第1話 『なんだかんだ充実してた美大生活。だったのに、まさかの異世界転移!?』
『咲夜っていつも1人になろうとするよね。』
目まぐるしい1日を終えた後、布団の中に入ると中学の頃の友人に言われたその一言をいつも思い返す。無口で誰とも喋れないほど人見知りが激しいとかそういうわけではないが、中学校の時は特に、趣味が合う人もおらず素を出せていなかったために会話を続けようと必死になっていた。毎日、毎日それが続くとストレスがたまってくる。それに一番仲が良いと思っている友達にも他に自分より仲の良い友達がいる。そうなると会話についていけなくなって自分が空気になっていき、いつの間にか傷つくのが怖くて自分から一歩後ろに下がるようになっていた。自分でもなんとなく気づいていたけれど、奥に押し込んで気づかないふりをしていた自分の悪癖。まさかそれを他人に指摘されるとは思わなかった。そこまで態度に出てしまっていたのだろうか。私の悪癖を指摘したその友人は悲しそうな怒っているような顔をしていた。それからはなんだか気まずくなって必要以上、喋らないようになっていた。お互いに。
昔から絵を描くのが好きだった私は美術科のある高校に進んだ。日常生活の中に転がっている小さな問いを解決するというようなメディアデザインをすることが私の夢、なのだと思う。面倒くさがりで斜め上の面白いアイディアを出せる才能があるわけではないけれど誰かのためになることをしたいと我ながら笑ってしまうほどカッコつけた目標を掲げていた。高校でのクラスメートは皆、自分と同じ趣味を持つ人が多く素を出せるようになっていて、友人はすぐにできた。……しかし、ここでも自分の悪癖は治すことができなかった。1人、また1人と友達が増えていくごとに私以外の友人が私よりもそれぞれ仲良くなっていて自分だけが輪の中から弾き出されたように感じて自分からなんとなく一線を引いていた。そして、念願の美術大学に入学してからは課題の忙しさも相まってほとんど疎遠になり、遊ぶ誘いがいても『面倒臭い』という気持ちが湧いてきて忙しいことを理由に断っていた。実際、忙しいのだから罪悪感を感じることはないと思いつつも『面倒臭い』という感情が出てきてしまうほど冷徹な自分に嫌気がさしていた。昔から時間の使い方が下手で『効率よく』という言葉から最も離れている人間だ。だからこそ、生活のルーティーンの中に含まれていない友人に時間を割くのが勿体無いと思ってしまうのだろう。小学校、中学校、高校と変わるごとに前の友人にはどこか心の中で関係をリセットするようになっていて、友達でいようとしてくれるのに自分からその縁を切ってしまっていた。もしかしたら今の大学の友人も大人になって社会へ出たら忙しさに押されて疎遠になるのではないかと思うとなかなか踏み込めないでいた。大学に通い始めて一年が経った頃、鋭い頭痛が頻繁に起こるようになった。昔から、頭痛持ちであるが故に慢性的な体調不良が10年は続いていて、もはや感覚が鈍って慣れてきてしまっている節がある。定期的な周期で重い頭痛が襲ってくることもあるのでさして気にせず、病院に行くこともなかった。だが、刺さるような痛みが突然襲ってくる頻度が一週間に1回、3日に1回、1日に3回と段々増えていき、頭の中に不思議な声が響いてくるようになった。
『……主様、救世主様おいでくださいませ。』
課題がひと段落ついた金曜日、着替える余裕もなくベットに飛び込んでそのまま眠り込む。最初はこもっていた声が段々と鮮明に聞こえてくるようになってきたある朝、目を覚ますと見知らぬ天井が視界の先に広がっていた。ベットから起き上がると周囲には自分が眠っていたベット以外全てがなくなっており、私を中心にして見慣れない風貌の……いや、正確にいえば既視感はあった。状況を理解するのにしばし時間を要したが、これはいわゆる異世界転移というやつなのでは?と思い始めた。自分から話を切り出そうか否か悩んでいるとあちら側から声をかけてきた。
「よくぞおいでくださいました。この国をお救いくださる救世主様。救世主様のご使命について詳しくお話しさせていただきます。」
