第3話 同じ釜の飯
2時間ほどオリヴェンシア国の歴史や貴族社会における重要人物等について教えてもらったあと、やっぱり紅茶とフルーツタルトだけでは足りなかったようで腹の虫が鳴ってしまう。
ぐうぅ〜
「あ、」
「ふふ、随分と早い腹時計ですね。」
親しみのこもった皮肉に嬉しさとちょっぴり恥ずかしさがおり混ざる。
「今朝はあんまり食欲がなくて紅茶とフルーツタルトしか食べてなかったので…。普通の女性だったらきっとそれだけでお腹いっぱいになるんでしょうけどなにぶん胃袋が大きいもので。しょっぱいものが食べたくなってきました。」
「淑女の場合、頬張ることができませんからね。多分、咲夜様と同じようにもっとがっつきたいと思っている女性は多いと思いますよ。それにスイーツだけだと食べた気にならないのは少しわかります。」
「ですよね。甘いものを食べているとしょっぱいものが食べたくなって、しょっぱいものを食べてると甘いものが食べたくなるんですよ。」
「少し早いですがお昼にしますか?シェフに頼めばお好きなものを用意してもらえると思いますよ。」
「昨日の夕食みたいに使用人に囲まれながら長い机で食べるのは落ち着かないので食堂みたいなところで食べたいんですけど無理ですかね?」
「使用人用の食堂がありますけど、本当に良いんですか?」
「はい。良かったらヴァルさんも一緒に食堂で食べませんか?」
「もちろんです。」
ー使用人食堂ー
「うちの国に来てくださった聖女様、不思議な方だったわねぇ。仕草が女性らしくないというか。」
「そうね、でも素敵な方だと思うわ。小さなことでも「ありがとう」って伝えてくださるんだもの。気持ちよく仕事ができるわ。」
「俺さ、ヴァル様と救世主様が話しているところ見たんだけどなんか他の人と喋る時と雰囲気が違うんだよなヴァル様。嘘がない笑顔って感じがした。」
「もう打ち解けたのかねぇ、あの人はどうも真面目すぎるところがあるから良い友人になってくれたら良いな。平民出身の俺らじゃあどうしたってあの人の苦労を一緒に背負うことはできんから。」
「そうだなぁ。」
12時を回った頃、王宮の屋敷の隅に位置する食堂へと足を運ぶ。ガヤガヤと喋り声が聞こえてきて、賑やかだけれどうるさいとは感じない暖かな雰囲気が漂っていた。香ばしい匂いが漂ってきて私の食欲を刺激する。食堂の入口で全体をひっそりと見渡す。
「どうしました?咲夜様、入りましょう。…緊張しているんですか?」
「いえ、なんだか懐かしい雰囲気を感じて。ちょっと浸ってました。」
「…そうですか。」
使用人用の食堂に似つかわしくないヴァル様がいることはすぐに使用人の人達がすぐに気づいた。
「ヴァル様!どうなされたのですか?使用人の誰かに何かご用でも?」
「いや、食事をしに来たんだ。救世主様と一緒に。」
「しょ、食事ですか?しかし、ここにはヴァル様がいつも召し上がっていらっしゃるようなものは出されませんが…あ、シェフに頼んで作らせてきます。」
「あ、待ってください。私が食べたいのは皆さんのと同じものなんです。」
「私どもと同じものですか?今日のメニューはサケのクリームスープとパンですけど…それでよろしいんですか?」
「想像するだけで涎が出てきます。美味しそうですね。ぜひお願いします!」
小さくて丸い木製のダイニングテーブル。ヴァルさんと向かい合って座ると心の距離も近づいたような気がする。白いテーブルクロスの敷かれた長いあのテーブルよりも心地よい、安心感を感じる。少し経って、料理が運ばれてきた。
「どうぞ、召し上がりください。」
じゃがいもやにんじん、サケがゴロゴロと入っている白くて綺麗なスープ。ホクホクした野菜を頬張ったあと、クリームスープにちぎったパンを浸してすかさず口に運ぶ。口の中でいろんな食感と味が混ざり合ってガツガツと食べ勧めてしまう。繊細に彩られていた昨日の料理ももちろん素敵だったけれど、このスープの方が毎日食べたくなるようなそんな料理に感じた。
「美味しいです!それになんだか懐かしいような気がします。この料理を食べたことがあるわけじゃないけど、なんだかそんな気持ちになります。」
逃げるわけじゃないのに急いでがっついて食べる私を見て、彼はごくりと喉を鳴らして、まじまじと料理を見た後、ゆっくりと口に運ぶ。
「…うまい。」
少し砕けた口調でそう言う彼は本当に美味しそうに頬張って食べ進める。
「こんなふうにがっついて食べるのは初めてです。こんな美味しい料理を今まで知らなかったなんて損してました。」
「じゃあその損した分、これからたくさん食べましょう!人生は長いようで短いですから。どうせなら楽しく美味しく食べなくちゃ。」
「…ですね。これからもご一緒していいですか?」
「もちろん!…あの長いテーブル一周全部囲めるくらい友人を作りましょう。一緒に。」
「!…はい。ふふ、死ぬまでにそうできるといいですね。」
「できますよ。きっと。」
食堂に来てからあまり経たないうちに私たちはペロリと平らげてしまった。
