第42話 死に戻り
「ベネディックトゥス=エル・フォーチュン、現教皇で間違いないよ。最もアイシャの言う通り僕の実年齢は、まあ……八十後半ですが──なんというかぶっちゃけると、若返った感じかな」
本物だと証明するために、青年は左の手の甲を掲げた。
刹那、そこには教皇聖下の聖印が浮かび上がる。私の聖女とはまた違った剣と王冠の紋章は、淡い紫と白に彩られ、星屑のように周囲を照らす。
「教皇の聖印……。じゃあ、本当にベネディックトゥス教皇聖下なのですね!」
「その通りだよ。聖女アイシャ」
聖下との再会に、感動した私は抱き着こうと歩み寄ったのだが──。羽織っていた外套を掴む者がいた。言わずもがな振り返ればレオンハルトと、なぜかナナシまで。ナナシはそういうことする人じゃないと思っていたのだけれど!
「ええっと……。聖下に挨拶したいのですが……」
「失礼に当たるから手を離せ」という視線を二人に向けるのだが、まったく怯む様子がない。私が動けないことに気づき、聖下から歩み寄った。
ごくごく自然に彼は片膝を着き、私の左手を取って手の甲に唇を落とす。
「本当に、よく来てくれた。君と話をする機会をずっと待っていたのだから」
「私も聖下に再びお会いできて嬉しいです」
予想外の姿に私は驚くものの、中身の変わらない聖下の接し方に喜んだ。
カチカチ……。
カチカチカチカチ……。
ふと機械音が耳に入る。それまでは気にも留めていなかったが、時計の針の音が妙に耳についた。
私は視線を教皇聖下から周囲の壁へと視線を向ける。だが肝心の時計は見つからない。私の視線に気づいたのか、聖下はくすりと小さく微笑んだ。
「その音は僕と君にしか聞こえないよ」
「え?」
聖下の視線がぶつかった瞬間、周囲から音が消えた。次いで世界が白と黒へと早変わりし、私と聖下以外の全ての時が凍り付く。
全てが制止した世界。
動いているのは、私と聖下だけだ。
(夢で見た魔神王の使っていたものと似ている?)
この空間を包み込んでいる膨大な魔力。しかしそれらは邪悪なものではない。むしろ清々しいほど清らかな魔力だ。
(なら、これは──)
時間魔法。
それは魔法の中でもっとも稀有であり、最上位魔法の一つとされている。エルドラド帝国の中でも、この能力を発現させたの者は歴代の教皇でも数人だ。
「……時間魔法ですか?」
「そう。僕が作り出した特殊時間魔法死戻り。特定の人物が死んだ瞬間に一度だけ巻き戻しが出来る特殊な魔法といえばピンとくるかな」
「!?」
息を飲んだ。それこそまさに私がずっと考えていた疑問だった。なぜ死んだはずの自分だけ記憶を持ったまま時間が戻っていたのか。
何のために?
誰が?
女神ブリガンティアの力なのか。様々な憶測ばかりだったが、今目の前にその答えを持つ者が佇んでいた。私の緊張が伝わったのか、聖下は少しばかり困った顔で微笑んだ。
「前回の僕は君を守れなかった。なにせ僕が毒殺されるなんて思ってもみなかったからね」
「聖下……」
「これでも運だけは滅茶苦茶良いから、自然と暗殺や妨害なんかは受けなかったのだけれど……。その慢心が前回の結果を招いたといっていいだろう」
そっと私の頬に触れる彼の手は、しわくちゃの枯れ木のようなものではなく、貴人のように白くて瑞々しい。聖下は今にも泣きそうな顔で私に懺悔する。
「前回は僕直轄の騎士団の死を引き金に、アイシャが破滅に向かうであろうことだけは分かっていた。それなのに、僕は君に会うことすら許可が下りなかった。だから君が誰かに殺された瞬間、死戻りが発動するようにしていたんだ」
「私が……死んだ瞬間?」
「そう。死という確定された世界を巻き戻す、死に戻り。本当は君の母親が死ぬ前まで戻して上げられれば良かったのだけれど、僕が毒殺されるのが思いのほか早かったせいで魔力が十分じゃなかった」
「なら死に戻りの魔法は、いつかあの未来に繋がってしまうのですか?」
「いや、そうじゃない。巻き戻せた時間が代わっただけさ。でもまあ、君が全てを失う前の時代に戻せたのは僥倖と言える」
(そんなことが……)
「それとこの魔法は死に戻る前の記憶は失われる筈なのだが……。なぜだか君は前回の記憶をもったまま戻ってしまった。すまない」
聖下の謝罪に、私は違和感を覚えた。時を戻す魔法を使って問題はないのだろうか。パンクしそうな情報量だったけれど、それ以上に疑問が膨らんでいく。
「時魔法を使ったのなら、その対価はどうなさったのです!? いかに聖下の魔力が膨大だとしても、時間を巻き戻すなんて……禁術に近いのではないですか!?」
「そうだね。体の成長が止まったことと、その分の寿命がごっそり削られたことかな。ああ、でも僕はハーフエルフの血も引いているから、寿命はずっと長いから心配いらないよ」
「どうして──」
声が出なかった。「どうして、そこまでしてくれるのか」と、聞きたかったのに、口は開くだけだ。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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