第19話 幻狼騎士団殲滅計画の真相
「少し見ない間に随分と成長したようだ。そなたが私の姪で誇らしいぞ」
「そんな……。お褒めの言葉を頂き嬉しい限りです」
「謙遜することもなかろう。大人顔負けの柔軟な思考、貴重な情報の数々を見せつけられては称賛するほかあるまい」
(う……。実際、二十一歳で死に戻りしたから、確かに子どもらしくはないかも?)
私は誤魔化すように、幻狼騎士団が集めていた資料をテーブルの上に広げた。教会側に没収されないように、ローワンから渡されてすぐに虚数空間ポケットにしまっておいたものだ。この虚数空間ポケットは空間魔法の一種らしく、様々なものを格納できる。便利な優れものだ。ちなみにポケットの中は時間が停止しているので、生ものなどを入れても鮮度は落ちない。
空間魔法そのものが珍しいのだが、伯父はこの魔法を見せても別段気にしていないようだ。
「人間は死ねば腐り落ちて土に還る。だが、生きながらに腐敗した輩が多くなった。私もベネディックトゥス教皇と策を練っていたが、どうやら向こうの方が先に動き始めたようだな」
私はカップを置くと、テーブルを挟んで座っている伯父を見据えた。
「そのようです。幻狼騎士団の一件を皮切りに大きく動くでしょう。……教会上層部の枢機卿数名と帝国軍の──ヴィンセント殿下が手を組んで、陛下と教皇の両名を貶めようと今も計画を進めています」
伯父は指を組み合わせ「ほう」と呟いた。
たった一言だが、重々しく鋭い視線がぶつかる。その威圧に屈することなく私は言葉を続けた。
「幻狼騎士団の評判を下げてから処刑し、教皇聖下の力を削ぐ。そしてその間に皇帝の座を挿げ替えるつもりでいたのでしょう。彼らの標的は教皇聖下と皇帝陛下の暗殺です」
「であろうな。私が死ねば馬鹿息子が玉座に着く。あれは何かと御しやすいだろうから、傀儡にはちょうどいいだろう」
「……!」
実の息子に対して容赦ない言葉に、正直驚いた。陛下も人の親。情に絆されて「機会を与える」と思っていた自分が恥ずかしい。
「もしかして陛下がヴィンセント殿下を《皇太子》にしたのは、敵を炙り出すためですか?」
「そんなところだ。次期皇帝ならば、どのような人間と関わるべきか、見る目がなければ成り立たぬ。これはその試練の一つだったのだよ。……息子はそれに失敗した。時間も与えた、君という支えも用意したというのに、それでも気づかないのであれば、それに相応しい処遇をするだけだ」
毅然とした態度に、私は胸が痛んだ。
心を砕き、幾度も機会を与えたのに、ヴィンセントは父親の期待に気づくことなく、自分で自分の首を絞めた。大切な存在なのに想いが伝わらないというのは、何とも寂しく辛いものだ。
落胆と、悔いる思いが陛下の顔に現れる。
私は自分の状況を俯瞰し、冷静に考える。今度は間違わぬように、手を伸ばして絶望という未来を覆す為に動く。
私は伯父に「未来視めいた能力」があることを話し、今後起こりうる出来事を簡単に説明した。
五、六年のうちに、皇帝陛下と教皇聖下は事故死に見せかけて、暗殺される。
魔法学院卒業式後に、ヴィンセント皇子と婚約破棄。それと同時期に、聖女の力を全てリリーに奪われる。
七年後には、教会上層部が帝国の全権を簒奪する。
それから暫くして、大陸全土で魔物が大量発生。各国は対応に遅れ、特に帝国の内乱によって足並みをそろえる事が出来ず、多くの死者を出す。その責任を押し付ける形で、ヴィンセントと私は処刑台に追いやられた。
だいぶ話を端折ったけれど、荒唐無稽な話を陛下がどこまで信じてくださるか、考えるだけで息が詰まりそうだ。
「私と、あの運だけはいい教皇が崩御か。考えたくはないが、そうなればこの国は内側から瓦解するだろう」
「…………」
「ふむ、ではアイシャ。君はどう盤上をひっくり返す気なのだね?」
それは予想外の返しだった。
すぐに反応が出来ず、ルイス皇帝を見やった。
「え……あっ」
「私の姪は聡明で、賢く、先見の明がある。おまけに可愛いし、いい子に育った。六歳の時に初めて作ったクッキーは、今でも永久保存して取ってあるぞ! ハハハハッ!」
「へ、陛下。分かりましたから! あと、そのクッキーは捨ててください」
「虚数空間ポケットに格納してあるので鮮度は、あの時のままだぞ」
「……って、陛下も持っている能力だったのですね」
思わずツッコんでしまったが、伯父は今の話を聞いても、口元に笑みまで浮かべている。普通に考えて、国家が傾く話など不敬極まりないものなのだが。
「可愛い姪が切羽詰まった声で話すのだ。嘘だと思うはずもないだろう」
「陛下……!」
「なにより内容が内容だからね。だから私は君に聞き返したのだよ。聞いた限り最悪な未来だが、君は諦めていないから私を呼んだのだろう。でなければ地下牢から、わざわざ呼び出さないだろう」
「はい……」
私は唇を噛み締めた。
前回は誰も救えず、見送る事しか出来なかったけれど、今なら間に合う。ローワンやレオンハルトたちを救えたように、運命を覆すことが出来る。
泣きそうになる顔を堪えて、対策を言葉にする。
「ゲームそのものが詰んでいるのなら、ゲーム盤ごとひっくり返してみせます」




