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第55話 ルークの視点3

 一度きりのチェス勝負。

 彼女が何を考えているのか、彼女の価値を見定める為にも、それはいい案だと思った。

 彼女の表情、指先、呼吸などを見ながら観察を開始する。

 チェスは最善手を打ち続けた場合、先手が勝利する確率が高い。だが、相手は人間。まして世間知らずの少女なのだ。はっきり言えばオレは彼女をなめてかかっていた。事実彼女の一手一手は素人だ。


(また味方の退路を断つようなやり方……。悪手ではないか。何を考えている?)


 盤上を挟んで見る少女の顔は、真剣そのものだった。本気で勝つ気でいる。


(いや、揺さぶりなのだろう。最善手を打ち続ければ、あと十二手でチェックメイトだ)


 その十二手目で勝負はつかなかった。

 チェスは序盤、中盤、終盤(しゅうばん)の三極に分かれて考えられることが多い。チェスの戦い方を表す格言にも「序盤は本のように、中盤は奇術師のように、終盤は計算機のようにさせ」とある。だが、(から)め手、揺さぶり、必死の猛攻(もうこう)

 そのせいで(ルーク)の存在を軽視していた。(ルーク)とはチェスの序盤ではあまり活躍はしない駒だ。しかし中盤いや終盤ではその存在を際立たせる。特に敵陣地の七ランクに侵入されると厄介だ。


(セブンスランク・ルーク……! 理想的な攻撃形態の一つ)

「チェックメイト」


 (りん)とした声に、俺は盤上全体を見つめる。

 間違いなく詰んでいた。逆転は不可能。


「俺の──負けだ」

「楽しかったわ」


 差し出された手。少女と思えないほど手荒れが(ひど)く、良く見ると薄っすらと刀傷(とうしょう)もあった。

 彼女の表情、雰囲気、話し方、口調から察するに、花よ、蝶よと大事に育てられた世間知らずの少女だと思っていた。しかし度胸、戦局のひっくり返し方もそうだが、聖女らしからぬ手……。いったいどのような生き方をすれば、こうなるのだ?

 ますます彼女が分からなくなる。

 お人よしかと思えば、チェスでは素人を装い奇術師のように盤上を(もてあそ)び、気づけば負けていた。知ろうとすればするほど、理解できない。


(何者なんだ、彼女は……!)


 気づけば他人に興味を持っていた。惹きつけられる人柄(ひとがら)とでもいうべきか、自然と心がざわめく。

 握手を交わすと、それはとても小さな手だった。

 そしてとても努力しているのだと、その手が、温もりが語ってくれた。胸の奥がざわざわと騒ぎ立てる。

 水面に(しずく)(こぼ)れ落ちたかのように、俺の胸に波紋(はもん)が広がっていく。


(次々に感じるこれは、なんだ?)


 その答えを知りたくて、ゆっくりと顔を上げた。握手している手元から、彼女の顔へと視線を移動する。今まで彼女をしっかり認識していたはずなのに、印象がガラリと変わった。

 灰色の髪、思ったよりも童顔で、翡翠色(ひすいいろ)双眸(そうぼう)と視線がぶつかる。初めて──心がざわついた瞬間、全身に衝撃が走った。


「──ッ!」


 それは今まで失っていた感情が、彼女によって一気に引き出された。

「高揚」、「驚愕」、「興味」──それらがカッと熱を帯びて全身に巡る。今まで自分は本当に人形のように、ただ生きていたのだと実感する。生きる──その意味を知った。

 心臓の鼓動(こどう)早鐘(はやがね)を鳴らす。

 視野が今までよりも広く、周囲の顔も前よりもはっきり見える。

 色も鮮明で、教皇の絢爛豪華(ごうかけんらん)な内装も艶やかに映った。


「これで私の実力も見せたことですし、商談成立かしら?」

「……ああ」


 頷くだけで精いっぱいだったが、少女は大輪の花のように微笑んだ。

 人の笑顔とは、こんなにも綺麗なものなのかと、その笑顔を目に焼き付けた。

 人が信じられない。

 俺自身が、誰かを信じたいと思おうとしなかっただけだ。

  彼女の笑顔は眩しくて、心臓がうるさい。

 その姿にさらに言葉を重ねようとしたが──。


「お嬢様、おめでとうございます。どうぞ、お茶です」

「ふぁあ! レオン──ッ、近い、近いから!」


 一瞬で彼女の視線を奪った男。護衛、雰囲気からして従者だろうか。いや従者としてはあまりにも彼女との距離が近かい。

 たったそれだけのことなのに、「苛立ち」と「嫉妬」が芽生える。その男(レオンハルト)へと視線を向けると、目が合った。

 ()ました表情をしていたが、実際は「ざまあみろ」という顔をしていた。彼女の傍に居る従者の方があらゆる意味で近い。「では自分はどうだろう」と(かえり)みる。


 彼女とは初対面の上、かなり失礼なことを告げた。そう自覚しただけで胸がチクリと痛んだ。

 信頼関係など絶望的だろう。

 あの従者に「敵意」と「羨望(せんぼう)」が芽生え、今まで眠っていた感情があらわになる。


(なんだ……。俺は人形だとか、どこか壊れていると思っていたけれど……ただ俺が気づかなかっただけか)


 視界が開けたと思うのも錯覚だ。俺がそうやって目を逸らしていただけ。

 彼女はそれに気づかせてくれた。


 聖女の名を俺は思い返す。確か「アイシャ」そう呼ばれていた。

 たった一度の勝負でいろんなものを与えて──彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()


「アイシャ=キャベンディッシュ」


 初めて感情を乗せた言葉は心地よかった。

 従者の一人は俺の機微(きび)を察してか、あからさまに笑っていた雰囲気が()き消えた。もっとも主からその姿を気づかせないように工夫している辺りが感じ悪い。

「えっと、はい?」と、アイシャは急にフルネームを呼ばれて、瞬きを繰り返した。

 戸惑った表情も新鮮で、人はこうも心を表面に出すのかと、少女の顔をまじまじと見つめる。


「商談の詳しい話を詰めたい。特に錬金術に関しては詐欺師(さぎし)まがいの者が多いので──いや、お前の力を疑っている訳ではないのだが」


 俺が何を言わんとしているのかアイシャは察したのか、くすくすと微笑んだ。それが自身の言葉によって反応したのだと分かると、釣られて自分の口元が緩んだ気がした。


「好奇心」と「向上心」が思考を加速させる。

 それは恋と呼べるものではなかったけれど、人形だった自分の心がようやく芽吹き始めた瞬間だった。



楽しんでいただけたのなら幸いです。

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