だから事務作業が少ないだけで、本格的に働くことになればこんな暇は無くなる。
でもそうなればここに遊びにも来れないのか。
この暇がずっと続けばいいのに__
そんなことを思いながらぴくぴくしているおじさんの耳を眺めていると、小一時間が経過した。
最初に沈黙を破ったのはさっき豪塚さんから受け取った端末の通知音だった。
ピピピピ
端末を取り出すと画面に【分隊室に集合】という文字列だけが表示されていた。
「出番か?」
おじさんが手を止めて私にそう問いかけた。
「うん、そうみたい」
「死ぬなよ」
「大丈夫!なんてったって私優秀だから!」
私は第8分隊室と飛び出し、全速力で第1分隊室へと向かった。
4階は使用者数が多い分、通路も広いので走ってもぶつかるなんてことは無い。
それに走っているのは私だけじゃなく、他にも走っている人を時々見かける。
今思えば私と同じで討伐担当の人だったんだと思う。
第1分隊室の前に着くと、しまっていた扉をバンッ_と思いっきり開けた。
「雨笠さん、急ぐのは良いのですが、もう少し丁寧に扉を開けてください」
「ごめんさい」
怒られてしまった。
張り切りすぎた...
「全員そろったようなので、各自装備を装着してください」
豪塚さんがそう言うと、分隊室の壁から人数分の装備一式が出てきた。
おぉ~、ハイテクだなぁ。
私の戦い方は魂能を主体としたもの。
なので私の装備か少なく、この隊服と銃剣のみ。
人によっては専用の装備があったりするらしい。
いいなぁ、いつか私も専用の装備とか欲しい。
私は自分の隊服の機能に異常がないことを確認して、銃剣を肩にかけた。
「それでは行きましょうか」
各分隊室には専用の出発口がある。
まぁ非常階段みたいな物かな。
下に降りると3階の駅のホームの隣の、少し出っ張ったスペースに出た。
そこには保安隊専用車?なる物がたくさん止めてあり、高架道路につながっている為ここから出動するみたい。
私はどれに乗るのか、そもそも乗るのかもわからないので、とりあえず前の豪塚さんについて行った。
すると一番道路に近いエンジンのかかっている車両に次々と乗り込んでいく。
中は見た目よりも狭く、両サイドに座るところがあって真ん中の通路は人ひとりが通れるくらいだった。
ふぅ、緊張してきた。
全員が座るとドアが閉まって動き出した。
ずっと分隊室で仕事だったから、やっと今保安隊って軍隊なんだって実感した。
車体の揺れが無くなり安定してくると、豪塚さんが通路に立ち資料を取り出した。
「それではブリーフィングを始めます。今回出現が確認されたのは四足型と人型の計2体。場所は流離町【墓止め】。雨笠さんの初任務となりますので、皆さんでレクチャーしつつ四足型を討伐してください。人型は私が仕留めます」
どうやら私の為に先輩方がチュートリアルを催してくれるらしい。
ラッキー。
ちょうどチームで討伐するイメージが湧かなかったとこだったんだよね。
陣形や周囲の地形情報などの確認が終わると、間もなくして車両が停止した。
すると車両の扉が開き、そこに近い隊員から外へ降りていく。
外はいわゆる城下町のような街並みだった。
が、何というか、そう、人の気配がないのだ。
「あの~、どうしてここはこんなに静かなんですか?」
「ああ、言ってなかったっけ?縛霊が出現・討伐される時は人払いがされるんだよ。まぁもとからここはこんな感じだけどね」
隣にいた先輩が答えてくれた。
全然聞いてませんけど?
こんな直前に伝えられることあるんだ。
where is 報連相。
いや、相はいらないか。
というか連だけでよろし。
車両から全員降りたのを確認して、私は魂能で鳥を作り空へと飛ばした。
それと視覚共有して空から索敵をするのが、私の主な役割。
「縛霊を発見次第陣形を組めるように待機しててください」
私の魂能は水、その特性は獣化。
能力で四足獣、鳥、水生生物を創造可能。
それらとは視覚共有ができ、オンオフが切り替えられる。
普通に水だけを生成することはできない。
空中から町を見ていると、私達がいる場所から一つ建物を挟んで前方200メートル程の所に、異様な気配を放っている陰を2つ発見した。
人型と四足型の縛霊だ。
私はすぐさま報告した。
すると私の隣にいた先輩が空に向かって赤く光る信号弾のような物を放った。
保安隊は近隣の建物や住民に被害が及ぶのを防ぐため、縛霊の気を引く特殊な装備を用いて縛霊の攻撃を保安隊が一身に受けるそう。
今先輩が撃ったのがそうなのだろう。
もちろんリスクが無いわけではない。
想定以上の縛霊がいた場合、誘導する縛霊を指定することはできないので、その場合多くの縛霊に囲まれてしまい全滅してしまう。
まぁそうならないために私がいるんだけど。
二体の縛霊はその信号弾を見て、建物を突っ切ってこちらに迫る。
「では、後は任せましたよ。ブリーフィングの通りで」
豪塚さんはそう言うと、人型の縛霊の顔であろう場所殴って吹き飛ばし、四足型と分断した。
わーお、ワイルド~。
私は魂能を解除し、銃剣を構えた。
「拘束弾、発射します!」
陣形の一番後ろにいた人が大砲のようなもので網のような物を発射し、縛霊に命中した。
その網は縛霊の足をがんじがらめにした。
「撃て__ッ!」
号令に合わせて、私達はその縛霊に集中砲火を浴びせた。
銃剣に霊気を込め、銃弾を生成して引き金を引く。
その繰り返し。
最初のうちは表皮の硬度がダメージを与える事を阻害したが、それも長くは続かなかった。
射撃音が止むと、私達の目の前には身体中を弾丸に貫かれ、見るも無惨な姿になった縛霊だった。
もっとこう、苛烈とした物を想像してたけど、案外呆気なかった。
まぁこれが対縛霊において合理的なんだろう。
穴だらけの縛霊は徐々に粒子の様になり、空中に霧散した。
「皆さん、お疲れ様でした」
縛霊が完全に沈黙したのを確認していると、私達の元へ少し服に埃を付けた豪塚さんがやってきた。
豪塚さんの姿を見た瞬間、肩に入っていた力が一気に抜けたような気がした。
ふぅ、呆気ないなんて思いつつも、結構緊張してたんだなぁ。
構えていた銃剣を下ろし、地べたに座った。
「はぁー、疲れたー!」
こうして私の初任務が終わった。