第40話 聖下救出作戦開始
ラグナグ都市。
ルツェ山脈を背にした水の都は、ラピス川に沿って作られた観光都市であり特殊なラピス鉱石が取れる土地でもある。修道院も多く、ラグナグ都市から離れた森の中に堅牢な千年塔が聳え立つ。しかし実際に塔を近くで見た者は城砦と思ってしまうだろう。
私たちはラグナグ都市に入らず、鬱蒼とした森の中を進んでいる。事前に周辺の地理はもちろん、建物内の見取り図も調達、潜入経路から逃走経路まで完璧。そしてそれを準備したのは私ではなく、ナナシだった。
そして決行は祭り当日ではなく、三日前だ。
ちょうどラグナグ都市では祭りに向けて、旅芸人や業者に旅人がなだれ込んでくる。それに紛れて私たちは千年塔を目指す。
「おー、見えてきた、見えてきた」
赤紫の長い髪を揺らしたナナシが楽しそうに塔を見上げていた。さすがに黒髪は目立つので、髪の色だけ赤紫に変わっている。もっとも長身なのでそれでも目立っているが。
服装も極東の和装から丈長の黒のチュニックを着こなし、緋色の布帯には太刀を佩刀している。貫禄も相まってベテランの商人に見えなくも──ない。
私は町娘のような薄紫色のワンピースと革靴の上に、黒の外套とフードを深々と被っている。武器になりそうなものは持っていないが、いざとなった時の転移用の魔導具などは用意していた。
レオンハルトの服装は白シャツで、黒のピシッとしたパンツに、ひざ下まであるロングブーツ、黒のコートは襟が大きく前が短めのものだ。髪は三つ編みにまとめており──当然の如く目立つので、さらに黒の外套とフードを深々と被らせた。レオンハルトの場合は好きな時に武器が出現可能なので、かなり身軽だ。
旅の設定としてはナナシが商人で、私とレオンハルトが護衛者という役回りだ。ラグナグ都市で新しい商売をするということで、ラグナグ都市近くまでは馬車で移動していた。都市の近くからは身軽な格好で険しい森を移動する。
「お嬢様。なぜ、あの男を連れてきたのですか」
「ナナシ? あー、えっと……」
予知夢と、預言書にあった出来事を考えて戦力強化が必要だった。なにせ私はまったく戦えないから。体力は同世代の子や令嬢よりはあるけれど、それでも多少マシというレベルだ。後方支援ならともかく前線や近接戦闘は役に立たない。
教皇聖下の救出において戦闘になった場合、少なくとも聖下を担いで逃げるための人員が必要となる。ロロも候補に入っていたが、彼女には彼女で公爵令嬢として私の代わりに方々に根回しや連絡を頼んでいる。
「戦闘になった時、私とレオンハルトだけだと火力不足でしょう。ほら私は後方支援ぐらいしかできないから、お荷物だし。レオンハルトが私を抱えて戦うとなると、十二分に戦えないかなと考えたのよ」
「その時は、周囲の人間全てを掃討してしまっては?」
「ダメ。それは本当に最後の手段だから」
「ぐ……っ。わかりました。胸に止めておきましょう」
黒い森と呼ばれるこの周辺は、トウヒの木という黒く見える木々によって昼間でも薄暗く冥府に迷い込んだかと錯覚しそうになる。
そのためラグナグ都市に向かう場合は、整備された道路を使う者が殆どで、それ以外のならず者はこの森を通る道を選ぶ。そして大半の者が魔物の餌となる。
私たちが魔物に襲われないのは、魔物避けの魔法をかけているからだ。ここで無駄に体力を削る訳にはいかない。
(レオンハルトは魔人族だから体力がでたらめなのは、わかるけど……。ナナシも負けず取らずタフだわ。息切れ一つしてないもの)
二人とも歩行速度が速い上に、獣道に慣れている。舗装されていない道は歩くだけで体力が削られていく。私だって幻狼騎士団と共に旅をしてきたから体力はある方だが、それでもさすがに息が上がって来た。
「姫さん、急ぐんだろう。拙者が背負って運んでやろうか?」
「だ、大丈夫よ」
私は思わず感情的に言葉を返す。ナナシは私の強がりなどお見通しのようで不敵な笑みを浮かべた。
「遠慮するなって。拙者や、そこの従者の役目は、姫さんを無事に塔の最上階まで送り届けること。そして撤退完了まで確実に姫さんを守ることだ」
「それは、そうだけれど……」
「だが教皇との交渉は姫さんにしか出来ないだろう。適材適所。役割分担も大事なことだし、姫さんが全部をこなす必要もない」
ローワンとは違う、諭すような言葉はアイシャの胸に心地よく伝わって来た。心配されていることが嬉しくて、けれど甘やかしているのとは違う。
彼は私に手を差し伸べる。
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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