第7話 救世主と王族が集まるパーティー
パーティー当日、果たしてドレスが完成するか、そしてそれよりもシルヴィアさんがそもそも倒れていないかどうかハラハラしながら待っていた。そろそろ準備を始めたいと思った頃、ドンドンとドアを叩く音が聞こえて急いでドアを開ける。
「シルヴィアさん!よかったぁ、ご無事でしたか!倒れていないかと心配してました!」
「す、すみません今朝…完成…し、した…ので。」
フラッとよろけて転びそうになった彼女に駆け寄って身体を支える。
「大丈夫ですか!?」
「だい、大丈、夫です…。すみません。ギリギリになってしまって…。」
「何、何言ってるんですか。もう。」
この前、ハグをした時も思ったけれどあまりにも細すぎるような気がする。寝不足な上に食事もちゃんとせず、徹夜で作業をしているだから当然だ。彼女を見ていると不安になってしまう。誰も知らないところで倒れて死んでしまうんじゃないかと。きっといつも心を一人にしている自分に重ね合わせているのかもしれない。みんなに必要とされている彼女は私とは違うけれど、変に自己犠牲なところが何処か似てるような気がした。
「セレナ!お医者さん呼んできてくれる?」
「あ、はい!」
「い、いや…大丈夫です。パーティーの方が大事です。早く準備しなきゃ…。」
「大丈夫です。ちゃんと準備しますから。パーティーの間私のベットで寝ていてください。お願いですから寝てください。」
「…わ、わかりました。じゃあお言葉に甘えさせていただきます。」
パーティーは25カ国の中心に位置するこの国が会場となっている。そのおかげで準備がギリギリになっても移動時間が必要ない分、十分間に合う。
「では、私達は部屋の外で待機していますね。」
そう言って、彼は数人のメイドを残して部屋を後にする。彼女が身を削って作ってくれたドレスは理想そのもので私は丁寧に袖を通し、大切に身につける。
自分に自信はないけれど彼女のドレスを着ている今だけは少しだけ胸を張れる。鏡の前に座り、メイドたちが髪のスタイリングやメイクをしてくれる。自分でするのとは違ってなんだかこそばゆい。
ようやく準備が終わって、深呼吸をしながらドアを開ける。
ガチャ
『!!』
ドアを開けた先にはヴァルさんと医者を連れてきたセレナがいた。
「…どうですか?様になっていますかね?」
「とても…お似合いです。」
「私もそう思います!とっても綺麗です!」
「よかった。本当はそばかすを隠そうかと思ったんですけど…。星空みたいなこのドレスを見てなんだかこのそばかすにも愛着が湧いちゃって。引き立てるメイクにしてもらいました。」
「はい!すっごくいいと思います!キラキラしています!」
「ありがとう、セレナ。」
「では私がエスコートします。お手をどうぞ。」
「…はい。よろしくお願いいたします。あ、あの…セレナもパーティーの間そばにいてくれる?」
「!はい!もちろんです!」
医者にシルヴィアさんを任せて私は会場へと向かう。
緊張やこのドレスを見てほしいと言う気持ち、他の救世主に会えると言う喜び、いろんな感情が混ざってうまく呼吸することすらままならない。
ヴァルさんとセレナがそばにいることが少しだけ気持ちを和らげる。心を許す人がそばにいることがこんなにも安心させてくれるのだと初めて知ったような気がする。
豪華な装飾があしらわれた見上げるほど高さのある大きな扉が開き、ついにパーティーがはじまる。
目の前に広がるのは私がこの世界で最初に目にした光景。大理石が敷き詰められた白い会場。あの時はほとんど人がいなくて寂しいと感じていたけど綺麗に飾られ、いろんな食事が並び、大勢の人が集まっている今はなんだか夏祭りを思い出す。周りは知らない人ばかりだけれど皆が一様に花火や屋台を楽しむ光景を見ると繋がったような気持ちになれるから好きな場所。異世界に迷い込んだような不思議な感覚が辛い事をいっとき忘れさせてくれる。あの時の人達は、自分の感情を隠すなんてことはしてなくて思い思いに祭りを楽しんでいたけれど、この会場にいる人たちの顔は仮面をつけているような少し不気味な印象を覚えた。笑っているけど笑っていない。
