第5話 私の存在意義
この世界に来てから4日目、3日後に最初に言っていた各国の救世主と王族が集まるパーティが開かれるということで今日は採寸とデザインの相談をするため、王族も御用達の仕立て屋が来るらしい。いつもより少し早起きをして紅茶を飲みながら気を落ち着かせる。
コンコンコン
「あ、はい!どうぞ!」
「失礼します。仕立て屋を連れてきました。」
「おはようございます、ヴァルさん。」
「おはようございます、昨夜様。こちらが仕立て屋のシルヴィア・ブロデリーさんです。」
「初めまして、四月朔日 咲夜と申します。シルヴィアさんよろしくお願いします。」
「よろしくお願いいたします。では早速!採寸をさせていただきますね!!!!」
会って早々、サッとメジャーを引き出して物凄い迫力で迫ってくる。
「あ、え!?は、はい!!」
よく見たら目の下に化粧で隠しきれないクマが見えて、なんだか既視感を覚える。
(シャドウィスさんもシルヴィアさんも、ものすっっごいくまだな。この世界の作り手はくまを拵えるのが趣味なんだろうか。)
「…咲夜様、何がとは言いませんがデカイですね。」
「それはもう言ってるも同然なのでは…?」
「…ゴホンッ」
ヴァルさんが気まずそうに咳き込む。
『あ、すみません。』
「…いえ。」
「咲夜様は身長も高いですし、スタイルも良いですね。作り甲斐があります。」
「…そんなことはないですよ…。女子にしては高いし、そばかすもあって、吊り目で可愛い要素ゼロですもん…。」
「フフン!どんなコンプレックスを抱えていようと逆にそれを活かす服を作るのが私の役目ですから、任せてください!貴方に最高のドレスをプレゼントしますよ!」
「あ、あの…。私、スカートを着るのが苦手なんです。ズボンタイプにしていただけたら嬉しいんですけど…。」
「もっちろん構いませんよ!」
「あと!ファッションに関しては素人なんであまり参考にならないかもしれないんですけど、こんな感じのデザインにして欲しくて…。」
前もって自分で考えておいたパンツドレスのデザインをシルヴィアさんに見せてみる。
「さいっっっっっっっっこうです!これを元にデザインを練らせていただきます!明日までにデザイン案を完成させますのでお待ちください!では失礼致します!!!!!」
「え!?あ、ありがとうございますーーーー!!!!!!」
あっという間に走り去っていく彼女を見て嵐のようだと思ってしまった。
「嵐のような人でしたね、彼女。」
「えぇ。王族の方のドレス製作も抱えていらっしゃるのでこのところ徹夜続きなんです。」
「えっそんな方にお願いしていいんですか?…それにパーティーて3日後なんですよね…?どう考えても終わる気がしないんですけど…。」
「…この世界には魔法がありますから。三日寝ないで作業すれば終わりますよきっと。というか終わらせないと…。」
「な、なんですか?終わらせないとなんなんです?!途中で止められるとめちゃ怖いんですけど!」
「ご想像にお任せします。でも殺されたりはしないですよ。」
「いや…もうすでに死にそうでしたけどシルヴィアさん。現時点であんな状態なのにこれからまた徹夜したら彼女本当にやばいんじゃ…。」
「そうなったら、貴方のドレスが最後の遺作になりますね。」
「そ、それは嫌ですよ…。どんな顔して着ればいいんですか私。そうなったら私が追い打ちかけたみたいになるじゃないですか…。」
「大丈夫ですよ。あの人タフですから。作り終わったらしばらく動かなくなるとは思いますが。」
「それは大丈夫とは言わないですよ…。」
会話をしていて感じたがヴァルさんが私に対してだんだんと緩く接してくれるようになった気がする。時々、ジョークを挟んできてくれて私も気兼ねなく話せるようになってきた。…たまにジョークと言えないジョークが混じってたりするけれど、今みたいに。シャドウィスさんやシルヴィアさんを見てると実はめちゃくちゃブラックな職場なんじゃないかと思い始めているがそこを指摘すると色々と面倒くさいことになりそうなので見て見ぬふりをしている。
「あ、そうだヴァルさん。さっき、セレナにお願いして今ストロベリークッキー作ってもらってるんです。よかったらお茶して行きませんか?」
「ストロベリークッキーですか。紅茶に合いそうですね。ぜひ。」
コンコンコン
「失礼しまーす。咲夜様ーお待たせしました!出来立てほやほやですよー。」
「ありがとう、セレナ。…あれ?カップが2つしかないけど?」
「え、ヴァル様と咲夜様以外にお客様来る予定ありました?」
