第51話 交渉材料による反撃
虚数空間ポケットから出した資料は、上質な羊皮紙だ。それをテーブルの上に広げていく。これは教皇聖下救出して、中立国リーベに身を隠したあと、その国の有力者に提示する予定のものだ。
そもそもこの世界において怪我や病気は、帝国のような女神信仰系、または加護の治癒魔法か、錬金術による回復薬と万能薬、または治癒魔導具に頼り切りと言うのが現状である。
帝国では殆どが女神信仰を信奉している教会で治療を賄っている。しかし他国では治癒魔法はあまり発展しておらず、また錬金術師も効くかどうか不明な詐欺まがいなものが多い。
ドラーク竜王国では竜の恩恵と加護により、その土地に住む者のみ傷や病気などは癒す。
中立国リーベでは、治癒効果のある魔導具の開発と確立。
各国で戦争もなく、魔物があまり出ていない現状では何とかなっているが、この数年後に魔物が大量に発生する場合、治療者が圧倒的になりたくなる。それを防ぐためにも、聖下という御柱は無くてはならない。
「拝見しよう」
「その提案書にも書いていますが、五年または六年以内に大陸全土に医療ギルドの設立展開。医療ギルドでは治療魔法に特化した育成所、また回復薬と万能薬の生産場所とするのも考えています。今回の交渉に応じて頂けるのなら、その二つの生成方法を中立国にお教えします」
「アイシャ、君は……」
「これが私のやり方です」
ルークだけではなく、中立国リーベの人間は殆どが根っからの商売人だ。それゆえに彼らが一番求めるのは信頼度の高い情報であり、常に頭の中で冷静に最適解を導き出す。だからこそアイシャは彼が無視できない情報を開示した。
(本当は中立国リーベで商談をする時に用意していたのだけれど、宰相の息子である彼なら十分に商談は可能。後は彼がどう出るか……。ルーク自身どんな性格なのか、前回を思い返してもよく分からなかった。今も……不安要素はあるけれど、商人として美味しい話なはず……!)
書類に目を通すルークの顔は変わらず、代わりに聖下が驚愕の声をあげる。
「素晴らしい! これだけの交渉材料をよく用意できたね。時間もあんまりなかっただろうに」
「そういって頂けると頑張った甲斐があります」
ナナシの調査と、レオンハルトが中立国リーベで仕入れた情報のおかげだ。提案書の作成にはロロにもたくさん手伝ってもらった。そして中立国リーベ滞在中に護衛をと推薦したのは、ある冒険者の名前だ。
「護衛にローワンたち、元幻狼騎士団を雇うという発想もいい」
「はい。やはり護衛となると、それなりの腕が必要でしょうから冒険者ギルドに登録しているローワンを推挙しました」
「彼ら騎士団なら安心できる。しかし教会の問題は僕の魔法を使わずに、どうする気だい?」
もっともな質問だろう。元々、教皇聖下の救出後に計画を進める予定だったのだ。しかしその前に、主犯が誰なのかを告げる。
「教皇聖下、皇帝陛下暗殺を目論んだ主犯ですが、教会上層部以外に関わっているのは、皇帝側ではヴィンセント=シグルズ・ガルシア皇太子殿下、貴族からはキャベンディッシュ家です」
「皇太子殿下は十三歳という年齢で、一個師団の隊長を務めている。階級は少尉だったかな?」
「はい」
ヴィンセントという名に、聖下は眉をひそめた。
私の婚約者だと知っているからだろう。聖下の気持ちは有難かったが、私は淡々と事実を語った。
「立場も皇太子から次期皇帝となれば、傀儡となって操りやすい。彼を餌として芋づる式に炙り出す計画を皇帝陛下と進めています」
「君の──婚約者であり、従兄妹だ。他に選択はなかったのかい?」
「ありません。しかし予知夢で見た未来よりは、マシな形に出来るようにしたいと思っています」
前回、ヴィンセント皇子は最終的に処刑台送りにされた。少なくともケニス大司教、いやその時は枢機卿だったか。彼とキャベンディッシュ公爵、義妹リリー、そしてヴィンセント皇子は繋がっている。前回の体験で、何度も煮え湯を飲まされ続けた。
最期にはリリーの行いは全て私がやったことにされ、彼女は国外逃亡。リリー、キャベンディッシュ家、枢機卿たち、ヴィンセントを許す気はまったくない。
命まで取ろうとは思っていないが、報いは受けてもらう。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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