胡散臭い笑顔を貼り付けた美形の男がそう話して私に手を伸ばしてきた。
「…は、はぁ……。」
自分の容姿に自信がないために昔から美形の人間には苦手意識があった。だから手を取りたくはなかったが、立てなくても良い角を立てるのは面倒くさいので仕方なく、渋々、手を取った。その自分の態度が表に出てしまっていたのか美男の顔が一瞬、ぴくりと動き殺気のようなものを感じた。
(この人も私同様、感情を隠すのが苦手なタイプかもな。)
そうなれば案外、うまくやっていけるかもしれない。苦手なものが同じ人間は互いにうまく配慮ができるだろうし、無駄な労力を使うこともない。私は切り替えて挨拶をした。
「…先程は、すみませんでした。私は四月朔日 咲夜と申します。」
私の態度の切り替えに美男も察したようで先刻の胡散臭い笑顔がはがれ、真顔だけれど冷たくはないそんな感じの表情で挨拶を返してきた。
「…いえ、謝ることなどしていませんから。私は、ヴァル・エルネストと申します。これからよろしくお願いいたします。」
’’これから’’という言葉が小骨のように引っかかる。その引っ掛かりについてはっきり言われるのは怖い。だが、気になることを気づかないふりをして抱え込めるほどのキャパシティは持ち合わせていない。私は図太いようで繊細、わかりやすく言えばデバフ耐性は強いが自滅するタイプなのだ。ということで思い切って聞いてみることにした。
「ズバリ聞きますが、ヴァルさん。私が元の世界に戻れる可能性はどれほどあるのでしょうか?」
その質問をした瞬間、彼の表情は曇り言葉が滞っていた。その時点でもう察してしまう。
「…前例がないので可能性は未知数です。ですので、帰れる可能性が完全にないとも言い切れません。その…。」
気まずそうな顔でこちらを伺う様子には彼の優しい性格が垣間見える。
「ありがとうございます。大丈夫です。」
「…そう…です…か。」
まっすぐ見て笑いながら私がそう言うと、意外そうな顔で彼は驚いていた。
「?どうしました?」
「いえ、落胆されていないのが意外だと思いまして。見知らぬ地に突然来させられれば怒ったり、泣いたりするものと…。お強いのですね。」
まさか’’お強い’’なんて言われるとは思わなんだ。私に一番ない性質のものだと自認しているが、今の私の態度はそう見えているのか。
「…多分、私の楽観的な特性も少なからずあると思いますがまだ現状を認識しきれていないというのもあります。それに、可能性がゼロだと言われるよりも希望はありますから。そうゆうだけで私は強い人間なんかじゃありません。」
「…お強いですよ。」
「……。」
私から目を逸らし、影に入り込むような暗い表情で下を向く。誰にだって触れられたくないことはあるだろう。内にあるコンプレックスを話してもらえるほどの信頼関係は初対面の異世界人である私にはカケラもない。現段階では特に触れなかった。
「詳しいことはあちらのお部屋でご説明いたします。」
大理石が敷き詰められた白くて眩しい部屋を後にし、木製の大きなドアが開くと想像していたよりも質素な部屋に案内され少し安心感を覚えた。
「どうぞ、お掛けください。」
「では、あなたがどうしてこの世界に招かれたのかご説明させていただきますね。」
そう言って彼は分厚い本を目の前で開いて説明を始める。
「この世界には5つの大陸、25の国でできております。」
「25国…ずいぶん少ないですね。」
「25国すべての国にそれぞれ1人ずつ救世主様がいらっしゃいます。」
「そっちはずいぶんと多いですね。」
「……。」
怪訝そうな顔で大体何を思っているか察せる。面白いくらい顔に出る人だ。
「…すみません。黙ってますね。」
「…いえ、構いません。」
25人も一度に失踪すれば大きなニュースになるだろうがそんな記事は目にしたことがない。転移させられた日や場所がバラバラならそれらが関連付けられることはないのだろう。両親も友人も皆まさか私が異世界転移してるだなんてきっと思いつきもしない。
