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15. 異世界転移マヒロの場合

「いいからさっさと吐け」


 部屋にずかずか入ってきた(レイフ)は、長い足でわたしの座ったソファを蹴り上げる。アリシアさんの前と態度が違いすぎて、引く。


「な、なんのことですか?」


 頭を抱えたい気持ちをおさえて、とにかく、しらばっくれてみるものの、レイフさんの目からすーっと感情が消えた。


「もしかして、痛くしないと吐けないとか、そういうやつ?」


(怖い、怖い、怖い! なんなの、この人! どうして、こんなにひとを脅すのに慣れてるの!?)


「気づいてないのか? おまえ、『暁月の塔』の中心部に行ってから、普通に王国公用語を話してるぞ?」


「……ええッ!?」


「ーーなんだ、無自覚か。まあいい。わかったなら、さっさと話せ。塔でおまえに何があった? それとも、ほんとうに()()()()()()()か?」


(お父さん、お母さん、助けてーー! 魔王がいるよ!)



 ◇◇◇



 わたし、黒崎まひろ。高校生。

 異世界転移したと思ったら、拾われた男に尋問されています。


(いや、脳内テロップもおかしくなってんじゃん)


 普通に道を歩いていたら、後ろからおそらく車に追突されて、気づいたら異世界の森の中。

 ようやく出会えた人に助けてもらえたと思ったら、なかなか意志のはっきりした同い歳の女性と、その女性にしかやさしくない鬼畜な男だった。

 最初からハードモードだったけど、待遇は悪くなくて、衣食住は保証してくれてるし、言葉の先生もつけてくれてるし、最大限、親切にしてくれているのは、なんとなく感じている。


 女性はアリシアさんで、男はその夫のレイフさん。

 レイフさんは暇さえあれば、こちらの言葉の練習に付き合ってくれていたから、初めはやさしいと思ってたんだよね。

 ある日、気になったので、聞いてみた。どうして練習に付き合ってくれるんですか、って。

 答えがすごかった。


「言葉を覚えて一刻でも早く出ていってほしいから」


 ぶれない。ぶれなさすぎて、「ああ、わたし連れてくるの、すっごく嫌がってたな」って、ちょっと遠い目になっちゃった。

 わたしは異世界からの転移を起こしたらしく、わたしの面倒をみるのとひきかえに研究がなんたらと言っていたので、それもこの際、聞いてみた。


「え? いま話しながら、やってるけど? 魔法で分子レベルまで分解して解析してるけど。原子か量子レベルでするべき? え、でも、さすがに煩雑すぎない?」


 いえ、そんなことは言っていません。

 そして、分子レベルの解析はもう少しで終わるそうです。


 ぶれない。そして、日和ってもなかったわ。


(え? 分解されてるの、わたし? それ、死にませんか?)


 さすがにスルーできなくて、恐る恐るそれは命に関わらないのか、聞いた。

 そうすると、レイフさんは腕を組んだまま、しばらく考えて、「アリシアの前では死なないから、大丈夫」と答えた。

 

 それは、わたし的にナニひとつ大丈夫ではありません。


 なにを聞いてもこの調子で、アリシアさん以外は、ほんとうにどうでもいいサイコパスなのを理解したので、へたに質問をするのは止め、ひたすら言葉のレッスンに集中した。

 わたしも一刻も早くここから出ていったほうが、いい気がしてきたから。

 できちゃった婚をした友達の話をしたときだけは、なんだか真剣に聞いていたみたいだったけど。なんだったんだろう、あれは。


 なんだかんだで、がんばっても翻訳スキルが切れず、王国公用語がすべて日本語に聞こえるため、言葉がまったく上達しないわたしに業を煮やしたレイフさんが、『暁月の塔』というところに、今日わたしを連れて行ったのだ。スキルの切り方を求めて。


