第30話 殺傷未遂事件一歩手前
ドアを開けても現実は変わらない。夢であって欲しかった。何が悲しくて、大の男がくだらない喧嘩を見なければならないのか。
「伴侶? お前がか?」
「ええ。まあ、今のところ、私はしがない執事です。お嬢様には命と誇りを守っていただき、とても感謝しております。将来的には伴侶として迎えたいと考えておりますが、お嬢様には婚約者もおられるようなので、その男を失脚させたのち、簒奪しようかと考えている所存です」
「執事と公爵令嬢ではずいぶんと身分さがあるのではないかな? んん?」
「身分差など、どうにでも出来ます。力こそ愛」
「ハハハッ。なに言っているんだろうねこの戦闘狂は、殺すぞ」
「いいですね。これ以上、愛しい人の傍に害虫が増えるのは看過出来ません。ここで決着をつけて差し上げましょう」
(勝手に話が進んでいる。レオンハルトの壮大な計画に関して、私は何も了承していないのだけれど……)
傍観していた私は、盛大な溜息を吐いたのち声を上げた。
「二人とも何しているのですか!? やめてください!」
「お嬢様。おはようございます」
「いい笑顔で微笑まないでいいから、剣を下げなさい」
「嫌です」
レオンハルトはニッコリとほほ笑むだけで、未だ剣を収めるつもりはないようだ。むしろ力をさらに入れている気がする。
「名前と……愛の言葉をいただきたいのですが?」
「レオンハルト、剣を下げて頂戴」
あからさまにレオンハルトは、落胆した顔を見せた。
「……仕方ありませんね。貴女には嫌われたくありませんし」
ようやく大剣を手元から消し去ると、壮年の男から離れた。レオンハルトの溺愛レベルが更新されたと思うのは、私だけなのだろうか。交渉前に根こそぎ体力を奪われた気分だった。
「私の使用人がすみません。怪我はありませんか?」
「いやなんともないよ。それに拙者のように身元があやふやな者なら警戒して当然だ」
極東の偉い人なのに、なんと謙虚なのだろう。私はこの人が喧嘩っ早い人でなかったことを感謝した。
私は男に歩み寄ると手を差し伸べる。男はどこか戸惑いながらも、差し出した手を掴んでくれた。すでに色々と醜態をさらしているけれど、まだ交渉の余地はあると思いたい。
(握手してもらえたし、まだ挽回できるはず!)
昨日は気づかなかったが、彼はローワンのような筋骨隆々という感じではない。かといって細見という訳でもなく、肉体を絞り鍛え上げられた戦士という印象を覚えた。
深淵のような黒い瞳、無精髭が目立つが顔立ちは整っており、良く見ると左頬に刀傷がある。真っ黒な髪をうなじあたりで一つに括っており、外見は三十後半か四十代だろう。
実に野性的な御仁だ。彼は立ち上がると思った以上に長身だったようで、私は彼を見上げる。威圧感はないが、改めて見ると存在感があった。
私はスカートの裾を摘まむと、頭を下げて挨拶する。
「改めて私はアイシャ=キャベンディッシュと申します。極東の方とお見受けしますが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
男は片膝を着いた。その姿勢は騎士にも似ており中々様になっている。
「拙者は名無志藍水。ご推察の通り極東の武士だ。知人の墓参りに来た途中で、まあ死にかけたんだが、姫さんのおかげで助かった。礼をいう」
「いえ、そんな……」
帝国の公爵家筆頭のキャベンディッシュ家の近くで、「極東の人間の死体が見つかった」などという情報は、政治的側面においてに交渉材料になりかねない。正確に言えば「身分の高い極東の人間」となるが。
私は自分の母親であるトリシャの名を出すかどうか悩んだが、藪をつついて蛇を出す行為だけは避けた方が良いだろう。
「異国の方であれは、どんな些細な事でさえ国際問題にされかねません。ですので公爵家を代表して、対応をさせて頂きました」
「ハハッ、面白いことをいう姫さんだ。大陸全土での戦争禁止条例が出ているご時世、旅人が一人野垂れ死にしようと大して気にしないと思うぞ」
「……国家間においての戦争は禁止されてしますが、魔物の襲撃が活発化した場合は状況が変わります。それに大事なのは「事実としてあったかどうか」です。経緯はどうあれ亡くなった方が、高い地位だった場合、それだけで国際問題の材料とされてしまう場合もあるのですから」
壮年の男の目が鋭くなった。彼自身がただの旅人では無いという事、そして今後起こる出来事を婉曲に伝えたのだが、どうやら伝わったようだ。察しが良くて助かる。
黒い髪と同じその漆黒の双眸は、私の心情を探るように見つめる。
「なるほど、なるほど。教皇聖下の救出云々と話されていたのも聞こえていたが、この国も色々と大変なんだな」
どうやら私の状況をある程度は聞いていたようだ。どちらにしても仲間に引き入れるときに、話すつもりだったから手間が省けた。
私は説得する内容を頭の中で改めて組み替える。ナナシという男ならどういえばいいのか、その性格を考慮した上で思考を巡らせ数秒でまとめた。
ここからが、勝負時だと思ったのだが──。
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