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第2話 異世界で初めての友人


挿絵(By みてみん)


体質的に慣れない場所で寝ると大概ちゃんと寝れないのだが、目を閉じてから起きるまでが一瞬のように感じるくらい珍しく熟睡することができた。身を包む全てのものが最高品質で落ち着かず眠れないんじゃないかなんて心配は全くもって必要なかった。お日様の匂いがするふかふかの布団から起き上がるとそのタイミングを見計らったかのようにドアの向こうからノックが聞こえた。


 コンコン


「どうぞー。」

「失礼致します。咲夜様、昨夜は眠れましたか?」

「えぇ。ぐっすり。」


 彼女は私の御付きになったメイド、セレナ・ハワード。光にあたってキラキラと輝くブロンドの髪に宝石にようなエメラルド色の瞳。初めて彼女をみた時は綺麗すぎて女神かと思うくらいだった。陽の光に溶け込んでそのまま連れて行かれてしまうんじゃないかと感じるくらい儚い印象で自分には勿体無い。


「紅茶をお持ちしました。ミルクと砂糖もありますのでお好みでどうぞ。」


 細かいところまで気が利く、さすがプロだ。彼女の実家、ハワード家は代々救世主に仕えているそう。どんなわがままにも対応できるよう相当叩き込まれているようで私が何か欲しいという前に、というよりそう思うよりも前に気持ち良いほど先回りしてこなしてくる。こんなに完璧な美少女を私が独占してしまって良いのかほんの少し罪悪感を抱く。


「ありがとうございます。気持ち良いくらい気が利きますね。さすがです。」

「…ふふ、こちらこそありがとうございます。褒めてもらえるとやる気が出ます!」


 控えめに言って最高に可愛い。


「すみませんね。私のような醜女の世話なんて押さえつけちゃって。」


 昔からつい口をついて出てしまう自虐。誰かに言われる前に、思われる前に自分から言うことによって少しでも傷つかないように自己防衛しているけど周りの人間からすればただの感じ悪いやつに見えるだろう。


「…醜女って本気で言ってます?咲夜様は身長も高くてスタイル良いし、目も切れ長でかっこいいですよ!」


 面と向かって、こんなふうに褒められるのは小っ恥ずかしいものがある。


「でも吊り目だし、怖いですよね。そばかすもあるし。それに他人の容姿に関してはさほど気にしたことないですけど自分のことって周りの人間よりも数倍劣って感じるんですよね。」

「まぁ、私もそういうことありますけど。私は、咲夜様のこと…カッコいいと思いますよ。」

「…ありがとうございます。」


 目を見てそう言おうと思ったけど彼女は下に目を向けていてエメラルドの瞳はちゃんと見えなかった。


「あ、あと、昨日も申し上げましたが私に敬語を使うのはおよしください。あなたの方が立場は上なのですから。」

「うーん。つい使っちゃうんですよ。セレナさん完璧メイドだから能力的には私より上でしょう。」

「私の能力は主人様ありきですから。名前だってさん付けしないでください。呼び捨てでいいんです。」

「うーん善処しま、…するよ。」


 同い年ではあるものの自分よりも遥かに優れている彼女には条件反射的につい敬語が出てしまう。頑張って意識的に敬語取ろう、名前も呼び捨てでとつい力んでしまう。


「…セレナ。」

「えっ。あ、は、はい。」


突然呼び捨てにされて彼女もびっくりしたようで返事をするのに少し時差があった。


「ははっ、さっき自分で言ったんじゃない。呼び捨てにしてくれって。」

「すみません。しばらくはセレナさん呼びかと思っていたのでつい。」

「こういうのは思い切らないとズルズル長引いちゃうから。あ、もう時間だ。行かなきゃ。」


 庶民的な生活をしてきた自分にとって礼儀作法は全くもって経験がない。


「いってらっしゃいませ、咲夜様。」





私1人が過ごすには広すぎる豪華絢爛な自室を後にして、長い廊下を歩きヴァルさんの待っている部屋へ向かう。長く続く廊下を歩いていると同じ景色のせいか、緊張しているせいか、前に進んでいる気がしなかった。綺麗な彫刻があしらわれている扉にたどり着くと扉の雰囲気とは裏腹に妙な圧迫感を感じる。深呼吸をしてから扉を開くとそよ風で靡く窓の前にヴァルさんが静かに佇んでいた。白い肌に彫りの深い横顔は絵画のようで現実味のないほど美しい。そんな人と自分のような人間が相対するのはなんだか申し訳ないとさえ思ってしまう。