異世界から来た人間というのは一目見ればわかるようで私が入ってきた瞬間皆がこちらを凝視してくる。会場の右側にワインレッドのテーブルクロスのかけられた一際、豪華なテーブルが見えた。会場の端から端まで届く長いテーブル。
「あのワインレッドのテーブルに座っているのが…」
「そうです。咲夜様と同じ救世主の方々です。」
「後ろに立っているのはヴァルさんと同じ救世主の御付きの方ですか?」
「そうです。私のように生涯、救世主様に仕えるのが仕事です。」
「それって、大変ですよね…そんな役割を押し付けられるなんて…。」
「そうでもありません。私は使命感からこの役割を全うしていますが、中には私利私欲のためという者もおります。」
「私利私欲?どういう意味ですか?」
「救世主というのは様々な特例が許されている存在です。つまり、救世主を利用すれば御付きの人間もその特例の恩恵に預かれるということです。」
「なるほど…。」
「では、私達も参りましょう。もう少しで王への挨拶が始まります。」
「はい。」
一つでもミスをしたら全てが凍りつきそうで息を呑むような圧迫感をひしひしと感じる。一挙手一投足に力を注ぐ。テーブルまでの少しの距離でさえ長く長く感じる。やっとのことで席に着くと隣の席の女の子が話しかけてくる。
「こんにちは!私、藤宮 綾乃って言います!17歳です!同じ救世主としてこれからよとしくお願いしますね!」
「あ、はいよろしくお願いします。私は四月朔日 咲夜と言います。19です。」
「先輩ですねー。あ、御付きの方もよろしくお願いしますぅ!」
なんとなく態度を見ればヴァルさんに対する好感度が高いのはわかる。彼女も優れた容姿をしているし、前の世界でもさぞモテていたことだろう。ラブコール満載の挨拶をされて彼はものすごい怪訝そうな態度を精一杯の笑顔で返す。
「…光栄です。よろしくお願いします。」
なんだかものすごく引き攣っている気がする。感情と表情がチグハグで引きちぎれてしまうのでは?というようなギチギチ音が聞こえる。
(全く隠せてないけど藤宮さんは気にしてないっぽいけど…。)一応小声で彼に指摘する。
「ヴァルさん、ヴァルさん、漏れ出てますよ感情が。」
「すみません、こういう場だと毎回こうなので…。」
「まぁ、でしょうね…。」
「あなたには怪訝な顔をされましたけどね。女性に顔を見てあんな表情されたのは初めてでしたよ。」
「その節はすみません。経験上、美形の人には苦手意識が先行してしまう節がありまして。もうこれは反射的なもので体が無意識にそういう反応を起こしてしまうというか…。」
「…今は大丈夫ですか?」
「えぇ、それを超えるくらいにはヴァルさんは面白いので。」
「喜んで良いのかいささか困る返しですねそれは。」
「褒めてるんですから喜んでください。」
「咲夜様、咲夜様、私はどうですか?」
「セレナは綺麗で優しくて、有能で、好感度マックスだったかな。今は小動物みたいで可愛いと思い始めてるけど。」
「う、うーん、ん?それ、退化してません?私。」
「退化?むしろ最強になったよ。私の中で」
「な、なら喜んでいいんですかね?」
「うん、うん。」
砕けた喋りをしているとだんだんと緊張がほぐれてくる。救世主が全員揃って少し経った頃、階段の上の方からオリヴェンシア国王、王族の方がお見えになった。
「本日は遠き地よりこの場へお集まりいただき、誠に感謝する。諸国の王侯、そして世界の未来を担う救世主たちよ、この宴は繁栄と平和を誓い合う場でもある。存分に語らい、親交を深めてほしい。」
