第32話 小さな変化と大きな戦力
ナナシの話が落ち着くと、私はレオンハルトにここにいる理由を尋ねた。
驚くことに正式な手続きを踏んでおり、アイシャ=キャベンディッシュの傍付きの従者としての推薦状も本物だった。身元は辺境伯の養子となっており、偽造などではなかった。名前もレオンハルトではなく、レオン=アクロイドと名前まで改名している。
遊牧と狩人の民であるレオンハルトが貴族社会のモラルや常識はもちろん、従者として立ち振る舞いが出来るか心底不安だったのだが、それも杞憂だった。
お茶の入れ方、給仕はもちろん、貴族としての知識やマナー、言葉遣いに姿勢、そして流行まで完璧だ。どこかの皇太子に爪の垢を煎じて飲ませたい。
「本当に完璧だわ……。この短期間に仕上げてくるなんて……本当にすごい。それと同時に凹むわ」
「何故ですか?」
「だって、私は所作を覚えるまでに、すごく時間が掛かったんですよ」
「私はふ……」
(ふ?)
「お嬢様と一緒に居たいと思いまして、頑張ったのですよ」
(本当にあのレオンハルトなのかしら? なんというか人格まで変わったというか、丸くなったような?)
ナナシとの話が一段落したのち「お茶でもいれましょう」とレオンハルトが提案をしてくれたのだ。庭園の東屋に屋敷の者が近寄る事もなく、ナナシ、レオンハルト、私の三人だ。ナナシはさっそく護衛として私の近くに立ってくれている。極東の服装だと何かと目立つので、ロロが用意してくれていた白のチュニック、黒のズボン、そして藍色の外套を羽織ってもらっている。髪は後ろに一つでまとめていて、髭を剃ればなかなか様になるだろう。
「このガトーショコラ。しっとりして、でもしつこくない。紅茶のセンスも抜群です」
「ありがとうございます。ロロ様からデザート作成権を獲得した甲斐があります」
(ロロから……なんとなく血みどろの戦いが想像できるんだけれど、聞かないほうがいいわよね)
「お嬢様? どうかなさいましたか?」
「ううん。……これレオンハルトが作ったの?」
「はい。お嬢様に食べていただけるように丹精込めて作り上げました」
改めて執事姿の彼を見つめた。品が良く、美しい顔立ちも相まって貴族だといわれれば、納得してしまうだろう。紅茶を淹れるのも上手い。さらに掃除やらスケジュール管理まで完璧である。有能過ぎる彼はニセモノなんじゃないかと勘繰ったが、どこからともなく取り出す大剣も、闘気もレオンハルトそのものだ。
「ところでお嬢様は求愛給餌というのをご存知ですか?」
「ぶふっ!」
求愛給餌。
生物にみられる異性を引きつける為の求愛行動の一つである。
(うん、間違いなくレオンハルトだわ。比翼乃鳥といい、求愛が極端なのよね。……でも、なんだろう。前とはなにか違うような? というか食べちゃったけど、これでつがいだとか言わないわよね……)
「しっかりと栄養を取ってください」
「う、うん?」
言及したら確定になってしまいそうなので、私は聞かなかったことにした。ナナシも食べているし、なんとか誤魔化せるだろう。たぶん。
「ああ、確かにうまい。甘さも控えめなところがいいな」
ナナシは立ったままテーブルの並んでいる菓子を摘まむ。レオンハルトは笑顔のまま片手にティーポットではなく大剣を取り出しつつあったので、私は慌てて話を戻す。
「執事として正式に雇われてここに来た経緯は理解したのだけれど、レオンハルトはそれでよかったの?」
「ええ。幻狼騎士団の面々では顔が割れておりますし、何よりお嬢様の警護も厚くしようという結論に至り、私が来ました。中立国リーベでは人の姿に擬態できる魔導具が手に入ったのもありましたが」
「そうだったの」
レオンハルトが屋敷に居たのでローワンたちも無事だと思っていたが、改めて言葉で聞かされると安心する。
「それと同じ屋敷、四六時中傍に居られるとしたら執事だと、ローワンから吐かせ──伺いました」
「途中で脅迫めいた言葉が出てきたけれど、無理強いしていないわよね!?」
詰め寄るとなぜか彼は楽しそうに、眩いほどの笑顔で答えた。
「ええ、勿論です。……ローワンたちは冒険者ギルド、商業組合などそれぞれの役割に適した所で働いております。なんとも人間の環境適応には脱帽です」
(それを貴方が言うのですか……。魔人族の環境適応もなかなかだと思いますけれど)
熱い眼差しを向けてくるレオンハルトに、私は視線をティーカップに逸らした。
「それにしてもさすがローワン。根回しも含めて頼もしすぎるわ」
「なあ、姫さん」
「はい?」
「そのローワンとやらは信用できる人物なのかい?」
楽しんでいただけたのなら幸いです。
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