第60話 未知との遭遇
「慧臣、どこに行っとったんや! 大変やで」
「李楽様? これは、一体、どうしたんですか?」
「それがなぁ、この爺さんが知ってることを色々吐いたんやけど……」
慧臣が『猫屋敷』に戻ると、令月と李楽の前に死体が転がっていた。
口と鼻から血を流し、泡を吹いて……
「全部話した後、急に、苦しみ出してな……」
横柄の話したことを掻い摘んで説明してくれた。
令月の表情は暗く、いつもの自信に満ち溢れた、綺麗だが少し腹が立つニヤニヤとした笑みがない。
「自分のオカンが生きてるちゅうのはいい知らせかもしれへんけど、そのせいで生きた人間が犠牲になってたなんて話、めっちゃ複雑やん。しかも、それが悪霊として合点のおっさんにくっついてるやつなんやろ?」
「それは……そうですね」
(確かに、藍蘭さんも犠牲がつきものだって言っていたな……)
その犠牲になったのが紅雪であるということには驚いた。
(紅雪さんのこと、藍蘭さんは知らなかったのか? それとも、知っていたのに、あえて言わなかった……?)
藍蘭はすべて話すと言っていたのに、藍蘭の口から紅雪の名前が出なかったところに違和感がある。
だが、そこには、慧臣は踏み込んではいけないような気がしていた。
もし、藍蘭が本当は全てを知っていながら、話していないとしたら……
藍蘭は平気で嘘をついている可能性が出てきてしまう。
何が真実で、何が嘘なのか。
それは知ってはいけないことなのだろうと思った。
「それに、苦しみながら爺さんが言ってたんや。『まさか、二十年前の毒が……』ってな。どういう仕掛けかわからんけど、その異国人の話を口外したら、毒が回るようになってたんやと思う。死んだ人間を蘇らせることができる奴らやし、多分そうや」
「そんな……!」
令月は、そんな人の命を弄ぶようなことをする異国人の血が自分に流れているのかと恐ろしくなっていた。
今まで、人と違うこの美しい容姿は母のおかげだと感謝していたが、紅雪の命を使って蜜姫妃を蘇らせたのは、その国の皇帝だという祖父のはず。
宮廷で偶然、目撃した合点の話では、その祖父は自分とそっくりらしい。
簡単に人の命を奪い、利用するような相手だ。
仮に連絡が取れたとしても、呪いを解いてもらえる保証はない。
かといって、その異国人の女を見つけたとしても、いくら自分が王になりたくないとはいえ、そんな危険な国の人間を、王にあてがうなんて何が起こるかわからない。
山を越えた隣の村で見たという目撃情報はあるものの、このまま探しにいくのは気が引ける。
令月は、王になるのは心底嫌ではあるが、諦めて自分がその座につくしかないのかと頭を抱えていた。
「————ところで、藍蘭は?」
「藍蘭さんなら、えーと、急な用事で休暇に入りました」
「なんやて? ほんま、あの女は自由やなぁ。いつもそうや。侍女兼護衛やって自分でゆーてるくせに……侍女らしくないねん。殿下が自由すぎるから、似てるんかな?」
「似てる……?」
(そういえば、藍蘭さんの顔って————……)
うつ向いている令月の方を見て、慧臣は思う。
(同じ国の人間だとはいえ、髪の色も、肌の色も、化粧も……すべて剥がれた藍蘭さんの顔は、令月様をそのまま女の子にしたような……)
「あの、令月様————……令月様って、先王様よりお母上様に似ているんですよね?」
「は? なんだ、いきなり。そうだ。父上の顔は、他の兄上たちと瓜二つだ。全然違うだろう」
「そうですね……」
(もしかして、藍蘭さんて、血縁者なんじゃないのかな? 同じ国の人間だからって、ここまで似るものではない気がする。妹……いや、令月様の事をあの子って呼んでいたし、実は藍蘭さんが姉かは————)
ありえない可能性が一瞬頭をよぎったが、慧臣は必死に否定する。
(ないない! それはない! 母上なわけあるか! 何を考えてるんだ俺は……まったく)
藍蘭にも言われたが、慧臣も自分でも心底厄介だと思った。
余計なことに気づいてしまう、自分の性格が。
深く考えず、何も知らずに生きられたら、どんなに楽だろうか。
(いや、ダメだ。これ以上考えるな! とにかく、令月様を月宮殿に戻さなくちゃ……!! それに、こんなに落ち込んでいるなんて、なんだか令月様らしくなくて嫌だ。とりあえず、さっき考えた作戦の通りに、宮廷に戻ろう)
「あ、令月様、あれは、一体なんでしょう!!?」
慧臣は大きく息を吸って、とても、わざとらしく大げさな言い方をして、山の方を指差した。
「は?」
令月が顔をあげると、山の頂上に、白くて丸い、謎の光が浮かんでいた。
*
「————あれを、宮廷の方角に?」
「はい。令月様の性格を考えると、きっと今頃、人形職人から異国人について聞いていると思うんです。山の向こうにある村には、仲介している人がたくさんいるんでしょう? だったら、令月様がその話を耳にするかもしれない。そうなったら、またそちら側に近づいてしまう」
「……確かに、そうね」
「そこで、あれを使うんですよ。あんなものが空を飛んでいるのを見たら、令月様なら絶対に追いかけます。藍蘭さんの指示であの丸いのが動くなら、その間に、村にいる仲介の人たちに、逃げるように伝えてください」
藍蘭は、慧臣の作戦を聞いて、ニヤリと笑った。
その表情は、あまりにも令月に似ていたが、ちょうど月に雲がかかり、月明かりが一瞬消えたため、慧臣にははっきり見えてはない。
「なるほど。確かに、あの子なら追わずにはいられないわね。村にはいつでも行けるけれど、あれは次にいつ見られるかわからないもの」
藍蘭は、あの空を飛ぶ船が決して令月の目には入らないように気をつけている。
だからこそ、令月は噂でしかその存在を聞いていない。
そんな空を飛ぶ謎の飛行物体は、もう二度と出会えないかもしれないと考えて、追いかけるに決まっている。
「慧臣、あなたは本当に、賢い子ね」




