第50話 治癒魔法と勝負所
歯を食いしばり、怒りを押し殺す。感情的になってはダメだと、私は自分を律する。すぐさま人狼の傍に歩み寄った。斬られてから数秒立っているが、人狼族の能力、自然回復が始まっている。私は体の自然回復に合わせて、治療を施す。
「癒し」
「グッ……」
淡い蛍光に似た煌めきが人狼の体を包み込んでいく。それはゆっくりとだが傷口を癒した。本来ならここで治療は完了となるのだが、私はすかさず人体鑑定を行う。
通常の鑑定とは異なり、身体の異常状態を見るためのものだ。これは千年塔に来る前、ナナシとレオンハルトの旅で身につけた能力の一つだ。
(この体、斬られた以外にも病がある。腹部に黒い塊があるのも取り除かないと……ここで助かっても徐々に体を蝕んでいくわ。だから、使い捨てのように斬ったの!?)
護衛が倒れても顔色一つ変えない少年。
その瞳に映っているのは、どこまでも空っぽで冷たい。
(私の価値を知りたいというなら、臨むところです。聖女の力、見せてあげるわ!)
傷の完治が終わると、すかさず一部だけを重点的に治癒魔法をかけた。
「回復」
治癒とは異なる特殊回復魔法。淡い緑色の光が人狼の体内を癒やす。数分ほどだが集中していた為、私の感覚的には倍の時間が経過しているようだった。それから隣で心配そうにしている人狼の足も、治癒魔法をかける。足の骨に大きなひびが入っているのを復元。以前よりも骨が丈夫になるように強化の付与魔法をつけておく。
終わるとどっと疲れたが出たのか、汗が頬から流れていた。
「ふう」
「仲間ナオッタ?」
「ええ、もう大丈夫よ」
フードを被ったままの人狼は、私の横に座りながら仲間が無事だと知り安堵する。人狼の表情は分かり辛いが、それでもルークよりはわかりやすいだろう。
「傷の治療でこの程度とは、自国にいる治癒魔法師の方がまだマシ──」
「誰が彼の怪我だけ治すといいました?」
「なに?」
私はルークへ振り返ると、施した治癒魔法を説明する。
「私が治したのは傷だけではなくて、彼の腹部に見られる《黒ノ病》です。この方、ええっとお名前は?」
「グル、だ。もう一人はハク」
意外にも彼は護衛者の名前を覚えていた。それに驚いていたのは、もう一人の人狼だった。
「グルさんは、もう余命は長くなかったんじゃないですか? この病は人狼族特有の病で、主に満月を浴び続けて暴走化を繰り返すことによって発症します。同族はもちろん多種族への感染はありません。体を酷使しなければ、ここまで悪化もしなかったでしょう」
「…………」
「ソウ、寿命。長くない」とハクは、悔しそうに涙ぐんでいた。
「治しましたから、もう大丈夫ですよ」
「本当カ? アノ不治ノ病ヲ!?」
「はい。それとハクさんは足があまりよくないので、先ほどの魔法で治しておきました」
「ウソ!? ……ア、足痛クナイ。トッテモ軽イ」
人狼のハクはするりと立ち上がり、ぴょんぴょんと軽く飛んだ。足の違和感もなく、着地もしっかりしている。うん、成功したようだ。
これで少しは、ルークの見る目が変わるといいのだけれど。
「治ッタ! 貴方ハ女神サマダ!」
「いえ、違います」と私は即答したが、ハクは目を潤ませて尊敬の念を向けてくる。うん、聞いてないわね。
「姫さんは天使だからな。いっそ女神に昇格しても何ら可笑しくないだろう」
「そうですね、お嬢様でしたらそのぐらい当然かと」
「ナナシ、レオン──っ、も茶化さないで!」
パチパチと聖下は拍手を私に贈ってくれた。魔法の評価に厳しい聖下が、だ。
「うん、以前よりも治癒魔法の精度を上げたようだね」
「そういって頂けると嬉しいです」と私は頬を掻いた。魔法の師でもある聖下に言われると照れくさい。だが安心するのは早い。認めてもらわないといけない人物が一人残っているのだ。
「ルーク様、これでいかがでしょうか?」
にっこりとほほ笑むのを忘れずに。
何故か背後に居るナナシとレオンハルトが「うちの子すごいだろう」と、自慢気な雰囲気を漂わせている。二人は私の保護者なのだろうか。ちょっと親バカみたいで恥ずかしい。
「いいだろう。では商談の続きを──」
「いえ。私は中立国リーベに亡命はいたしません。ここは最初に話を戻して教皇聖下が行くべきかと存じます。もっとも亡命ではなく極秘裏の視察、という形にしてもらいたいのですが」
反撃開始。そう言わんばかりに私は商談内容の危うさを指摘する。
「先に聖下の計画の杜撰さと、失敗の指摘からさせて頂きます。《戒めの制裁》の魔法が発動しても、次の教皇が台頭することによって解除されるでしょう。一時的な投獄は出来ますが、その程度です。それでは聖下の命を懸けるには安すぎる。犬死は確定だというのに、運命を理由に命を差し出す必要はないかと具申します」
「…………」
聖下は何か言いたげだったが、反論するだけの材料はないようだ。なにより聖下の提案した内容が苦肉の策だというのは、彼自身理解している。なにせ前回その方法を用いたとしても、教会は変わらなかったのだ。私を追い込んだケニス枢機卿も生きていたのだから。
枢機卿たちは頭の回転が速く、慎重深く狡猾だ。だからこそ、一か八かの策は取ってはならない。やるならば、こちらが勝てるという確証を得るまでは勝負を挑むべきではない。
あくまでも今のところは、だ。
「アイシャ、君は……」
「ええ。ですので、聖下には生きて頂く必要があります。命を懸けるにしても、もっと大舞台で出なければ困りますし、亡命ではなく極秘の視察にするのは「いずれ戻る」という選択肢を増やすことが出来るからです。それと聖下」
聖下は挑発的に「なんだい?」と、実に楽しそうに微笑んだ。
うん、やっぱりこの人は狡い。出来の悪い生徒が必死に最適解を導き出すのを全力で、いや命がけで楽しんでいる。
私は聖下の期待に応えようと、用意してきたとっておきを虚数空間ポケットから取り出す。
「聖下には視察ついでに、中立国リーベで医療ギルドを設立してきてください。詳しい資料はこちらです」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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