「その25人は私のように日本から来た人なんですか?」
「ええ、特にこちらが指定しているわけではないんですが、召喚魔法を使うとどういうわけか皆一様に’’日本人’’だという人しかいないのです。もしかしたら何かしらの縁があるのやもしれませんね。」
「それで、その救世主とやらにはどんな役割があるんですか?取り立てて特徴もない、平凡な私に大層なことは成し遂げられないと思いますが。」
自虐していると自分が無能だということをその度に再認識する。
「…何か才能があるからあなたは選ばれたんです。」
「…だといいんですが。」
「救世主様には特異魔法というものが発現するのです。それに加えて、救世主様の存在自体が国を守る結界のような役割を果たしています。」
「つまり、今この瞬間も私は役に立ててるんですか?」
「えぇ。召喚の際、あなた方の世界からあなた方を介して通路のようなものが繋がり、エネルギーを引っ張って来るんです。」
「そうですか。よかったです。役に立てていて。」
ちょっといじけたような態度をとって我ながら大人気ないと思った。
「…ですので、あなたがこの世界に来ていただいている時点で十二分に役割を果たしていただいております。そのため、この世界でのあなたの過ごし方は制限されません。ご自由に過ごしていただいて構いません。こちら側の勝手な事情で、召喚させていただいた責任としてご用命くださればお望みはなんでも叶えさせていただきます。」
「…なんでも、ですか。まぁ元の世界に戻れない可能性の方が高いとなれば、当たり前ですね。」
「……。はい。」
「…でもね、いくらあなた方に100%責任があるからと言っても見知らぬ世界の初対面のやつになんでもなんて言っちゃダメですよ。」
「…ですが、国のためとはいえ大切な人と無理やり引き剥がした挙句、死んでも戻れないかもしれないなんて全てを捧げても償いきれません。」
「…あなたは良い人ですね。ここに来たのが私でよかった。クソみたいなやつだったらきっと利用されてあなたが苦しむことになってたかもしれない。まぁ私も大概性格悪いと自負してますが。だからこそ私はあなたのような良い人が理不尽な目に遭わず、報われてほしいと常日頃思っています。」
「…私は良い人間などではございません。心の中でいつも嫉妬心を募らせて人を妬んでる根暗で卑屈な人間です。」
「心の中で何を考えようとその人の自由ですよ。それに嫉妬心は向上心でもあるし、根暗や卑屈も繊細で謙虚と捉えることもできますから。」
「それはいささか良いように考えすぎでは?」
「人生はいいように考えてなんぼですよ。まぁ私の場合、そのポジティブシンキングは自分自身に発揮したことはありませんけどね。他人にはその人の価値をいくらでも並べられるのに自分には生きている価値を見出せない。」
「あなたは人には優しくても自分には厳しいんですね。」
「いえ、自分を甘やかしているから自分が嫌いなんです。」
「……。」
「面倒臭いと思ったでしょ。」
「いえ。」
苦笑いでもされるかと思っていたが真剣な眼差しでしっかり否定されて少し照れ臭かった。
「そう、ですか。ありがとうございます。」
「そういえば、ご趣味はございますか?」
突然の見合いで聞くような常套句に呆気を取られる。
「あ、いえその、先ほどご説明した救世主様にそれぞれ発現する特異魔法というのが’’思い入れのあるもの’’に関係するそうなので。」
「あぁ、なるほど。なら私の場合、絵を描くことが影響してくるかもしれませんね。」
「絵、ですか。咲夜様は前の世界で画家だったんですか?」
「いえ、趣味です。一応美大には通っていましたけど私がなりたかったのはメディアデザイナーというものです。」
「めでぃあデザイナー…?」
「えっと、デザイナーはそもそも知ってます?」
「えぇドレスをデザインしたりするもののことですよね?知人にもいます。」
「まぁそれもありますが、それを含めたさまざまな「モノ」のデザインをする仕事ですかね。」
「…知らなかったです。あなたの世界にはこの世界には無い、いろんなものがあるのですね。それであなたがなりたいメディアデザイナーというのは?」
