第26話 加害者と被害者の視点 前編
真夜中の三時過ぎ。
むくり、とロロは黒猫の姿で体を起こす。シングルのベッドに二人は狭いのでロロは猫の姿になったのだ。アイシャはモフモフを堪能しつつ眠っている。
「ロロぉ……」
安心し切った顔で眠っている主、アイシャを前に前足でちょんちょん、と頬をつつく。反応はない。部屋が足りず、ロロとアイシャは同じベッドで寝ることになった。レオンハルトは空き部屋、そして極東の人間はアイシャのベッドで眠っている。
ロロは不服だったが、それでも主の意向を尊重して不承不承に承諾したのだった。
(本当にお嬢様は愛らしい。しかし、戻ってこられたお嬢様は……なんというか以前よりも聡明でいらっしゃるような。元々十二歳の割にしっかりしていた方ですが……)
主の姿を模した偽物かとも思ったが、ロロの嗅覚はアイシャ自身だと認めている。それに雰囲気や魔力も変わらない。ただ以前よりも魔力が増大し、心身ともにより強くなったような印象があった。まるで十年ほど怒涛の旅から帰ってきたような、そんな成熟さを感じられたのだ。
(ヘレナに対して、反論したときのお嬢様は最高でしたわ。できればあの場で四肢を食いちぎって、殺せればよかったのでけれど)
かなり物騒な思考だが、ロロにとってアイシャ以外の存在などどうでもよかった。「すうすう」と規則正しい寝息をたてているアイシャを見てそっと、頭をなでる。
「チョコレートタルト、美味しいぃ……むにゃ」
熟睡している事を確認してから、彼女の腕からするりと抜け出す。ロロの仕えていたトリシャ=シグルズ・ガルシアの忘れ形見。自分の子どものように大切で、愛おしい存在だ。
だからこそ、キャベンディッシュ家がアイシャに非道な行いをするたびに、殺意が増していった。しかし彼らを殺してしまえば、アイシャはロロが殺害したと気づくだろう。
彼女は聡い。聖女が殺人に関与していたとなれば、その後の人生において迷惑が掛かってしまう。やるのであれば誰にも悟られず、終わらせることが望ましい。
(今朝の男を殺そうとした時のように……。いえあれは失敗だった。それどころかお嬢様と出会わせてしまった)
絶対に会わせまいとした結果なのだから、なんという皮肉だろうか。
ぐっすり眠っているアイシャの隣を抜けて、猫の姿のロロはベッドから降りる。そのまま静かに部屋を抜けるとアイシャが使っている部屋へと忍び込んだ。
アイシャのベッドに眠る男は、身じろぎ一つしない。
カーテンの隙間から月明かりが僅かに差し込む。静寂な部屋の中で、時計の針の音が響いていた。ロロがくるりと宙返りをすると、人の姿へと変わり、いつもの使用人服ではなく面積の少ない下着のような恰好をしている。それはまるで暗殺者のそれだ。
「夜這……ではないのが残念だ」
眠っていた男は片目をロロに向けた。翡翠色の瞳を見た瞬間、彼女は鋭い爪を男の喉元に突きつける。その目をアイシャが見れば十中八九、血縁者だと、気づかれてしまうだろう。だからこそロロは、この男を自分の主と合わせたくなかった。
「お嬢様が貴方を生かしたのなら、何も言うつもりはないわ。……けれど、父親を名乗るつもりなら、ここで息の根を止めます」
「そんなつもりはないさ。資格もない」
ロロは爪を引っ込めた。どうやら男の言葉は本当にそのようだ。この屋敷に運ばれた段階で、男の傷は完治していた。それでも意識を失ったフリをしていたのは、アイシャと顔を合わせないためだったのだろう。
「……どうやら本心のようね。でなければ私の攻撃など簡単に避けていたでしょうし」
「まあ、トリシャとの約束を守れなかったんだ、殺されても文句はなかったさ……」
男は飄々としながら上半身だけ体を起こした。その動きはもはや病人とは言えないほど完全回復していた。それもこれもアイシャの治癒魔法による効果と、男自身のタフさと精神力があったからだろう。
濡れた様な黒髪、無精ひげが目立つが顔立ちもよく渋い壮年の男だった。着崩した着物が妙に様になっている。
「トリシャが亡くなった土地で果てるのも悪くないと思ったけれど、まさか娘に救われるとはね。いや、ほんと吃驚したよ。ハハハッツ!」
「本当です! お嬢様ってばこんな得体の知れない者を運んで治療までするのですから、信じられません!」
ロロは憤慨し、地団駄を踏む。アイシャが見たらその姿も愛くるしいと言っただろうが、男は微苦笑する。
「そうだな。特に異性に関していうなら、もっと警戒した方が良い。拙者が言うのも何だが、あんなに可愛らしくてこの先大丈夫か? 天使の類だぞ、あれは!」
「お嬢様の愛らしさに関してだけは、同意します。害虫は貴方ともども殺しますので、ご安心ください」
ニッコリと笑っているが、ロロの目は殺意に満ちていた。今にも男を今にも噛み殺しそうな勢いだ。
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