表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/61

第58話 知らぬが仏


 慧臣が藍蘭の話を聞いている間、露天風呂では横柄が文字通り捕まっていた。

 捕吏を呼んで来た方がいいんじゃないかと、李楽は言ったが、番頭が何度も何度も頭を下げるので、とりあえず縄で縛って抜け出さないようにだけはしてある。

 真っ裸のやせ細った老人の体に縄が食い込んでいるその様は、さすがに見るに耐えない為、令月は上から衣をかけてやり、詳しく話を聞いてみれば、この老人こそが人形職人だと知って少し驚いた。


「なんじゃい、異国人じゃぁ、ないか。あんたたち、まだこの国に用があるのか?」


 横柄は覗きをしたことに全く反省なんてしてる様子はなく、令月の姿を見てそう言った。


「悪いが、お前たちとの仲介は、あの夜から一切手を引いておる。いくら見下しているとはいえ、あの子らをあんな目に合わせておいて、今更なんじゃというんだ」

「仲介……? 一体何の話だ。まさか、お前、知っているのか? 母上と同じ国の者のことを————」

「……母上? あ……っ」


 令月の言葉で、横柄は相手が異国人ではなく、王弟であることに気がつく。

 この話は、絶対に王族の本人の耳に入れてはいけない。

 あの仕事から手を引く時に、約束したことだ。


「あ、あんた、まさかあの女が生んだ子供か!? だったら、わしが話せることは何もない…………!!」

「なんだと!?」

「わしは話さんぞ? というより、話してはいけないんじゃ! あんたも聞くな!! 王族というだけで威張りおって。あんたは王ではないからな!! 答えたところで、誰もあいつらからわしを守ってはくれん」

「どういう意味だ?」

「だから、話さんと言っているだろう。世の中には、知らない方が良いことの方が多いんじゃ」


 それからというもの、一切、横柄は令月に何も話さなかった。

 番頭は何度も、頭を下げていたが、こんな爺さんの世話をしなればならないなんて、なんて不憫な……と、様子を見ていた李楽は番頭に同情する。

 ところが、そこへ別の使用人が血相を変えてやって来た。


「あの、おおおお王宮からお使いの方が来てるんですけど……!!」


 王の勅命が下っている証拠となる特別な札が、令月の手元に届いたのだ。


「ほぉ、これは良い頃合いに届いたな。さぁ、この札があるということは、私の言葉は王の言葉と同じだ。どうする?」

「ど、どうって……」

「知っていることを全て話せ。でなければ、この宿も、お前の人形作りの仕事も取り上げることになるが……————」

「そ、それは————っ……いえん!! 言えんもんはいえんのじゃ!!」


 それでもまだ話そうとしないので、令月は奪うと脅すのではなく、与える方を提案してみる。


「では、お前が見たがっている少女の裸を見放題にしてやろう」

「な、なんじゃと!?」

「私は王族だぞ? 女子供の手配くらい、すぐにできる」


 これも、確かに幼女ではあるが、何千年も幼女の姿で生きている不老不死の妖怪である。

 彼女らは、生きた男の精気を吸い取る化け物であるのが、先代の例もあって王族は皆、好色であると横柄は思っている。

 女官見習いくらいの年頃の子を手配していくれるのではないかと、瞬時に妄想が膨らんだ。

 実際に会ったら自分がどんな目に合うか……なんて考えもせず、横柄は全てを話した。


「わ、わしの口から聞いたとは、絶対に言うなよ……?」



 *


 その国がどこにあるのかは知らないが、とにかく遠い異国だ。

 わしの師匠が、あいつらから星屑を使って色々なものに色付けすることができることを教わって、それから長いこと、この国とその国の仲介をしていた。

 あいつらは空からこの国に勝手に入って、この煌神国だけじゃなく、他の色んな国の実情を観察していたのだ。


 わしの師匠は、あいつらから星屑を分けてもらう代わりに、あいつらがこの国で生活するのに必要な手助けをしてやっていた。

 師匠が死んでからは、わしがそれを引き継いだ。

 だが、その頃にはわしの作品は売れに売れてな……手が足りなくなったから、弟子である秀麗しゅうれい至妙しみょうにさせていた。

 主な仕事は、人形の愛好家たちの集まりに混ざっているあいつらの使いから手紙を受け取るというものだ。


 当時の王に、側室にあいつらと同じ容姿のものが上がったのは噂になっていたからな、その使いが女官であったことは容易に察しがついた。

 秀麗と至妙は、その女官————確か、名前は紅雪と言ったか……

 その紅雪から聞く宮廷での出来事を楽しみにしていて、いつの間にか三人は親友のようなものになっていたんじゃ。

 わしも人形を納品する時に、何度か会ったことがあった。

 わしにとっては、三人とも娘みたいなもんじゃった。


 だが、あの夜、とんでもないことが起こった。

 あいつらの国の、皇帝とやらが突然現れて、娘を探していると……

 それが、なんとまぁ、先王の側室の蜜姫妃と名乗っていた若い女じゃった。

 皇帝は激怒してな、何人も部下を引き連れて宮廷に乗り込んで行ったんじゃ。

 自分の娘が知らぬ間に他国の男————それも、向こうからしたら格下と思われている国の王と通じていたなんて、怒る気持ちも理解できる。

 だから止めなかったし、まぁ、わしごときが言ったところで、意味もなかったじゃろう……


 それに、その時わしもまさかあの側室が皇帝の娘だったなんて、全く知らなかったんじゃ。

 後から至妙に聞いたが、蜜姫妃は父親に知れたら大変なことになるとわかっていた。

 蜜姫妃と先王の仲を応援しておった三人は、父親から守ろうと結託していやそうじゃ。

 せめて、子供が無事に生まれるまでは、父親から隠してやろうとな。


 だが、結局、あの日、子を産んで死んでしまった。

 秀麗と至妙は紅雪に詳しい話を聞こうとしたが、あの日以来、紅雪は人形の愛好家の集まりにも、二人の前にも一切姿を見せなくなってしまった。

 気になった至妙が、宮廷にいた別の侍女に紅雪のことを尋ねると「紅雪は蜜姫妃の遺体と一緒に、丸い船のようなものに乗せられた」と言ったそうだ。

 わしはその時、師匠から聞いていた話を思い出した。


 あいつらの国には、死者を蘇らせる技術がある。

 成功する確率は低いが、とある方法を使えば、確実に蘇らせることができる秘法があると……————

 紅雪は、そのために連れて行かれたのだと。


 わしはあいつらに嫌悪感は抱いていなかったからな、そんなのはただの噂だと思っていたが、目撃者がいたのだから、そうなのだと察した。

 そんな恐ろしいことができるあいつらとは、関わりたくないと、それ以来、わしはあいつらの仲介をやめたんじゃ。

 この話を誰にも口外しないことを、約束してな。



 *


「————秘法? それは、一体なんだ?」


 令月は、紅雪が連れて行かれた意味がわからなかったが、その話が本当ならば、蜜姫妃は生き返ったことになる。

 母親が生きているなら、それは喜ばしいことだと思った。


「生け贄じゃ」


(え……?)


「————人一人分の命と引き換えに、死者を蘇らせることができるのだそうだ。紅雪は、あいつらに殺されたんじゃ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