第57話 錬金術お披露目会
その場が凍り付いた。
いたたまれない空気に、私は穴があったら入りたい衝動にかられる。
「なぜ片言」とルークは呟いたが、レオンハルトの声にかき消されてしまう。
「そんなお嬢様も可愛らしい。ぜひ、もう一度」
「レオン──ッ、絶対からかっているでしょう」
「ばれましたか」
「あと、近い!」
チェスの後からレオンハルトが近くにいる。スキンシップも急激に増えた。紳士で完璧な執事モードはどこに。
(最近は執事として、接触してこなかったのに……! なんで? そしてルークからはすさまじい圧! これってチェスに負けて悔しがっているとか!?)
「アイシャの使用人にも亜人族の子がいるし、彼女は聖女だからね。基本的に困っている人には手を差し伸べたいんだよ」
聖下のフォローに私は心から感謝した。ルークは顎に手を当てると、なにやら考えにふける。
「なるほど。この数年の間に亜人族全体が絶滅の危機にある可能性がある。貴女はそうならないために、亜人族の価値を底上げするつもりということか」
(ひぃ!? 一言も語ってないのにだいたい合っている! なに超推理。怖い!)
ルークの予想以上の分析力に、私は心の中で悲鳴を上げた。恐怖に震え私に気づいていないのか、彼は淡々と商談を進める。
「……それで次は作り方ですが、ここで実演は可能か?」
唐突な無茶ぶりにナナシとレオンハルトは、あからさまに顔をしかめる。商談の段階で治癒魔法の実演、チェス勝負と割とこの場に長居してしまっているのだ。
さすがにもう時間がないと教皇が言い出すかと思ったのだが、
「あ、それ僕もみてみたいな」
「え、ちょ、聖下。でも、こんなに長居して大丈夫なのですか?」
あっけらかんとしている教皇に、私は動揺してしまう。他の連中にしてみれば「今更じゃないか」という視線が向けられる。
(絶対、今更と思われているわね。いや、本当に今更なのだけれど、誰か切り出さないと話がずれにずれるでしょう……!)
言い訳がましく私は心の中で愚痴る。
「大丈夫。この部屋の空間そのものに時間魔法をかけているから、実際の時間だとまだ一分も経ってないかな。もちろん防音も完璧。盗聴されている恐れもないよ」
「……さすが聖下ですわ」
「教皇だから、このぐらいは出来ないと簡単に暗殺されるからね」
(前回、暗殺されていたのだけれど……。あ、いやアレは呪詛返しで死んだから違うか)
閑話休題。
ようやく話が戻る。
私虚数空間ポケットから必要になる薬草と鍋、そして羊皮紙を用意する。どれもその辺の森で捕れる薬草ばかりで、馴染みはあるだろう。
ラプンツェルは緑色のグラデーションがある葉で、きれいな紫色の花を咲かせる薬草の一種だ。ほかにジャコウジカ、棘のある濃緑色のネトル、世界樹の葉、枯れ木に青々と茂る半寄生木ミスルトー。それと汲み上げた井戸水、羊皮紙には円状の魔法陣。これは魔力がなくても発動する術式を組んだもので、この羊皮紙の上に鍋を置き、そこにすり潰した薬草を順々に鍋に入れていく。次いで、井戸水を少しずつ加え、ヤドリギとナナカマドの枝でかき混ぜる。それを半日続けると完成するので、液体だけを抽出して小瓶に入れたのち、術式の札で止めて完成。
「ざっくりこんな感じです。あ、万能薬は材料が違いますが、工程はだいたい同じです」
「アイシャ、君は半日って言っておきながら、なぜ数分でできているんだが……」
聖下は不思議そうに私に尋ねた。その隣に座るルークは、小瓶に入った液体を物珍しそうに見つめていた。鑑定でもしているのかもしれない。気を取り直して私は聖下の質問に答えた。
「それは錬金術の熟練度ですね。錬金術は繰り返し作り上げることで上達していくので、練度が増すにつれて時間短縮するのです。特に慣れれば抽出までが簡略化出来るようになります」
「なるほど。なんとも合理的な技術だね」
「アイシャ」
ルークの声に私は思わずビクリと肩を震わせる。
「は、はい。なんですか?」
「魔力なしで作れる秘密は、この羊皮紙の魔法陣にあるのか?」
「はい。これは魔導焜炉です。私が開発してみました。魔導具も錬金術の応用で──」
「商品化する」
「え」
「俺個人で魔導具ギルドが一つある。これだけの完成品なら高値で取引も可能だが、どうだ?」
(ええ!? ……って、いうかいつの間にか一人称が変わっている!?)
ルークはぐっと私に近づく。テーブルを挟んでいるとはいえ近い。数刻前の無機質だった瞳とは打って変わって、静かに燃え盛る雰囲気が感じられた。劇的な変化に私はどう反応すればいいのか分からずに困ってしまう。
(予想以上の食いつき! でも商品化というのはちょっと魅力的ね。今後の資金も必要だし……)
「予算なら、このぐらいは出せる」
「ふぁああ!? ゼロが……」
「足りないか? なら更にゼロを一つ増やそう」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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