第52話 積み重ねた情報の価値
「まったく。ここに来るまでに君は、君のできる手を全て打って来たという訳か」
「その通りです」
私は胸を張って頷く。
いくら聖女であっても十二の少女が考え着くものではない。現に前回の私は危機感に気づくことなく、近しいローワン達を失った悲しみに暮れていた。一度失ってしまった現実を知るからこそ、強かで柔軟に策を巡らすことが出来た。
もっとも私自身、いざという時の機転は利くが、様々な思惑の絡んだ陰謀劇を組み立てられるような軍師タイプという訳ではない。基本的には正攻法で挑むのが、私のスタイルだ。
ルークのような参謀や軍師タイプから見れば、私の行動はさぞ異質で生産性が低くメリットがないように思うだろう。だが何事も損得勘定だけで、物事が決まるわけではない。
「ルーク殿は、この提案をどう考えているのだろうか」
「……悪くはない」
(やった……!)
ルークの言葉に私は心の中で喜ぶが、彼の表情が硬いことに違和感を覚えた。悔しそうにするわけでもなく、彼はただあるがままの事実を受け入れていく。そこに私情を挟まないことが、妙に胸をざわつかせた。
「……しかし、お嬢様。これほどの情報を他国である少年に、ペラペラと話してしまってよいのもなのですか?」
レオンハルトの問いかけに私は首肯する。むしろ聞いてもらわなければ困るだ。
「ええ。情報の共有は必須でしょう」
「これも想定の範囲内と言うわけか……」
彼は苦虫を嚙み潰したように呟いた。
気づいたようだ。私がここまで懇切丁寧に、帝国の内部事情を包み隠さず告げたのは、ルークを引き入れる為だ。ここで情報を売ることも出来るが、それは聖下の信頼を著しく裏切る行為となる。そうなれば医療ギルドを設立するという長期的な計画に、軋轢が出来てしまう。
結果的に将来を見越した場合、裏切りは大きな損失となって中立国リーベに襲い掛かる。もっともあくまで裏切った場合だ。味方になってくれるのなら、中立国リーベにはさらなる繁栄と富が降ってくるのだから。どちらを天秤に賭けるか、頭のいい商人ならすぐにわかるだろう。
何より情報を流しながら、聖下と組むというやり方も出来なくはないだろうが、リスクが高いしルークがそれをやるような人間には見えなかった。あくまで私の印象だが。
(もっともここまで誘導したのは、聖下なのよね。私も途中で気づいただけだし……。ここまで見通していたなら、すごいの一言の尽きるわ)
「最初から俺、いや中立国リーベを巻き込むつもりだったのか」
私はそこまでの策士じゃないです。と言いたかったが、ここは強気でそうだった風に振る舞うことにした。
「結果的にはそうかもしれませんが、どちらにしても貴方の国に助力を求めることにはなっていました。それは今か、少し後かの違いです」
「……!」
後一手で商談を望む結果で終わらせることが出来る。そう思っていたのだが──。
「ルーク殿。少し気分転換も兼ねてチェスなどどうです? 対戦相手は……そうだな。アイシャとか」
「え?」
「ベネディックトゥス教皇? ……何を考えている?」
唐突の提案にルークは、僅かに眉を吊り上げた。対して聖下はニコニコと微笑む。
「君はアイシャの出した提案が、自分たちに都合が良すぎることに戸惑っているのだろう。君が裏切らない限り、中立国リーベに有利な条件だからね」
(しまった……。好条件過ぎたのが、こんな裏目に出るなんて!)
私は笑みを崩さずに口元を吊り上げる。背中は滝の汗が流れているが、とにもかくにも全力でこの状況を切り抜けようと思考を巡らせた。
「まあ、だからこそ罠ではないかと怪しんでいる、違うかな?」
「ええ。ここまでの事を提案する彼女のメリットが少ない。……単なるお人好しの愚者ならわかりますが」
(お人好しで悪かったですね! でもこのぐらいしないと魔物が大量発生した時のしわ寄せが私に来たんですよ! ……というか最終的にそのお人好しを処刑台に送ったのは、貴方でしたものね!)
私は叫びそうになる気持ちを抑え込み、ルークから視線を逸らした。膨れ上がる怒りを飲み込む。
「愚者かどうか、チェスでお確かめください」
挑むように私は軽く頭を下げた。これならば私の顔を見られる心配もないだろう。
「わかった。ただし一度だけだ」
「ありがとうございます」