厨房に立っているシェフに感謝の意を伝える。
「とても美味しかったです。ごちそうさまでした。これからも食べに来ますね。」
「そりゃあ良かった。救世主様にそんな風に言っていただけるたぁ最高に嬉しいですよ。ヴァル様のお口には合いましたかい?」
「あ、あぁ。最高に美味しかったよ。もちろんいつも作ってくれていた料理も美味しかったが、ここでみんなと食べる料理は格別だったよ。私もまた来て良いだろうか。」
「もちろんですとも!」
私も彼も満足げな顔で食堂を後にする。まだあのスープのあったかい余韻が体の芯に残っている。やっぱり今まで質素な生活をしてきた私にとって豪華な料理はたまのご褒美に食べるくらいがちょうど良いのだと改めて感じた。高級店で食べるお上品な料理よりも食べ歩きの焼き鳥の方が性に合っている。
「部屋までお送りいたしますね。」
「ありがとうございます。」
ゆっくりと歩きながら自室への帰路に着く。特に喋ることもなく何か話題をことらから出した方が良いだろうかと思い悩んでいた時、彼から喋り始める。
「…食事をして楽しいと思ったのは初めてです。」
「え?」
「言ったでしょう。下手したら身内さえ信用できないって。…今まで、10回以上は食事に毒を盛られてきました。この世界では王族以外には側室を持つ権利はありません。私の母は公爵家の生まれで父の正妻でした。そのため妾である継母やその子供には私達がいる限り、財産を受け継いだり、後継になる権利はありません。しかし、10歳になって本格的に後継者としての教育を受け始めようとなった頃、母が病死してしまったのです。その後、私の食事に毒を盛られ、死にかけました。その時は料理を作ったシェフの一人が毒を盛ったとして処刑されたましたが、おそらく継母がやらせたのだと思います。正妻が亡くなって私も死ねば自分達が財産を手に入れられる、自分の息子にも跡を継がせることができると。それ以来、食事をするのが怖くなって段々と食べる量が減っていったんです。」
「…10歳の子供にそんな残酷なことをするなんて、クソみたいな化け物ですね。」
「…ふ、咲夜様は怒ると口調が荒くなりますよね。」
「え、そうですか?…多分、怒りを抑えきれてないんでしょうね。私感情を隠すの苦手なんです。」
「いえ、’’クソみたいな化け物’’は笑ってしまいます。ふは、ふふ。人間ですらないんですね。」
「…お父様は何もしてくださらなかったんですか?」
「もともと、私には厳しい人でしたから。何せ公爵家ですし、身に危険が降りかかることは父も日常茶飯事でした。跡を継がせようとしている私には人一倍厳しかったですね。それでも母が生きていた頃はまだ愛されていたような気がします。でも母が死んでからは目を合わせてもらえなくなりました。毒が盛られているかどうか気付けないようでは跡取りとして相応しくないと言われるようになって。」
「…自分の息子だから厳しくするというのはわからないでもないですけど。辛い現実だけを突きつけられても心は成長しないと私は思います。…きっとお母様がヴァル様にとって幸せを教えてくれる存在だったんですね。」
「…えぇ。いつも笑顔の母に何度救われたことか。母が側にいなくなってからは私も父ように冷徹な人間になってしまいました。」
「?冷徹ですか?全くそんな感じしませんよ。むしろ表情がコロコロ変わって面白い人だなぁと思いますけど。」
「そ、そうですか??結構、真顔のつもりなんですが…。」
「全く隠し切れてませんよ。感情がダダ漏れです。私と一緒ですね。」
「…この世界で生きていくにはポーカーフェイスが必須なんですがね…。」
「素直なのは悪いことじゃありませんよ。感情を曝け出して人と接しなければ相手も心を開いてくれませんから。それに感情を抑え込めばいつか爆発しちゃいますよ。…しちゃいけないとことかで、どかーーーーん!とね。」
「…肝に銘じておきます。」
「あれ、そういえば、食べる量が減っていったて言ってた割にはヴァルさんて結構ガタイいいですよね?さっきも毒味なしで食べてましたし。」
しっかりとバランスの取れた食事をしなければこの筋肉量にはならない気がするのだが。
「あぁ。実はこの道具のおかげなんです。周囲5mに毒物があると知らせてくれる魔道具で、ネックレスにしていつも身につけています。腕利の魔道具職人に作らせました。」
星型の金フレームの中に透明な宝石がゆらゆらと揺れていてとても綺麗だった。陽の光が乱反射して天井や瞳にキラキラと映る。
「へぇ。何色に光るんですか?」
「紫色です。」
「おぉ、毒!って感じですね。」
「んふっはは、そうですね。これのおかげでだいぶ負担は減りました。それでも死にかけたあの日を思い出すといまだに食事が怖いです。」
「その日にこれを持っていれば良かったですね…。」
「えぇ。つくづくそう思います。でも今日の食事はその記憶を忘れさせてくれるくらい楽しかったです。」
「それは良かった。」
ちょっと泣きそうな顔で本当に嬉しそうに笑う彼を見て私も本当に嬉しかった。