第60話 レオンハルトの視点2
火花が舞い散る中、剣戟による衝撃そのものを男は相殺した。もはや人間なのかと疑うレベルだ。
(予想以上に強い。私も人間の姿で本気を出していませんが、反射速度はなかなか……。戦うと翡翠色の瞳になるのは、魔導具の不具合でしょうか? まあ、いずれにしろ遊びはここまでで)
確実に仕留めたと大振りで振りかざしたが、まさかこの大剣を素手で止めるとは思わなかった。刃が一ミリも進まない。何という膂力だろうか。
「姫さんへの恨みか? それともキャベンディッシュ家に復讐したいことでもあるのか?」
「貴方に関係ないでしょう」
「ある。少なくともキャベンディッシュ家に恨みがあるならば、姫さんは関係ない。血縁でもないし、本来はこの家にいる筈ではなかった」
「そう、ですか」
そんなことは、昨日のキャベンディッシュ家の者たちとのやり取りを聞いて、すぐにわかった。傲慢で、他者から搾取することが当たり前だと思っている奴ら。数百年経とうと、腐った人間の一族は変わらないのだと思い知った。
今更、アイシャがキャベンディッシュ家の養子だったとしても──彼女に向ける感情は身を焦がすような愛と、行き場のない殺意。
彼女が関係なかったとしても、だとしても膨らんだ殺意を消し去ることは出来ない。
キャベンディッシュ家の人間を八つ裂きにすれば、少しは収まるだろうか。
満足するのだろうか?
人間を殺せば、復讐心は消えるだろうか。
「復讐したって大事なものは戻らない。全部をなくしたのなら、煉獄の炎に身を焼べて燃やし尽くすのもいい。だが、まだ大事なものが残っているなら、やめておけ」
そんなことは男に言われなくとも、わかっている。だがそれでも数百年の間、蓄積された殺意が一朝一夕で消えるわけもない。
「問おう。お前さんは何者だ? 何のためにここにいる?」
「……」
翡翠色の双眸は私の心を見透かす。
今の私はアイシャの執事だ。
灰色の髪の少女。彼女の境遇に、かつて救えなかった叔父と女剣士の姿を見た。あの時に私の心は死んだ。それを再び取り戻させてくれたのは──。
「お嬢様に害なす虫は、駆除するのも私の役目。貴方はなにやら、お強いようですし、完治する前に仕留めさせていただきます」
私の返答に、極東の男は口角をあげた。
「いやいやー。そういう君こそ、姫さんの何なのかな? ことと次第によっては拙者も本気で相手することもやぶさかじゃないないよ」
結局、アイシャの乱入で極東の男──ナナシを斬り損ねた。護衛としては申し分ないが、いざアイシャを殺すことになった際、真っ先に潰しておかなければならないだろう。
***
アイシャを想う者は、せいぜい婚約者である皇太子と私ぐらいだろうと思っていた。婚約者は親同士が決めたということなので、実質的に彼女を心から愛しているのは私だけなのではないだろうか。
誰もが彼女の良さに気づく前に、その心を手に入れられれば良かったのだが──そう簡単に事は運ばないようだ。
ベネディックトゥス教皇とルークの二人は、私の好敵手になると確信した。
アイシャの話では、教皇聖下は八十代後半の老人だと言っていたが、実際は二十代の腹黒そうな青年だった。
正直、可能ならその場で殺しておきたい。そう思わせるような腹の見えない老獪きわまる人物だ。この男も要注意する相手なのだろうが、直感的に一番厄介なのはルークという少年だろう。
最初は感情が欠落した面白みもない少年だったのだが、アイシャとのやり取りを繰り返すうちに、表情が変わっていった。凍っていた感情がゆっくりと時間をおいて溶け出すように、そう時間もかからずに自分自身の感情に気づく。
いやもう気づいただろう。
アイシャを目で追うようになったし、私が彼女に対して想っていることも勘付いたはずだ。そしてあっという間に、アイシャの隣に並ぶ。
同列の相棒を願い、受け入れた幼い二人に目が潰れそうだった。あまりにも純粋な想いが眩しくて、羨ましかったのだ。
復讐心、嫉妬、羨望がまた私の中で膨らんでいく。
(貴女が好きすぎて、何もかもが愛おしくて──そして憎い)
アイシャが自分以外の誰かを選んだなら、私は正気でいらるだろうか。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
下記にある【☆☆☆☆☆】の評価・ブクマもありがとうございます。
感想・レビューも励みになります。ありがとうございます(ノ*>∀<)ノ♡
【短編】
貴方様に「ごめんなさい」を言いたくて。」投稿しました! https://ncode.syosetu.com/n0435kg/
✨(*⁰▿⁰*)久しぶりの新作です✨




