第64話 意味深な招待状
この日を境に私は生活リズムを大きく崩した。
私の予知夢は預言書と同じように、起こりうる可能性の高い出来事を見せる。特に命の危険が高いほどより現実的な夢となり、そしてそれは明確な解決策がなければ毎日のように夢は続く。
その結果、私は悪夢を見続けて寝不足に陥った。
どんなに趣向を変え、考えをまとめても、悪夢は嘲笑うかのように、私に破滅をもたらす。
そのせいで日中に頭が働ないことも増えた。
食事も喉を通らなくなったのは、悪夢を見続けて一週間が経ったころだ。今日もまた最悪な終わり方で私は目を覚ます。もう一度眠る気は起きず、私はベッドの上で膝を抱えたまま朝を迎えた。
(命乞い、交渉、対立全て試しても駄目だった。交渉は可能性があるかと思ったけれど、激高したレオンハルトの前では無意味……)
私はため息を落とした。
(やっぱり誰かに相談をした方がいいわね。私一人で動いても結局変わらなかった以上、誰かの手を借りる方がいい……)
しかし誰を選ぶかが、かなり重要となってくる。
なにせ相談相手次第では、レオンハルトを殺害することで解決しようとするに違いない。間違ってもロロには相談は出来なかった。となるとナナシか伯父様だけれど……。果たして穏便な解決方法が出るだろうか。考えるだけで頭が痛くなりそうだった。
食事も喉を通らず、半分以上も残してしまった。それでも今日は無理に押し込んだ方だ。
今日のスケジュールはいつもよりも忙しい。生誕祭まで大きな催し物は無かったはずなのだが……昨日、急遽招待状が届いたからだ。
「お嬢様、本当にお茶会に出席するのですか?」
「ええ、そうよ」
「……その体ですか?」
白と藍色のドレスに身を包んだ私に、レオンハルトは不安げに声をかけてきた。灰色の髪も、ロロによって編み込みと髪飾りをつけてもらい、目のクマも化粧で隠してもらった。
最悪なコンディションだが、それでも今日は第三皇女であるエリスに招待されたお茶会だ。顔を出さないわけにはいかない。
たとえお茶会でどんな目にあっても。
「それでもあの子のお茶会には参加しないと。大丈夫よ、そんなに長居はしないわ」
「……かしこまりました」
この一週間で作り笑いは上達しただろう。レオンハルトの顔を見るのは難しくて、いつも目ではなく口元や首に視線を向ける。目を合わせてしまったら、あの悪夢が現実化してしまいそうで私は逃げるように視線を逸らす。
一週間挑んで、ことごとく最悪な形で悪夢は醒める。いい考えも浮かれず刻一刻と生誕祭一週間前が差し迫っていた。
焦ってもしょうがないと、私は招待状へと視線を落とす。
(第三皇女エリス=シグルズ・ガルシア。私の従兄妹に当たる人だけれど、前回でも面識はあまりなかった。病弱であまり社交界や公の場に姿を見せない人で、私よりも五つ上。そんな彼女がこの時期にお茶会だなんて……)
前回の記憶はもちろん、預言書にも内容の記述はない。だが、お茶会の開催地を考えるに一波乱あるだろうという事は理解していた。それでも行かなければ今後、皇女エリスとの間に溝が出来てしまうかもしれないからだ。当の本人がそう思っていなくても、周囲はそう認識するだろう。それが噂好きの貴族令嬢たちの常識でもあった。彼女らは常に刺激を求めている。
(噂ね。……ローワンたちの時の噂を利用された形になるとは、思わなかったわ。でも、お茶会は皇族や貴族に取って大事な情報源になるのだから、気を引き締めて挑まなきゃダメね)
***
皇族主催のお茶会。それも第三皇女となれば大規模で行われ、参加者は百名を超えるだろう。通常であれば皇城の中庭で開かれるが、今回は特別にキャベンディッシュ家が、保有しているバラ庭園を貸し切って開かれることとなっている。
帝都から少し離れたバラ庭園は色とりどりのバラが咲き誇り、甘い香りを放っていた。童話の世界に迷い込んだように、薔薇のアーチや、垣根でパーテーションが区切られており、解放感のある庭園だった。スイーツの置き場所も、ケーキ、チョコレート、クッキーなどの焼き菓子、軽食と置かれている場所が分かれており、テーブルと椅子も見晴らし居場所に適度な感覚を置いて設置されていた。
飲み物もドラーク竜王国原産の質のいい紅茶、ハーブティー、中立国リーベから取り寄せた珈琲、ロサ・クラーロ共和国から取れる芳醇な香りの白と赤ワインなども見られた。
今日のお茶会に参加できるのは、第三皇女エリスからの招待状をもらったものだけだ。庭園内はすでに老若男女の談笑の声が、至る所で聞こえてくる。
私の登場と共に、周囲の視線や雰囲気ががらりと変わった。突き刺さる視線、声を潜める貴婦人たち。私の執事として同行しているレオンハルトに、目を奪われている令嬢は何人もいるようだが。
幻狼騎士団の縁者たちや、関わりのある貴族たちに挨拶を済ませていく。みな竹を割ったような人たちで気さくに私のことを受け入れてくれた。私がキャベンディッシュ家を出たことも、皇族に戻る話も聞いているだろうに彼・彼女らは以前と変わらずに接してくれるのが有難かった。一通り、挨拶が済むと、私は主催者の皇女エリスの元に向かうことにした。
彼女に挨拶を終えたら早々に帰ろう。そう思っていたのだが──物事とはそう上手くいかないものである。
「お姉様、待っていましたわ!」
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