第4話 代用品が欲しい!!!
この世界にきて3日目。ヴァルさんに歴史や作法を教えてもらってだいぶ板についてきたのではないだろうかと思う。慢心は人間の最大の敵だとはいうものだが、出来ることが増えるというのはなんとも嬉しいものだ。今日も食堂で雑談をしながらヴァルさんと食事をする。
「美味しいですね。ちょっとピリ辛ですけど。」
「えぇ。クセになりますね。ちょうど良い刺激です。」
水を飲んで一息つく。
「あ、そういえば私、欲しいものがあるんですけど…。」
「欲しいものですか?なんでもご用意致しますよ。ドレスですか?宝石ですか?あ、珍しい料理とか?」
「あ、いえ確かに珍しい料理はちょっと興味ありますけど。そうじゃなくて『スケッチブック』が欲しいんです。」
「スケッチブックですか?」
「あります?」
「えぇありますよ。すぐに用意できますけどそれだけでいいんですか?」
「今のところはそうですかね。」
「では、最高品質の紙で百冊用意させますね!」
「多すぎますって!アイディアスケッチに使いたいだけですから安いやつでも大丈夫です。」
「そうですか?では五冊ほどでどうでしょう?」
「はい。とりあえずそれくらいでお願いします。」
奉仕の仕方がちょっとズレてるような感じがするけど、そういうところが面白くて飽きない。
明日には手に入るだろうかと思っていたが数時間後には五冊とも手元に届いて流石に驚いた。
前の世界にいた時はスマホがあったから簡単にメモを取ることができたがこの世界にそんなものはないので紙に書くしか方法はない。だが、前の世界でも作品を作るときは紙にアイディアスケッチをしていたから特に不便さはなかった。⚪︎ixivに触れられないのはオタクとしてはだいぶ痛いが人間がいる限りどの世界にもそういう作品は存在するのだ。最近では勉強を口実に図書館に足繁く通っている。2割勉強、8割趣味で全くもって勉強になっていないのでおそらくバレているだろうが。現代知識で異世界を無双するというような漫画を多く見るが、私はそんな能力を持ち合わせていないのでただ自分の欲のために作りたいものを考える。テクノロジーが進化しているデジタル社会で生きて来た私にとって何か近しいものが作れないかとムズムズしてしまう。とりあえず絵に起こしてみたりするが魔法で進歩して来たこの世界で作れるか否かはいささか考えにくい。コピー機のような一度書いたものを全く同じように複製できる魔道具とかを作れないものだろうか。そんなことを悶々と考えているとヴァルさんが身につけていた毒を検知する魔道具を思い出す。
「あの道具を作った人ならワンチャンあるかもしれない!」
善は急げと部屋から駆け出す。
「え、咲夜様!?どこに行かれるんですか?アップルパイ食べないんですかー!」
「セレナが食べちゃっていいよー!!」
「えぇ一!1人じゃ食べ切れませんよぉ。もうっ。」
廊下を駆けヴァルさんの執務室にたどり着く。
コンコンコン
「はい。どなたですか。」
「咲夜です。ちょっとお聞きしたいことがあって!」
「入っていいですよ。」
「失礼します。」
左右にびっちりと本が並べられており、彼らしい部屋という感じだ。
「どうぞお座りください。」
「…ふぅ、…はい。」
欲しいものが作れるかもしれないという可能性が気分を高揚させる。走ったことによる疲れも落ち着かせるように深く深呼吸をする。
「それで?聞きたいことってなんでしょうか?」
「ヴァルさんが昨日見せてくれた毒を検知する魔道具を作った方にお会いしたいんですけど…。」
「わかりました。今から工房まで案内しますよ。」
「本当ですか?忙しい方なんじゃ…。」
「職人気質ではありますけど、面白いと思ったものを片っ端から作る人ですから何か土産を持っていけば時間作ってくれますよ。」
「お土産…。なるほど…。」
なんだか自分と近しい気質を感じる。
屋敷の裏手にあるいろんな花が咲き誇っている広い庭の隅に年季の入った小さな工房が建っている。大きな木が側に立っており、家を影が覆っていた。
工事現場のような大きな作業音が大きく響いている。
「すっごい音…。」
「いつもこんな感じです。」
ノックをしてみるが、作業音に掻き消されて聞こえていないようでなかなか返事をしてもらえない。大きく息を吸って叫んでみる。
「す・み・ま・せーーーーーーーーーーーーん!!!」
ようやく聞こえたようで、ゆっくりとドアが開く。
「…誰だ。」
ゴーグルでボサボサの黒髪を上げて、作業服を着た男の人が出てきた。目の下には長年積み重ねられてきたのであろうものすごいクマがあった。
「あ、えっと私は四月朔日 咲夜と申します。」
「…お前異世界人か。日本から来たんだろ。」
「えっなんでそれを…」
彼は、ボリボリと頭をかきながら眠そうに眉間に皺を寄せる。
「名前と髪見ればわかる。染めてるけど地毛、黒だろ。前の救世主のやつも金髪に染めてた、なんでわざわざ染めたがるのかね。」