 そして、ちょっと呆然として帰ってきて、混乱していたわたしを、部屋までついてきたレイフさんが、問い詰めてきたというのが、いま、ココ。


「ええと、わたしも混乱してて。あの塔に入ったとき、なんか見覚えあるなって思ってたんだけど。塔の中心部?に来たら、なんか記憶がざーっと流れこんできて。でも、知らない人じゃないっていうか、あ、これ、わたしだっていう感覚があって。混乱してたら、こうなりました」


 腕を組んで目を細めて聞いていたレイフさんが、「へえ?」と嗤った。

 とさりと正面の椅子に座ると、さっと長い足を組んだ。帝王感がハンパない。


「それで? 記憶の君は誰なの?」


(あ、君に戻った)


 これは危機回避できたと思っていいのか。


「クロス・アナスタジア。『暁月の魔女』と呼ばれた人間です」


 答えた瞬間、レイフさんは、それは、それは、それはもう、嬉しそうに唇の端をつりあげた。

 だめだ。危機回避どころか、もっと危険になっただけだった。本能が逃げろと言っている。

 もちろん、レイフさんは逃がしてなんてくれなかった。



 ◇◇◇



 クロス・アナスタジア。通称、『暁月の魔女』。『暁月の塔』の創始者。ごく幼い頃から塔を造りはじめ、死ぬその日まで、その更新作業をやめなかったと言われている変人。


(いや、実際やめなかったんだけどね?)


 この脳内記憶によると、クロスはひたすら忘れることが怖かったらしい。強迫神経症もびっくりの情熱で、塔の魔力回路に自分の得た知識を『記述』魔法でひたすら記して、死んだ。

 いつか塔に戻ってきたときに、それを取り戻すことができるように。


 かの塔が魔法研究機関となったのは、彼女の死後、すいぶん経ってからだったようだが、初めからあの塔は『智の集積地』として機能するよう設計がひかれている。

 研究機関として使われるようになったのも、当然といったところだろう。


 そして、わたし、黒崎まひろは、その遠い遠い昔、『暁月の魔女』クロス・アナスタジアであったらしい。



 ◇◇◇



「記憶の保存? 記憶の解除? どっち?」


「記憶の保存。あの塔はわたしの日記みたいなものだから」

「ああ、なるほど、そういうこと。条件がそろえば、保存された記憶が注入される。そういう仕組みで合ってる?」

「合ってる」


 本当にこの男は頭の回転が早い。なにより、理解力はピカイチだ。


「魔力は肉体に由来する。記憶は脳に由来する。履歴(アカシックレコード)は魂に由来する。ーー魂は何で次の世界を決めている?」


 独り言のようにつぶやいてから、わたしに視線を戻す。


「君の自認はどっちなのかな? 黒崎まひろ? 暁月の魔女?」

「黒崎まひろだよ。昔の自分を思い出しただけって感じ」

「ふうん?」


 聞いておいて、気のない返事を返す男。


「解析が終わったよ。君は界を越えてない。君から、この世界を逸脱するものはなにひとつ検出されなかった。たぶん、向こうの君は車に引かれて死んでるよ」


 顔がひきつるのを感じる。

 さらっと、すごい情報をぶち込んできたな! 勝手にひとを死んでるとか言うな!

 怖くて、口にはできないけどな!!


「急激な死にびっくりした君の魂は、輪廻の輪にのらず、君にとってなじみのあるこの世界に来て、その体を記憶のとおりに再構成したんだろう。ーーさすが元暁月の魔女というべきかな」