「お待たせしてすみません。ヴァルさん。」

「そこまで待っていませんよ。約束の5分前ですからむしろ素晴らしいです。」


 彼の向かい側の椅子に腰掛けると地図の描かれた本を机に開く。


「今日はこの国の歴史についてお教えしたいと思います。」


 地図の中でオリーブの葉と盾のあしらわれた紋章が描かれている部分を指差す。


「この紋章の描かれている場所がここ、オリヴェンシアという平和と防衛力を誇る我が国です。500年前の大戦以降、他の国と一度も戦争は起こっていません。我が国ではもちろん攻撃魔法も学びますが、定められた攻撃力よりも威力のある魔法、殺傷能力の高い魔法は規制されており、この国では防御に関する魔法を重点的に教育しています。」

「じゃあ、私がこれから習う魔法も防御魔法が主なんですね。」

「基礎魔法に関してはそうですね。しかし、救世主様方が使う特異魔法はどんなものが発現するのか未知数です。ですので明確に規制するのが難しいんです。まぁ、殺傷能力の高い魔法は規制対象になるということだけ覚えてくだされば結構です。規制されているような魔法は教えませんから。」


 救世主に関しては他にも色々特例がありそうで、その抜け道を悪用するものがいるのではないかと少し不安を覚える。嫌な予感というのは良い予感よりも当たるもので経験上そう感じた場合、大体当たる。きっと嫌な予感は本能的な危機察知能力によるものなのだろう。しかし、現段階においては可能性があるというだけで対策のしようがない。いつかそんな日が来た時のためにうまく立ち回るための能力を身につけておこう。

 彼はページを一枚めくり説明を続ける。


「こちらがこの世界の貴族制度です。最上位に位置するのはお分かりかと思いますが、『王』です。その王以外の王族は『大公爵』であり、今は国を治められるほどの権力者に与えられた称号と覚えてくだされば結構です。王族に連なる者や、それに匹敵する大貴族のことを『公爵』と呼びます。地方の領地を統治する上位の貴族です。領地の行政や軍事的な支配を行う、しばしば王に近い政治的な影響力を持ちます。次に『侯爵』は地域により異なりますが辺境領を防衛するという責任を負います。その下位に位置するのが『伯爵』。中規模な領地を収めており、地方政府の役職を担い地域の統治や財政管理を行っています。そして、『子爵」は小規模な領地を治めることが多く、通常上位の貴族の配下として働くことが多いです。貴族制度の最下位に位置するのが『男爵』であり村や町を治めるその他大勢の貴族で地域や時代によっては貴族と扱われないことさえあります。」

「うーん。なかなか一度に覚えきれませんね…。」

「それぞれの役割はここで過ごしていくうちに自然と覚えていくと思います。とりあえず今は貴族制度の順番について覚えておけば問題ありません。咲夜様は貴族制度に属しませんからよほどのことがない限り不敬罪に問われることはないでしょう。」


 正直言って、記憶力に全くもって自身ないので無理に覚えようとすると逆に頭真っ白になってしまう。今すぐ覚えなくて良いのは助かる。


「わかりました。そういえばヴァルさんはどこに位置するんですか?」

「私は聖職者なので正確に言うと貴族制度からは外れています。ただ私は公爵貴族出身ですし、権力的には公爵に匹敵します。」

「め、めちゃくちゃ高位に位置する方だったんですね。なんか、すみません。フランクに話しすぎてましたよね…。」

「いえ、そもそもあなたも高位に位置するんですから逆にもっと力を抜いてくださって構いませんよ。」

「…私は高位とかそういうの肌に合わないんで、できたらヴァルさんにもフランクに…友人のように接してくれたら嬉しいです。できたらでいいんですけど…。」


 人見知りで中々自分から友人になりたいだなんて口にすることのない私にとってだいぶ頑張った一歩だった。


「わかりました。その、私には友人と呼べる存在はいないので、こちらこそ、そう接していただけたら嬉しいです。」


 まさかの友人ゼロ宣言。こんな美形に友人がいないとはにわかに信じ難い。


「本当ですか?たくさんいそうなイメージでしたけど。」

「…貴族社会では腹の探り合いが常です。聖職者が貴族制度に属さないからといってこの世界で生きている限り、無関係とは言い難いです。匹敵する権力を持っている以上表向きは、皆親しいことを装っていても腹の中では蹴落としてでも上に行こうとするやつ、権力にあぐらを描いて好き放題するようなやつばかりです。とてもじゃないが好きにはなれないし、ましてや自分の内を明かせば利用されるのがオチです。…信用できるような友人を作るのは難しいですね。」

「…貴族社会じゃなくてもそういうことはありますよ。人間、欲がありますからどうしたって自己中心的な部分は皆持ち合わせてますしね。私だってそうです。その他大勢と大切な人の命を秤にかけられたら迷わず大切な人を選択します。」

「それは、自己中心的なんて言いませんよ。当たり前のことです。この世界では身内以外で命を張れるほど大切な人は殆どできないです。下手したら身内さえ信用できないことだってあります。」

「身内さえ…ですか。…信用してもらえるよう頑張りますね。」

「…ふ、私も頑張ります。」


 少しだけ打ち解け始めたような気がした。

 

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