第14話 レオンハルトの視点4
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次に目を覚ましたのは毒霧が消え去り、帝国軍が去った二日後だった。肌の表面上に張り付いていた石が蛇の脱皮のように剥がれると、私は大きく息を吸った。
彼女の張り巡らせていた魔法によって、騎士団と魔人族共に被害は少ない。
私が目覚めて、真っ先に飛び込んできたのは、白銀の甲冑を着た大男だった。彼女がいるはずもないのに、それでも無意識に彼女を探してしまう。
森は霧に覆われ鬱蒼としている。これならば、人目に付かず隣国へ亡命できるだろう。
「目が覚めたようで何よりだ」
「…………」
彼女が信頼していた男。人間の中では強者と認めてもいいだろう。竹を割ったような性格は嫌いではないが、彼女と親しいというだけで苛立ちが増す。それを知ってか知らずか、男は気軽に声をかけてきた。
「オレたちは甲冑を脱ぎ捨てて、予定通り中立国リーベに向かう。で、お前たちはどうする?」
食事を誘うような軽いノリに、私は返答に窮した。
「アイシャのやつその辺を詰めていなかっただろう。せっかくだ、一緒に来るか?」
「…………」
「兄上、まさか彼らの面倒まで見るつもりですか!?」
次いで横から口を挟んだのは、女騎士だった。ピーピーと感情的な声は癇に障る。聖女も割と騒ぐ方だったが、心地よい囀りだった。彼女ならばずっと聞いていても飽きないだろう。
彼女の凛々しい姿を思い出すたびに、すぐにでも抱きしめたい気持ちが疼く。
(ああ、そういえば三女神ブリードの伝承を伝えていない。それに婚儀の返事ももらえていなかった……)
十二歳なら少なくとも五、六年待つことを伝えるべきだろうか。しかし私の求婚に対して、彼女の反応はよくなかった。魔人族は強奪婚というのもあるのだが、それは本気で抵抗されそうなので諦める。本気で拒絶されたら数週間は、へこむ自信があった。それほど私は彼女が愛おしくて、しょうがない。
「私は彼女──聖女の元に戻る。まだ話していないこともあったのでな。……一族の者を頼めるだろうか」
「それは構わないが……。その姿では帝都に辿り着く前に、帝国軍に捕まるぞ」
「…………!」
それはそうだ。魔人族が帝都に現れれば、帝国兵と即戦闘となるだろう。そんな当たり前のことに気づかないほど私は、周りが見えていなかったようだ。
少しでも彼女と離れることが苦痛でならない。真剣に考えた末、一つの解決方法を見出した。
「この角を折ったらどうだろうか?」
「折……って、駄目だろ! ……というか、その角は魔人族にとって象徴的なものじゃなかったか!?」
「まあ、そうだが」
「それを軽々と折っていいのか!?」
「二本の角を折るだけで、聖女の傍に居られるのなら安いものだ」
男は呆気にとられたのか数秒固まり、そして豪快に笑いだし──横にいる女に殴られていた。人間の女は、何とも野蛮なのだろうか。むろん、聖女なら可愛く見えるだろう。
「兄上! 隠密に動くのですから、大声とか出さないでください!」
(この女の声もかなりでかいが……)
「すまん。つい、可笑しくてな」
「私は面白いことを、言ったつもりないんだが……」
「いいや。なんというか、今のお前さんは人らしいと思っただけだ。あと滅茶苦茶惚れているのが笑える」
男の言葉は半分以上、意味不明だったが、あの聖女の名が「アイシャ」と知る事が出来たのは吉兆だった。いやずっと聞こえていたが、意識したのは最近だ。次に会った時に名を呼ぶのも悪くない。
そう呑気に捉えていたのだ。彼女の家名を知るまでは。




