第54話 ルークの視点2
彼女の背後に控えていた二人が俺に殺意を向けた。一瞬、首と胴体が切り裂かれたかのような錯覚に陥る。
あまりにも生々しい感覚。どうやらかなりの使い手だと数秒で分析する。それも主である少女を馬鹿にしたことで威嚇したのだろう。
どう飼いならせば、そうなるのか。思いつくのは庇護欲ぐらいだ。後ろの二人を従えるほどの雇い主には到底見えない。
(まあ。ここで戦闘になった場合、後ろの私兵は十秒も持たないな)
「ナナシ、レオン──ッ! 控えてください」
「はいはい」
「承知しました」
(嫌味は理解したが、あえて無視したのか。事を荒立てぬようにする危機回避能力はあるというのに、なんでこの場所にいるのだ? 教皇に価値があるのは分かる。彼の庇護下でなくとも聖女であれば、厚遇されるのではないか?)
疑問が蓄積していく。
違和感。不明という苛立ち。
それは教会の現状を知る事で理解した。聖女にとって教皇の存在が消える事で、他の枢機卿たちに食い物にされることを危惧しているのだろう。
確かに治癒魔法を使える者は重宝される。その上、彼女は予知夢があり、話を聞いていると「愚者」という認識は不適切だと改めざるを得ない。聡明で本当に同世代なのか疑いたくもなる。
(教皇の死亡が確定するなら、聖女が変わりでも問題はない。しかし彼女がどれほどの治癒魔法を使えるか……)
価値が分からずに商品として交渉のテーブルに乗せるのは、愚者だけだ。まずはこの聖女がどの程度使えるのかを図る必要がある。口八丁手八丁で言いくるめられて、彼女本来の能力を見誤る事があっては困る。
「ベネディックトゥス教皇。貴公の実力は見せて頂きましたが、彼女にその才が本当にあるのか不明だ。……よくわからないものを、交渉材料として判断にすることは出来ない」
俺は後ろに控えていた二人に目配せをする。
一瞬だけ人狼は臆したが、一人は腰に携えていた剣を抜き──隣に居た同胞を袈裟懸けに斬り捨てた。
鮮血が壁に飛び散り、人狼は倒れた。その際にフードは外れ狼の頭が顔を出す。灰色の毛並みに艶はない。かなりの年配者だろう。
(さて、これで彼女はどうでる?)
「な──ッ!」
「これでどの程度なのか、見極めることが出来る。急がないと死ぬぞ」
「貴方は──自分の連れをなんだと思っているのですか!?」
(何と言われても困る。彼らは農奴。借金によって堕とされた身分であり、命すら投げ打った者だ。どう扱おうと自由だというのに、なぜ彼女が怒る? 見ず知らずの他人だぞ)
感情的で、合理性に欠ける。
不快で苛立ちが増した。
教会の人間だから、道徳心の押し売りでもしようとしているのだろうか。世界は平等で、慈愛に満ちており、人は愛されるために生まれてきたのだと語りそうだ。
だが世界は平等ではなく、情報を手に入れ有益に動いたものが優位に立つ。
自分が損をしないためには常に計算高く、強かで周囲に気を配る事だ。信用など商人には存在せず、あるのは互いの損得勘定だけだと俺は思っていた。
だから自分の護衛が死の淵に居ようと、なんら感じなかった。
「能弁を垂れる暇があるなら、さっさと治療したらどうだ? それともそのような状況判断も出来ないのなら交渉の価値など無いな」
「…………ッ!」
彼女は烈火の如く怒っていた。
図星だったのか、それとも──死にかけの人狼に同情したのか。彼女は人狼の持病も含めて癒した。それどころか、もう一人の足まで治療して見せた。
理解できない。
それとも彼女なりの示威運動だったのだろうか。考えれば考えるほど、彼女の思考回路も考えも予測がつかなかった。
商人に感情や道徳などは不要だ。商談相手もみな似通ったものだというのに、彼女は何もかもが違う。今まで出会った中で、いなかった。
「ルーク様、これでいかがでしょうか?」
「──っ」
彼女の翡翠色の双眸が俺を射抜く。
少女の背後に控えていた二人は、小さな主人の背を誇らし気に見つめている。彼らは単なる私兵ではないだろうか。全く理解できない。
話せば話すほど胸がざわつく。
苛立ちを消すことが出来ない。計算式が狂う。
それを教皇はよく見ていた。
「ルーク殿。少し気分転換も兼ねてチェスなどやってみませんか。たとえば、アイシャとしてみては?」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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