’’なりたかった’’と過去形にしてこなかったところは本当に好感が持てる。
「私達の世界では魔法の代わりにテクノロジーというものが発達しています。これくらいの小さな道具1つで、遠く離れた顔も知らない人と気軽に繋がれたり、世界中の文献を見ることができたりするんです。それを含めた媒体、メディアを介して社会の問題を解決するというのがメディアデザインの役割なんです。」
「なるほど。なんだか王に近しい仕事のように思えますね。」
「うーん、権力は持っていませんけどね。力ではなく仕組みで解決すると言いますか。難しいですね伝えるの」
「なんとなくはわかります。」
話しているうちになんだか話の本筋から離れていっているような気がする。自分語りが過ぎたかもしれない。
「…それで、特異魔法というのはどういう時に発現するですか?」
「そもそも救世主様方にはこの世界の者たちが子供の頃から教え込まれる魔法の基礎さえない状態です。魔法に関しては赤子ということですね。特異魔法を発現させるためにはまず、基礎的な魔法の知識と感覚を身につけることが必要になります。ですが、先程も申しました通り救世主様はこちらに召喚された時点で必要な役割を果たしていただいておりますので魔法を覚えるのは義務ではありません。」
私の性格的に’’義務じゃない’’と言われるとやらなくてはならないと使命感が湧いてきてしまう。
「じゃあ、その魔法を覚えるのは先生でもつけてもらえるんですか?できたら国一番の魔法使いでもつけてもらえたら嬉しいんですけど。」
冗談まじりにそういうと少し気まずそうな顔で彼は喋り始めた。
「国一番の魔法使い、ですか。その、腕に関しては申し分ない方がいらっしゃることにはいらっしゃるんですが…。」
「?何か問題でも?あ、忙しい方ということであればご迷惑をかけるわけにもまいりませんし、他の方でも私は大丈夫ですけど…。」
「え、いえ忙しい方といえば忙しい方なんですが…。」
「……じゃあ気難しい方なんですか?」
「あ、えー気難しい方といえば気難しい方なんですが…。」
歯切れが悪く、なんだかモヤモヤする。私のような人間にはあてがいたくないということだろうか。そういうことをぐるぐる考えていると、きっとむすっとした顔でもしていたんだろう。彼も察してすぐ否定する。
「あの、あなたに問題があるというわけではなく、そのと、とりあえず彼とあってみますか?相性というものもありますし…今度場を設けます。」
「…はぁ。ありがとうございます。」
なんだろうかここまで渋るということはその魔法使いはクリーチャーだとでもいうのだろうか。まぁ例えそうだったとしても意思疎通が図れるのならばモーマンタイだが。
「ですが、その前に王族の方々へ救世主様の顔見せの為、パーティが開かれます。他の国の救世主様もいらっしゃいますよ。」
「そういえば国のための救世主召喚なのにさっき周りにいたのは数人でしたね。」
「…えぇ。念の為。」
「…あぁ、どんな奴が来るかわかりませんからね。そんな場にましてや王族の方を居させるなんて。」
「…申し訳ありません。」
「なんで謝るんですか。当たり前のことですよ。それに礼儀作法の事もありますしね。」
「えぇ。礼儀作法に関しましては私がお教えします。パーティまでの期間もないので必要最低限になってしまいますが、分からないことがありましたらその都度、お聞きください。パーティの際は常に側に私がついておりますので。」
「…それは安心できますね。あなたが側に居てくれれば慣れない場でもきっと大丈夫そうです。」
「…あなたは…。」
彼は途中で口をつぐんだ。途中まで言われると言われないよりも気になる。何を言いたかったのか分からなかったがなぜか悪い気がしなかったので特に聞き返すことはしなかった。
特に本格的に書いているわけではなく、自己満足の趣味ですので温かい目でご覧ください。
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