「い、いやぁカッコイイかなぁって思って。」
「ガキみたいな理由だな。」
包み隠さずグサグサと言ってくる感じに少しカチンと来てしまう。
「あれヴァルさん、前の救世主ってまだご存命なんですか?」
ヴァルさんに聞いていた結界を保つために救世主が召喚されるという話からすると私が召喚されたのはその前の救世主がいなくなったからだとばかり思っていたのだが…。
「…いえ先日お亡くなりになりました。元々お身体が弱い方だったらしく、44歳で…。」
「らしいって、ヴァルさんがその救世主の担当じゃなかったんですか?」
「いえ、その方の担当は私の父だったんです。召喚された時、その方は17歳で今から27年前なのでまだ私は生まれていませんから。」
「そういえばヴァルさんって今おいくつなんですか?」
「25です。」
「わ、私より6歳も上だったんですね。2、3歳差かと思っていました。」
「やはり、年相応の貫禄がないんですかね…。」
「あはは、いやいや25歳に貫禄も何もないですよ。」
二人でつらつらと話していたらすっかり彼の存在を忘れていた。
「…あんなぁお前ら、俺は今制作で忙しいんだよ。仲良しなのはよろしいがな、用があんならさっさとしてくんねぇか。」
「あ、すみません。ん?そういえば貴方はいくつなんですか?」
「今年でちょうど100だが?」
「え、ひゃえぇぇぇ!?」
私の大声に彼は怪訝そうな顔で睨みつける。
「チッ。うっせぇな…。頭に響くからきったねぇ奇声を上げんなクソ。」
「あ、あぁすいません。ヴァルさんと同じくらいだと思っていたもので。」
「んで?ここに何しに来たんだよ。くっだらねぇ要件だったらしばくぞ。」
態度が悪い…。が、こういう人でこそ腕が立ちそうというものだ。私はアイディアスケッチを取り出す。
「あの、このコピー機を作って欲しいんですけど…。」
「ん?コピー機…?」
私のスケッチを見た瞬間背筋がピンっと伸びる。さっきまで猫背だったために想像よりも背が高くて驚いた。
「面白い。作ってやってもいい。お前らの世界のものはつくづく俺の創作意欲を沸かせるようなものばかりだな。」
「本当ですか!ありがとうございます!あの、他にも書いてあるのでそれもお願いできますか?私、デザインするのは得意なんですけど手先が不器用なもんで複雑な構造なものを工作するのは苦手なんです。」
パラパラとスケッチブックをめくって確認する。
「あぁ。構わん。そういえば冷蔵庫とかはいらんのか?」
「冷蔵庫も作れるんですか?」
「作れるかっていうかもう作ってある。前のやつに教えてもらってだいぶ前にな。だがここにあるようなものはお願いされなかったな、冷蔵庫やらコンロやら携帯電話ってのも頼まれて似たようなのを作ってやった。」
「携帯電話あるんですか?!」
「ん?あぁ。転送魔法があるから遠くにいるやつと手紙のやり取りは元々できていたんだが、リアルタイムで声のやり取りをするってのはなくてな。デザインはお願いされたのと変えたが大体同じものだ。」
「あ、あのぉ。」
「…作って欲しいのか?ちなみに通話機能しかないぞ。奴が教えてくれたガラケーてのにはゲーム?もついてたらしいがそこまでは再現できなかった。」
「…ガラケー…。あ、いえゲーム機能あったら確かに嬉しいですけど形だけでもあれば嬉しいです。あ、できたら…こういうのを作って欲しいです。」
スケッチブックにパパッとスマホの絵と作れそうな欲しい機能をかいた。
「筆早いなお前。うまいし。わかりやすくて作りやすい。」
「いえ、…私なんて全然。」
「ま、とりあえずしばらく時間くれ。これ作るには流石に時間かかる。」
「ありがとうございます!…あの、時々ここ来てもいいですか?」
「別に構わねぇよ。遠慮すんな、お仲間は大歓迎だ。」
「やった!ありがとうございます!」
頭をワシワシと撫でられる。子供扱い、いや孫扱いされているっぽい。
思った以上の欲しいものが手に入りそうで鼻歌混じりで部屋まで戻る。
「あ!あの人の名前聞くの忘れてました…。」
「あぁ、彼はシャドウィスさんです。夜影族という長命種の方で昔から王宮の工房にいらっしゃるんですよ。彼のお父様やお祖父様も同じように工房で働いていたんです。」
「へぇ…。その夜影族の人達って名前的に夜行性とか?」
「当たらずしも遠からずですかね。基本的にものづくりが好きな人ばかりなのでよく徹夜してて、会うといつも眠そうな感じですけど、暗いところだと魔力量が倍になる体質なんで、影になっている場所や夜にこそ力を発揮するんです。だから屋敷の隅に工房を建てて、陽が当たらないようにそばに大木も植えてあるんです。」
「あぁ、それでやけに暗かったんですねあの工房。必要最低限の照明しかなかったですし。」
「えぇ。まぁ魔力量云々だけじゃなくて単純に暗いところの方が落ち着くというのもあるらしいですけど。」
「暗いと眠くなっちゃいそうですけどね…。」