 言い方がすごく嫌味っぽくて、事実を指摘してるだけなんだろうけど、なんだか悔しい気がして、わたしも嫌味を返してみた。


「前世持ちだって、もう隠さなくていいの、レイフさん?」


 レイフさんは唇の端を歪めた。


「どうせ見えているでしょ、暁月の魔女」


 だめだった。ちっとも堪えてなかった。

 なんだか、余計に身の危険が増しただけの気がする。


 レイフさんは長い指で、組んだ自分の腕をトントンとたたいた。


「君はすでにこの世界の人間だね。君に魔力があるのが、その証拠だ。あっちの人間に魔力回路なんてないからね」


「馴染みのある場所に魂が回帰するとしたら、馴染みをどう作るかが問題か? だが、確実性を求めるなら、やはり、魂に刻むのが正解か」


 なにか怖そうなことを、また独り言のようにつぶやくと、彼は肩をすくめた。


「まだまだ先は長そうだね」


 めずらしく苦い顔をするから、つい聞いてしまった。


「レイフさんは、結局、なにがしたいの?」


 彼は初めてやわらかく笑った。


「おれは次の生でも、アリシアに会いたいと思っているだけだよ」


「その前の生では会えなかったのに?」

「それは仕方がない」

「どうして?」


 レイフさんは、にこりと笑う。作られた笑顔だけど、怖いものじゃない。


「君の世界の日本は独立国だった?」

「え? 日本は独立国でしょう?」

「おれの世界では、日本はアメリカの属州だった。だから、公用語は英語だったし、親の都合でアメリカに行っても普通に進学できたわけ。同じ国だからね」


「……アリシアさんの世界は」

「独立国だって言ってたよ」


 アリシアさんに関わるものは、この人はそれはそれは愛しそうに、大切なもののように語る。

 その目が、アリシアさんの生きていた日本を見てみたかったと言っている。


「そもそも、おれのいた世界の知識とアリシアの知識は同じじゃない。おれたちは別の世界から来たんだ。でも、それでいい。アリシアの世界があったなら、おれの世界もきっとどこかにあったんだろう」


 そう静かに話す声は、確信があって、信頼があって、底知れない愛情があって。切なくなるような哀しみと諦めがあって。

 なんだか見てられなくて、つい視線をふせる。

 レイフさんが、ひょいと首をかしげた。


「次もアリシアと同じ世界に存在するには、どうすればいいか、それだけを考えているんだけど?」


 サイコパスだと思っていたら、人生をまたぐ気まんまんの、ストーカーだった件。


「覚えてなくて、いいの?」


 記憶を受け継ぐことに人生をかけた、わたしの中の暁月の魔女がたずねる。


「問題ないよ。あの存在(アリシア)を目にした瞬間から、愛する自信があるから」


(そこまでなの!?)


 この男の望みについて考えることは、そこで放棄した。どうやったって、ついてはいけない。暁月の魔女のわたしも、ずいぶん混乱している。

 そして、ぽかんと生まれた空白にやってきたのは、悲しみだった。


「そうかあ、わたし、結局、死んじゃってたんだ。……お母さん、お父さん」


 向こうできっちり死んでいるのだとしたら、ここで親を求めて泣いている、このわたしは、いったいなんなのだろう。

 こんなわたしを親は想像してすらいない。

 なぜ、異世界なんかで蘇ってしまったのだろう。あのまま、普通に死ねたらよかったのに。


 ひとしきりグジグジ泣いてから、目を上げると、まだそこにレイフさんが座っていて、びっくりした。とっくにわたしなんか放って、アリシアさんのところに行っていると思っていた。


「まだ、いたんだ」

「うん、次にどんな実験するか考えてた。暁月の魔女なら、いろいろできそうじゃない? 付き合ってもらうよ、クロサキ?」


 ええ!? それは心の底から、遠慮したいんですけど!? 悪い予感しかいたしません!


(できるだけ早く、そして、できたら物理的に遠いところへ)


 この男から逃げることを考えないと。


 冷や汗をダラダラ流しながら、ひそかに心の中で考えていると、頬杖をついたまま、男はぽつりと言葉をこぼした。


「……どうせ、きっと君も出会うよ。死に別れた人たちと、いつか、どこかで」


 いや、もう、ほんと勘弁して。

 なんなの、この人格破綻者。破綻してるくせに、どうして、こんな変なところでやさしいの。


 アリシアさんがこの男を好きな理由がわかった気がして。


 南無〜。がんばってください。


 以前の世界の日本の風習で、思わずアリシアさんに両手を合わせた。

「なに、それ?」ってレイフさんに聞かれたけれど。これは、ここに置いてもらう条件に関わることじゃないから、教えてあげたりなんかしない。


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