第44話 捻じ曲げられた聖女の役割
考えが声に出てしまったのか、目ざとく教皇とナナシが食らいつく。その形相に私は気圧されてしまい、言葉が上手く出てこない。
二人とも笑みが消えて怖いぐらいまっすぐに私を見返す。
「あ、えっと……、きゃ!」
急に持ち上げられ、私は思わず声が漏れた。レオンハルトは教皇とナナシから私を守るように、一瞬で抱きかかえ、部屋の奥へと移動したのだ。私にはあまりにもあっという間だったので、何が起こったのか理解するのに数秒かかった。
「すみません。お嬢様はお疲れのようなので、ソファに座らせていただきますね。あと、できれば何か温かな飲み物を頂けるとありがたいのですが」
私にはそのように聞こえたが、レオンハルトの纏っている雰囲気からして「なに大人がお嬢様を責めているんだ? 客ならまず茶を出せ」と言っているようなものだ。
しかしレオンハルトの言葉によって、大人げないことをしていたと、教皇とナナシは気づいたようだ。聖下はソファに座ることを快諾し、「お茶は私が用意しよう」とその場を離れた。
ナナシも自分の行動に猛省している。それぞれの反応を見ながら私は思考を巡らせる。
(聖下は前任者と知り合いなのは分かるけれど、ナナシも知り合い……? あ、もしかして前任者はナナシの奥さんだったんじゃ? それで奥さんと娘さんも一緒に巻き込まれて殺されたとしたら……。あれ? でも聖女は未婚だけだと大司教が言っていたような)
奥さんかどうかは不明だとしても、事故死だと思っていた大切な人、知り合いが殺されていたと知ったなら、ナナシの反応は当然だったのかもしれない。
勝手に解釈をしている間に、レオンハルトは私の体をゆっくりソファに下ろしてくれた。今日は珍しく抱き着いたままじゃないのが有難かった。執事になってからは、過度な接触がないのは良いことだ。
「ありがとう、レオンハルト」
彼は片膝を折って私に傅いた後、ホッとしたように微笑んだ。なんだかんだ彼は空気を読む。自分の感情には忠実だが、気遣いが出来ないという訳ではない。
「いえいえ、私がしたいと思っただけです。……何か褒美を頂けるのなら、ぜひ添い寝を」
「却下です」
一瞬でも感心した、この気持ちを今すぐ消去したい。
「酷いですね。もう少し熟考なさってもよいのに」
「…………じゃあ、これで」
レオンハルトの褒美として望んだものではないだろうけれど、感謝の気持ちとして頭を撫でた。この行為に至った理由は割とシンプルで、幼い頃母親に「よくできました」と言われたことを思い出したからだ。
「これはこれで、なかなかくすぐったいものですね」
「そう?」
淡いオレンジ色の髪は艶やかで、さらさらだった。なんだか大きな犬を撫でているような感じがしたが、彼の熱い視線に私は途中から急に恥ずかしくなり、終わりと言わんばかりに手を離した。レオンハルトは少しだけ名残惜しそうに見つめていたが、そろそろと立ち上がってソファの後ろについた。
(な、なんだか、レオンハルトが落ち込んだ大きな犬に見える……。今更だけれど変な性癖に目覚めないでくれればいいのだけれど)
「アイシャ。先ほどは取り乱して悪かったね」
「あ、いえ! 私の方こそ……!」
立ち上がろうとしたが、聖下はそれを制止するようにテーブルにティーカップを置いた。カップから柑橘系の香りが漂う。狐色の紅茶は一口飲んだだけで温かかった。
(あれ? そういえば聖下にお付きの人がいないような? 扉の前の衛兵といい、もしかして事前に私が来る事を考えていた?)
お茶を飲んで落ち着いた頃合いを見計らって、私は前回の記憶で見聞きしたことを《予知夢》という形で説明することにした。
教皇聖下の死後、私の直接の担当に付いたのは当時大司教だったケニスという男だった。彼は聖女としての活躍の場を奪い、様々な理由をこじつけて私を謹慎扱いにした。だから私が聖女として魔物討伐に赴いたのは十二歳まで。
そして聖女は結婚当時に聖印を次の世代に引き継がせると言い出し、義妹リリーにその聖印を継承すると宣言された。すべてが決定されたのち、結果だけを私に告げる。
継承の儀式は拷問に近かった。それは生きたまま皮膚を剥がされたのだ。
激痛と拒絶。
麻酔もなく千切れていく感覚に、滲み出る血がより魂が切り裂かれる。
聖印を失ったのち、それが罠だと知ったのは全てを奪われた後だった。私は痛みで動けず、教会の施設で眠っていた時、全ては仕組まれたことで「前任者は儀式を拒んだから殺された」と、ぺらぺら自慢げに話していた事を聞いのだ。
私はそれをありのままに語った。
「前任者も私も「聖女」という役割を、勝手に捻じ曲げられつつあります」
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