第43話 浮き彫りとなる先代の聖女
「君は僕の大事な教え子だからね。それに僕が本来すべきことを君と、君の前任者に押し付けて途中退場をしてしまったんだ。これぐらいのペナルティは甘んじて受けないとね」
「じゃあ、魔物が大群で押し寄せる未来を危惧して……とかじゃ?」
「ぷっぷぷっ……あははは!」
聖下はお腹を抱えて笑い出した。
「違う、違う。まあ、確かに僕は教皇で、世界を愛しているけれど、そんな理由で自分の命を削ろうとは思わないよ」
「え? そ、そうのですか?」
これも死に戻りの効果なのか。それとも単に教皇聖下のことを知らなかっただけなのか、前回の──私の記憶にある聖下とはやはり違う。何度かチェス勝負や、魔法修行に付き合って貰ったことがあるのだが、前回の面影がない。
外見が全く違うのからかもしれないが。
正式な師弟関係ではないにしても、目にかけて貰っていた方だ。常に品行方正。世界を愛し、弱きものに救いの手を差し伸べる「教皇の中の教皇」という印象が音を立てて崩れていく。
この清々しいほど自分本位な感じがするのに、それを見せないあざとさと爽やかな笑顔は、誰でしょう。私の知っている聖下ではないです。
ええ、違いますとも。
「僕は僕のお気に入りが傷つくことを許さないだけ。それに悲しい終わりなんてもってのほかだよ。世界のチェス盤をひっくり返してでも、そんな未来にはさせない。つまらないからね」
無茶苦茶な理論だが、それが聖下の考えなのだろう。そう受け入れようとして、ふと気づく。
「聖下に聞きたいことがあるのですが……」
「ああ、すまない。それは時が戻った後で聞こうかな。そろそろ時間を止めておくのも限界みたいだね。……アイシャ、この魔法の事は僕と君の秘密だよ」
「は、はい。わかりました」
止まっていた時間は、ゆるりと動き出す。
白黒の世界は消え、世界に色が戻った。
レオンハルトとナナシはそれぞれ妙な感覚に、眉を顰めている。どうやら時を止めている間のことは私と教皇聖下だけしか覚えていないようだ。
「あの聖下。会ったら聞こうと思ったのですが……」
「ん? 何かな?」
「私の前任者とも旧知の間柄なのですか?」
聖下の表情に僅かな陰りがあったが、すぐに嘘くさい笑みを浮かべて答えてくれた。
「……そうか。聖女の前任者は最後まで、君に何も言わず一人で抱えて逝ったんだね」
(それは……つまり、私の身近にいる人だってこと? 聖印の証は七歳の頃だけれど、その頃に亡くなった人はいない。母様は一年前だから辻褄は合わないわ。それとも私に記憶がないだけでどこかで会っている?)
よくよく考えれば私は前任者を知らなかったら。それどころか前任者は聖女として一切表舞台に出ていないのだ。魔物討伐もなければ、教会の儀式はもちろん式典にも顔を見せなかったので《静謐の聖女》と呼ばれていた。実績も記録にほとんどない。
「あの、私の前任者とは、どのような方だったのですか?」
「僕が知る中で最も美しく儚い聖女だったよ。彼女はね、ただそこにいるだけで帝国全体に結界を張って魔物の侵入を防いだんだ」
「すごい! それは魔力量、その制御も含めて普通出来ないです。素晴らしい力を持っているのに、どうして前任者の記録が少ないのですか?」
聖女の物語や伝承というのは教会図書館に多くあるのだが、前任者の《静謐の聖女》の記録だけはやけに少ない。その上、身分も貴族であったり、庶民だったりとハッキリないのだ。百年前の記録ならば、納得も出来るが数年前なのに記録がないというのは、どうにも引っかかっていた。
「彼女の能力を公表しなかったからだよ。公表してしまえば、その稀有な能力のせいで他国に誘拐されてしまう可能性がある。だから彼女は生涯その聖印を他人に見せたりはしなかった。必要以上に外の世界に触れる事もなく、この国の中に閉じ込めた。もちろん、これらを知っているのはほんの一部の人間だけだ」
私は前回の記憶で、義妹リリーが言っていた言葉を思い出す。私の聖印を受け継いだのはリリーだ。だが彼女の場合、私のような継承ではなく、強奪に近い行いをしたのだ。彼女の幼稚な願いのせいで。
「……だから《静謐の聖女》がすごい方だと知らずに、聖印を強引に奪って殺した……ということですか。それとも彼らはそれを知っていて……」
「奪った!? どういうことですアイシャ!」
「殺した!? どういうことだ、姫さん!」
(え!? 聖下だけじゃなくて、ナナシまで!?)
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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