第53話 ルークの視点1
ルーク=グレイ・イグレシアス。
俺は中立国リーベの宰相の息子として英才教育を受けて育った。優秀──いや、優秀過ぎたらしい。
商人の世界は騙し騙されなど日常茶飯事で、顔では笑っておきながら、他者を貶める面従腹背を幼い頃から見てきた。
だからだろうか、俺は他人が信じられなかった。物心がつく頃から、おおよそ人の持つ感情というものを体感したことがない。
高尚な説法も、含蓄ある言葉も心を揺らすことはなかった。だから生きて役割を果たすだけの人形だと、自分を客観視していた。
人の表情というのは心に反応して動く。俺はその部分が死んでいるのだろう。
暗黒の時代を変えるため宰相にのし上がった父と、親友の国王は立派だとは思う。規律と武力を統括した手腕は見事だった。
だがそれだけ。
治安が良くなっても、幼い頃に張り付いた印象は拭えない。
パターンさえ分かれば、人の表情、声のトーン、言葉、魔力。それらだけで相手が何を考えているのかを推測することはできた。
人間は嘘ばかり口にする。信じられるのは、私情を挟まない損得勘定で動く人間。なまじ感情があるから、人は欲を求める。感情など忌むべきもので、情だとか心などで一銅貨にも得にならない。
十二歳になっても、相変わらず心は動かなかったが、人の仕草や癖、言動は全て相手を測ることで商談において支障はなかった。将来役に立つため、能力を磨く。
(今回のベネディックトゥス教皇との商談。俺ならたとえ失敗しても、大した損失にならないと思っているのだろう。父から与えられた護衛も余命いくばくかの亜人族だしな)
亜人の人狼族はもともと魔力量が少なく、狩猟民族だったので戦闘に特化している。しかし、彼らは言語力が低く、計算はもちろん知識も乏しい。特別な技術もなければ、魔法も使えない。ロザ・クラーロ共和国から魔導具を提供する代わりに売られた労働力、それが彼らだ。
いくら身体能力は人間の倍以上あっても、人間社会において彼らの居場所は労働か護衛の二択しかなかったし、それ以外を求める亜人族もほとんどいなかった。
(彼らは彼らで自分の生き方を決めた。俺のやりたいことは──)
生きるために技を磨き、経験を積み、期待通りの成果を献上する。それが宰相の息子として生まれてきた責務だと割り切っていた。その事で両親や兄はやたら俺の将来を心配していたが、余計なお世話だった。
別段やりたいことも、享楽に耽る感情もない。人形と何が違うのか、などと考える事もなかった。
「ベネディックトゥス=エル・フォーチュン教皇、本日はこのような場を設けて頂き、感謝の言葉もありません。父の名代として、ルーク=グレイ・イグレシアスが罷りこしました」
フードを取ると人影は四つ。教皇とは謁見したことがあるが、残りの三人は見覚えがない。特に場違いそうな少女と男が二人。
外套を羽織っている所を見ると、正式にこの場に招待された者たちではないのかもしれない。交渉に関わる者たちならば別に居ても居なくてもどちらも良いとさして関心もしなかったが、それでは話が進まないので口を開いた。
「……教皇、こちらの方々は?」と、別段誰でもいいと思いながら慣例的な言葉を紡ぐ。
「ああ、彼女たちは──」
「お初にお目見掛ります。私はエルドラド帝国公爵家の長女、アイシャ=キャベンディッシュと申します。《黎明の聖女》とも呼ばれております」
聖女。その肩書だけで、彼女が何故ここに居るのか察した。
「君が? ……となると目的は自分と同じく、教皇の亡命を手助けしにきたということか?」
「風向きが少し変わってね。今後のことも含め、交渉をしたいのだが構わないかな」
「……承知した」
自分と同世代であろう少女を見つめたが、何も響かなかった。
いつもと同じ。所詮、聖女といってもその他大勢と変わらない。
ただ……少し緊張をしているのか、体に力が入っている。
(……この少女、なんでこんな面倒なことに首を突っ込むんだ。何の益もないというのに、馬鹿なのか?)
皮肉も通じないのかもしれない、そう思うとルークは試しに分かりやすい言葉を投げかけた。
「貴女のような身分が高いだけの無知な方に、商談内容をどこまで理解できるかは不明だがな」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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