「そうじゃなくて、セレナの分だよ。一緒におやつにしようと思ってたのに…。」
「さ、咲夜様ぁ!」
彼女のような美少女にウルウルとした目で見つめられると女でもなんだか来るものがある。…なんだか少し罪悪感…。
「ぜひ、私もご一緒したいです!ヴァル様いいですか!?」
「え?あ、あぁもちろん構わないが…。」
「では早速厨房からカップをもう1つとってきます!」
物凄い勢いで廊下を駆けていく彼女を見てデジャブを感じる。
「セレナ!転ばないように気をつけてねーーー!!」
「大丈夫でーす!!」
角をギュインと曲がっていく
「お、おぉ見事なコーナリング。体幹いいなぁセレナ。」
「類は友を呼ぶんでしょうか、貴方も彼女もユニークで元気いっぱいという感じですよね。」
「え、そうですか?彼女の方が明るいと思いますけど…。」
「いえね、最初の方は結構おとなしい方だと思っていたんですが最近打ち解けてきたせいか咲夜様ちょいちょい私に対して扱いが雑になってきている気がするんです。」
「それはお互い様じゃないですか?ヴァルさんだって、口調がだいぶ崩れてきてますよ。かろうじて敬語みたいな感じで。」
「…そうでしょうか。すみません。」
「別にいいですよー。というかむしろもっと砕けてもいいくらいです。私前の世界でも中々心を開いてる友人少なかったですから。今、ヴァルさんに開きかけてます。ここで他人行儀な態度に戻られたら閉じちゃいます。」
「それは…。困りますね。では善処します。」
「…硬くなってません?」
「いえ、なんだか意識したら体が硬直してきました。」
「あはっあははは!ヴァ、ヴァルさんて本当に真面目ですね。」
「…バカにしてます?」
「いえいえ可愛いなと思ってます。」
「…バカにしてるじゃないですか。」
意味のない、たわいない会話をするのが一番楽しい。自分を曝け出しているとわざわざ会話の話題を考えて選ばなくても続けられるのはストレスがたまらなくて気持ち良く過ごせる。こんな友人ができるのは私にとってかなり貴重なことだ。
「はぁ、はぁ、咲夜様、とってきましたー!お茶しましょう!」
「お、おぉ、めちゃ早かったね。」
「早く咲夜様とお茶したかったので!」
なんだが彼女も最初に会った時より明るくなった気がする。
「セレナもだいぶ喋り方が砕けてきたんじゃない?」
「?そうでしょうか?気づきませんでした。…いやでしたか?」
「いやいや、もうどんどん砕けてくれて構わないよ。」
「ふふ、よかったです。」
この先、どのくらいの間この世界にいることになるのかまだわからないけど、彼らはきっと私にとって大切な存在になるだろう。そうなれば、いつかどちらの世界の方が大切なのか選ばなければならない日が来るかもしれない。そうなったら私はどちらを選ぶべきなんだろうか。今それを考えたところで元の世界に帰れるわっけじゃない。その時になったら考えれば良いと自分に言い聞かせるけれど、心臓の鼓動は不安な未来を予期するように強く早く脈打っていた。
「…咲夜様?大丈夫ですか?」
「どうしたんですか?体調でも悪いんですか?お医者さん呼びましょうか?」
「あ、大丈夫。ちょっと考え事をしてただけだから。」
『…そうですか…。』
少し気まずい雰囲気になってしまったがヴァルさんが切り払うように私に質問する。
「あの、パーティーが終わったらシルヴィアさんに普段着も作ってもらうのはいかがでしょう?」
「あ、そうですね。あまり外に出ないから寝巻き以外はこの世界に来た時の格好のままでしたけど流石にそろそろ別の服にしたかったので…。」
「すみません、配慮が足りなくて。パーティーの準備やらでこの頃忙しかったもので…。」
「いえいえ、働いてもないのにタダでここに住ませてもらってるんですから。」
「いいえ、咲夜様にはそれらのものを当然のように享受する権利があるのですから。もっとわがままを言ってもらってもいいんです!」
「は、はい。でもいざなんでもってなると思いつかないんですよね…。思いついたら言いますね。」
「えぇ。いつでもお待ちしております。」
私という存在が誰かに必要とされているということが何よりも嬉しい。今までずっと自分には価値なんてないと思っていたけれど、この世界に来てからは自分のことを少しだけ認めてあげられたような気がする。でも現時点で、私が必要とされているのは『救世主』という存在だからであって『私』ではない。だから『私』という存在も認めてもらえるように私にしかできないことを探さなければ。
『…。』