第61話 嵐の前の静かさ
教皇聖下救出した日から一週間が過ぎた。
中立国リーベは、ベネディックトゥス教皇の急な来訪を歓迎する。本来はお忍びということだったが、情報通の商人により勘付かれてしまい翌日に「今後、医療ギルドを立ち上げるにあたり、御助力を頂くためお忍びで来ていただいていた」と中立国は正式に公表。
それにより教会上層部は「元々他国との関係を良好にするために水面下で進めていた」と皇帝陛下に報告書を提出したそうだ。これにより教皇幽閉という事実を「他国の視察のため隠居した形にしていた」と上手く誤魔化したのだった。もっともその事実を知るのは、極一部だろうが。
帝国新聞の内容──「教皇聖下の偉業」「前例のない他国間での医療ギルド設立に期待」などを見て私はため息が漏れた。それは安堵に近い。
ここまで大々的にしたのだ、不用意に暗殺や襲撃など企む者への牽制にはなっただろう。
(商人に勘付かれた風に見せたのは、ルークの提案だったけれど……こんなにうまく行くなんて……)
***
教皇聖下救出した日から、二か月が過ぎた。
『こちらはまだ夏の暑さは来ず、雨の多い天気が続きます。リーベはどうでしょうか? 先日、量産可能そうな魔導具のリストを送りました。いろいろと意見を頂けると嬉しいです』
机に座りながら私は手紙をしたためると、焦げ茶色の特殊合金でできた鳥かごに手紙を入れる。刹那、淡い光を放ちながら、手紙は一瞬で消え去る。
これは魔導具の一つ伝文鳩。一対となっている鳥かごに手紙を送れる魔導具だ。わざわざルークが私に送ってくれたものだ。
しかも味なことに、その魔導具は皇帝陛下宛てに少し早い生誕祭の贈物として献上した物の中に、紛れ込ませていたらしい。
(まあ、他国の宰相の息子が、面識のない帝国の公爵令嬢に、贈物をしたなんて噂はすぐに知れ渡るもの。その辺は本当に根回しがしっかりしているわ)
その用意周到さと気遣いに感謝しつつも、ルークの突拍子もない行動に、私はいつも振り回されてしまう。頭が切れるし、配慮も完璧。流石は宰相の息子と言うべきだろうか。
伯父の話では「近々婚約の申し出があるのでは?」と茶化されたぐらいだ。
(私を絞首刑台に送った彼とは違う。その変化は嬉しいけれど……)
「お嬢様、今日も陛下から贈物が届きましたよ」
ロロは両手いっぱいに贈物を持って部屋に訪れる。嬉しそうな彼女の姿に、私は作り笑みを張り付けるので精いっぱいだ。何故かロロはルークに対して、やたら好印象なのだ。「紳士的で、配慮があって、同い年なのに、しっかりしているではないですか」など嬉々として語る。確かにマメだし、贈物も質が高い。先週の今後の商談方針について話した時も、転送魔道具を使って現れて焼き菓子を持ってきてくれたのだ。
「お嬢様。ルーク様なら私は喜んで応援いたしますわ」
「ロロはその話ばかりね。彼は商談相手として私に接しているだけよ?」
「まあまあ。そんな事を言っているのは、お嬢様だけですよ」
(……そういえば伯父様も同じ感じだったわね)
ロロの後に、レオンハルトが静かに荷物を運んでくる。
「荷物はこれで以上です。お嬢様、私は買い出しがあるのでこれで失礼しますね」
「うん。……気を付けて」
「ありがとうございます」
レオンハルトは、にこやかに微笑むものの、日が経つにつれてそこに生気がないような、そんな印象を受けた。
「ねえ、ロロ。レオンハルトの顔色が、悪かったように見えたのだけれど……」
「さあ? 私にはいつも通りのように見えますよ。ルーク様のアプローチに、大人として出る幕がないので落ち込んでいるのかもしれません」
「ロロ……」
窘めるように告げると、ロロは「仕方ないじゃないですか」とため息交じりに答えた。
「魔人族は数百年前の件で、人間を憎んでいるのですから。それにやはり何を考えているのか、分からないところがあります」
「それは……」
「ですので、私はあの者が本当に信用出来るものかどうか分りかねます。それでしたら、まだあのナナシの方が信用できますわ」
(何だかんだ言って、ナナシに関しては信頼しているのね)
「ほら、お嬢様。それよりも中身の確認をお願いします」
「わかったわ」
ルークからの贈物は、その殆どが生誕祭に向けて私が必要としている魔導具や、情報関係の書類である。可愛らしくラッピングされた箱の中身は、全く可愛らしげもない仕事の山なのだ。
贈物というのも方便なのだが……。
一つか二つは本当に贈物だったりする。
(今日は……栞に、こっちはヌイグルミ!)
モフモフふかふかの中立国リーベで、一つ一つ手作りで作り上げられた手の平ほどのウサギのヌイグルミだ。後ろのポケットがついており、小物入れにもなる。
思わずギュッと、抱きしめてしまうほど愛らしい。白くてつぶらな瞳。もふもふで私はすぐにこのヌイグルミが好きになった。子供っぽいと思われるかもしれないが、私はこのヌイグルミをずっと持ち歩くことにした。実年齢は二十一歳なので少し恥ずかしいが、見た目は十二歳だしまだ許されるだろう。
「かわいい」
「お嬢様の方が可愛いですわ」
「ロロ……」
「事実ですわ」
ロロはチラリと、机の上に出しっぱなしにしていた一冊の書物に目を向けた。
「それにしても、啓典をお嬢様が読む日が来るとは……感慨深いものです」
「あ、そうだわ。聖下が言っていた啓典の方も読み進めないと……!」
ロロは「お茶の用意をしてきます」と、部屋を出て行った。
聖下が別れ際に渡してくれた啓典とは、神々から聖女または教皇に啓示された書物を意味する。けれどこの書は、数千年前の歴史が詳細に書かれていた。
三女神ブリードの権能、対立していた魔神王のこと。そして──私は真実を知る。
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