第33話 雇い主として
急に話に割り込んできたナナシに、私は幻狼騎士団の活躍を話した。教会の中でも屈指の実力を誇っていたのが幻狼騎士団だ。
彼らは教皇聖下が直々に集めた者たちで、出身は庶民から貴族と身分差など関係なく、純粋な実力で編成されている。結成当初は荒くれ騎士団と呼ばれていたそうだが、その悪評を軽く凌駕して、事実上騎士団トップの実績を積み上げてきた。
「ローワンは信用できます。私に戦いの基礎を教えてくれた方で、私にとっては養父のような方ですわ」
「なるほど」
ナナシは顎を撫でながら、納得したようだ。護衛者として、私の身辺を気遣ってくれているのだろう。有難い。
「お嬢様。今日ここを出るのであれば、執事よりは護衛として傍に居たほうが自然でしょうか」
レオンハルトの言葉に、私は唸り声を上げる。
「んー。今のところは執事として、近くにいた方が自然ね。公爵令嬢としてロロしか使用人がいないとなれば、彼女の負担が大きくなってしまうし……」
「いえ、彼女はむしろ喜ぶのでは?」
「だな」
なぜかナナシとレオンハルトは、所々で意見が合うようだ。私はその意見に釈然としなかったが。
「そ、そうかしら? まあ、この屋敷を出ても私が皇族である事に変わりはないもの。執事は必要になるわ。護衛役はナナシが買って出てくれたのだもの、レオンハルトは執事のままでお願い」
「そういうことなら、かしこまりました」
レオンハルトの口元が緩んだ。戦闘に関しては好戦的だったので、この提案を受け入れてくれたことに安堵する。
(なによりレオンハルトは魔人族なのだから、戦闘場面は気をつけないと。まあ執事が魔人族だなんて思わないでしょうけど)
「それでお嬢様、他に質問はございませんか?」
思考を巡らせることに集中していたせいか、レオンハルトが近づいたことに全く気付かなかった。顔を覗かれるものの、不意に抱きしめられることはない。
今の彼はやけに紳士的だった。それが妙に気になった。
(伴侶とか、添い寝とかいろいろ言っていたけれど、あれはどこまで本気なのかしら? 好かれているというのは感じられるけれど、今の私には恋愛を楽しもうなんて心の余裕はないし……。なにせ自分の命掛かってますから!)
なにより真剣に好意を向けられたのは初めてだった。家族、友人としてではなく、もっと違った意味合いでの言葉と想いだったのは、私がそう望んだから都合のいい解釈なのかもしれない。そう思うと少しだけ胸が痛んだ。それに彼の想いに対して、私に返せるものもない。
「……ねえ、レオンハルト。ナナシには傭兵として雇うに当たって、労働に見合った分の金銭を渡すつもりなの。でも貴方には正直、何を支払えばいいのか分からないわ」
ナナシとの傭兵として仕事を引き受けてもらう際に、金額の提示をした。彼もレオンハルトと同じように、私が気に入ったといって最初金銭は受け取らないと断られた。それから一悶着あって最終的に、渋々というか妥協案として衣食住の提供ということで承諾してもらった。もっともただ働きに近いのに、ナナシは「子どもから金をもらおうなんて思っていない」と一蹴されたというのが正しいが。
とにもかくにもレオンハルトも執事として働く以上、労働に対して対価を払いたい。
「では毎日、私の名を呼んでいただけますか?」
「構わないけれど……。対価としては足りないわ」
「そうですね。では熱い抱擁は──」
「却下だな」
「それは却下」
私とナナシの声が見事に被った。
「残念。では妥協案として、こちらにサインを頂けますでしょうか?」
「それぐらいなら、いいけ──」
レオンハルトが懐から差し出した羊皮紙には、婚儀の契約と書かれていた。しかもレオンハルトの名前がすでに書かれているではないか。
私が破り捨てる前にナナシが手に取って速攻で破り捨てていた。
「残念だったな、執事殿」
「いえ。まだいくつも予備がありますので、ご心配には及びません」
(いくつも!?)
「お嬢様、心配しなくとも求婚のことは反故にはしませんよ」
「その心配してないのですが……」
むしろ貴方への労働に対する報酬で困っている、と告げても聞いていない。
「お嬢様はキャベンディッシュ家をどうするおつもりなのですか? 家を出ると仰いましたが……」
「……!」
その問いかけにナナシも肩眉が僅かに吊り上がった。レオンハルトもナナシもおそらく昨日の私と継母とのやり取りを聞いていたのだろう。それに今回の騎士団と魔人族をぶつける話も、キャベンディッシュ家が何らかの関わりがあるのは事実だ。そう考えればレオンハルトが復讐したい気持ちは、なんとなくわかる。
「もちろん。どのような形であれ国家転覆に加担しているのだから、キャベンディッシュ家を潰すわ。廃嫡はもちろん、地位と財は没収」
「命は?」
「状況によっては考えている。覚悟もしているわ」
「さようですか」
レオンハルトはにっこりと微笑んでいるが、その笑みはどこか作り物っぽかった。
(討伐の時と雰囲気がやっぱり変わった……?)
「ローワンからも本気で貴女と釣り合うつもりなら、男をあげろと言われましたからね。貴女が十八になった時に、改めて貴女に告白をします」
「な、な、な────ッ!」
かたかたとティーカップを手にしていた手が震えて止まらない。レオンハルトは両手で私の指先とティーカップに触れた。
手の平のぬくもりに、私は心臓がうるさく早鐘を打つ。
「レオンハルト、私の話を聞いていましたか!?」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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