威厳のあるまさに’’王’’という雰囲気を醸し出している。オリヴェンシア国は魔法に関しても、経済に関しても他の国と比べて発達しており、25カ国の中心的な存在で、それもあって救世主パーティーの開催国は毎回、この国で行われるらしい。
王の隣には第一王子と第二王子、そして側室と王妃が立っている。全員美形で凛としており、高貴なお方だと一目見てわかる。コーラルピンクの髪の色はこの国での王族の証となってる。第一王子のオルフェン・オリヴェンシア様はその髪の色を受け継いでおり、顔立ちは王妃のイザベラ・オリヴェンシア様寄りで線の細い方だ。それでも女性のように華奢というわけではなく、背は高く適度な筋肉量で洗練された体つきだ。第二王子のカイ・アヴェリック様は第一王子とは正反対で屈強な体つき、側室のリリア・アヴェリック様のラバンダーヘアーを受け継いでおり、顔は王に似ている。
「咲夜さん、咲夜さん!この国の王族の方てとってもお綺麗ですよねー!他の国の人と違ってなんかキラキラしてます!咲夜さんは第一王子と第二王子どっちがタイプですか?私は第一王子です!」
「藤宮さん、あのもう少し声の大きさを下げてもらえますか?王族の方に聞こえたら失礼ですし…。他の国どうこうもあんまり大きな声で言わない方が…。」
「えー、でも私達救世主ですよ?そのくらい大丈夫ですよー。それにまだ来たばかりなんだし、しょうがないじゃないですかぁ。」
「藤宮さん、まだここに来たばかりでこの世界のいろんな礼儀作法や文化に慣れないのはしょうがないと思うけれど私達の世界にだってTPOはあったでしょう?それを聞いて不快に感じる方もいらっしゃるかもしれません。ですから世間話をするのは良いと思いますがほんの少し声を小さくしてください。」
「私に怒ってるんですか?私そんな悪いことしました?ただ仲良くなりたくて話題振っただけなのに…。」
「怒っているわけではありません。仲良くしてくれようとしたのもとても嬉しいです。ただ、学校の休み時間と違って今日は各国の王族の方々が集まっています。いくら私達が救世主と言ってもなんでも許されるわけではありません。下手したら私たちの言動が発端となって国同士で亀裂が生まれてしまうなんてことにもなりかねません。私達のためにも周囲には気を配りましょう。」
「…。はい。」
私も空気が読めないマイペースな性格だからこそ彼女のことが心配になる。指摘されて、いじけている様子は17歳といえど子供らしさがまだ残っているように感じる。と、言っても私もまだ19歳な上に対して知識も経験もあるわけではないため、大人ぶれるほど人間はできていない。
「藤宮さん。先ほども言いましたが、私は怒っているわけではなくてこの世界で共に過ごしていく仲間としてお互い助け合いたくて指摘しただけです。ですからもし、私が間違えたらあなたも私のことを遠慮なく指摘してください。」
私は思わず頭を撫でる。嫌がってはいないようでよかった。
「…!わ、わかりました。あの…よかったら仲良くしてください。さっきはごめんなさい。」
「えぇ、もちろん!」
照れながら、喜んでいる彼女を見ると妹を思い出す。少し絵は下手だったけど、私と違って勉強も運動もできる妹。妹は私のことあまり好きではないようで悪態ついていたけれど藤宮さんは素直で可愛らしく気質的にも妹という感じだ。
「…ヴァル様、ほんっとうに咲夜様って自分の価値を見誤ってますよね。謙虚を通り越してます。」
「えぇ、これで、自分に価値はないなんていうんですからほんと自己評価低いですよ。」
「ん?なんか言いました?二人とも。」
『いいえ、特に何も?』
「あ、そ、そう?」
息ぴったりに返す二人に仲が良いなぁと思った。