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第59話 空を飛ぶ船


 横柄の師匠は、その異国人が人形職人である師匠よりもはるかに人の体について熟知していることを不思議に思っていた。

 その異国人に色々と教わったおかげで、ここまで人間に近い精巧な人形を作る技術が進歩したらしい。


「師匠が聞いた話では、体の一部を入れ替えるそうじゃ。足が悪いなら足を、目が悪いなら目を、心の臓が悪いなら心の臓を、胃が悪いなら胃を……通常であれば、死んで間もない死体と入れ替えるらしい。一番確実なのは、生きた人間のものと入れ替えることだと————」


(それなら……紅雪の体がどこにあるのかわからないのは————)


 令月は、紅雪の話を思い出して、彼女の身に何が起きたのか悟った。

 生きたまま、入れ替えられたのだ。

 死んだ蜜姫妃の体のどこかを、そのまま入れ替えて……

 西洋の方で、そういう医療の研究が発達しているということは聞いている。

 人の体を切って、悪いところを取り除いたり、針と糸をで傷口をふさいだり。

 人の体を切るなんて、なんてむごいことをするのだと思ったが、それ以上に酷い。


 紅雪は生きたまま、異国の船に乗せられて蜜姫妃を生き返らせるために理不尽に殺されてしまった。

 どうして死んでいるのか、まったくわからないと彼女は言っていたのは、そういうことだ。

 知らぬ間に殺されて、勝手に体をいじられた。

 残っている部分はどうなってしまったのか、おそらく、きちんと供養すらしていないのだろう。

 だからこそ、紅雪はいつまでも成仏できずに悪霊として合点のそばに居続けている。


「それがわかってから、わしはあいつらと関わるのをやめたんじゃ。秀麗も至妙も、二人とも人形作りが好きじゃったが、壊れた人形を直す度に、それが紅雪と重なってな……秀麗はそれでも続けたいと思っていたが、バカな男と夫婦になってこの村を出て行った。至妙も心を病んでしまって、実家に戻ってしまった。二人とも、今どうしているかはわからん……」


 女性で人形職人を目指して弟子入りしたのは、後にも先にもこの二人だけだったと、横柄は悲しそうな目をして言った。


「————わしが知っているのは、それくらいだ。その後、あいつらとは一切関わっておらん。だが、噂ではたまに耳にすることがある。白い髪に白い肌の女が、山を越えた向こう側の村で何度か目撃されておる。空を飛ぶ船と一緒にな」



 *




「つまり、藍蘭さんは令月様のお母上に言われて、この国にいると?」

「ええ、そうよ」

「どうして、藍蘭さんがそんな役目を?」

「……あんたと同じよ。私も、昔、売られそうになっていたところをあの方に助けられたの」


 藍蘭は、濡れた衣の裾を絞りながら、蜜姫妃に助けられた話をした。

 その話は、慧臣が経験したものとよく似ていて、慧臣は藍蘭の言葉に共感する。

 藍蘭は主人である蜜姫妃の願いを叶えるためにここにいるのだ。


「主人の願いを叶えるのは、従者として当然よ。あの子を騙しているようで、なんだか悪いことをしているような気がする時もあるわ。でも、それでも、あの方のためよ。それに、結局はそれがあの子のためになる」

「……藍蘭さん、ずっと気になっていたんですが、本当はおいくつなんですか?」

「私の年齢? それ、今関係ある?」

「いえ、なんというか……令月様の事、度々《《あの子》》って呼んでいますよね? 令月様より年上なのかなって————というか、むしろ母親なのかなって、思う時があって」


 慧臣にそう言われて、藍蘭の顔が少々ひきつる。


(あ、いくら異国人とはいえ、それはさすがに失礼だったかな……?)


 少しだけ空気がピリついたような気がして、慧臣は失敗したと思った。


「あの子の母親だなんて、そんなわけないでしょう? 確かに、私の国とこの国の人間では見た目と年齢にズレがあるけれど……」

「そ、そうなんですか?」

「本当の年齢なんて知ったところで何も変わらないわ。とにかく、私はこの姿じゃ人前に出られない」


 こちら側に令月が近づかないようにしたいのに、令月の前で本当の姿でいられるはずがない。

 普段の侍女兼護衛の藍蘭の姿に戻るには、数日かかってしまう。

 藍蘭が二、三ヶ月に数日間、休暇をもらうのは、生え際が白く目立つ前に染めているからだ。


「この山の……さっきの『猫屋敷』とは反対側の村に、私の定宿があるの。私は向こうへ行くわ。だから、あの子————殿下には私はまた休暇に行ったということにしておいてくれるかしら?」

「わかりました」

「私がいない間、絶対に殿下が私たち異国人に近づかないように……できれば、この村から離れるようにして欲しいわ。この山を越えた先には、本国の人間と通じてる仲介人がたくさんいるの。そこから情報が漏れるかもしれない。もし、そんなことが殿下に知られるようなことがあれば……」

「わ、わかっています。令月様の命が危うくなるのですよね?」

「その通り」


 令月の命が危うくなれば、慧臣の命も危ういということだ。

 慧臣は藍蘭と別れて『猫屋敷』に向かって歩きながら、一体どう言い訳をして回避させればいいのか考えを巡らせる。


(このまま戻れば、一体何があったのかしつこく聞いてきそうだよなぁ……あの人の性格的に)


 話さない方が良いことはわかっているが、令月は気になったらとことん気にする。


(話を逸らさせるか。異国人の話より、なんか別の、怪奇話とか————この山で妖を見たとか、幽霊を見たとか……いや、この山で見たなんて言ったら、話を聞きに藍蘭さんが泊まっている宿まで行きそうだし……うーん)



「————あ!」


 慧臣は少し考えた後、いい案を閃いて、来た道を戻った。


「藍蘭さん!」


 それどころか、山を越えて反対側に行こうとしていた藍蘭を追いかけて呼び止める。


「何よ、なんでついてくるのよ!?」

「すみません、あの、ちょっとお願いしたいことがありまして」

「お願い?」

「さっきのあの、空に浮いていた丸いやつ、あれって、なんですか?」



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