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第54話 星の下

 一方その頃、今夜も愛桜堂に渡っていた王は、側近からの報告に呆れてため息をつく。

 慧臣から話を聞いた側近が忙しい王に勅命の話をしたのは、慧臣が遊楽の商人たちが住む屋敷についた後のことであった。

 勅命を受けていることを示す特別な札を、すぐに令月に渡すように指示を出したが、届けに月宮殿へ行った内官の話によれば、月宮殿はもぬけの殻であった。


「それで? 令月は月華風来館に?」

「ええ、そこで何か情報を掴んだのか、さらに東の方へ行かれました」

「まったく、必死だな。そんなに王位にはつきたくないか」


 札がなければ、捜索に協力してくれないところもある。

 できるだけ早く令月に届けるように、再び指示を出して、王は様子を伺っていた。


「仕方がありません。そういう星の下にお生まれなのです。あのお方は……」


 明了めいりょうは香炉に火をつけながら、占星術の話を王にする。

 異国人の血が混ざっているため、多少違いはあるかもしれないが、基本的に人は生まれた日によって性格が決まるのだ。


「私が王子を産める体なら、陛下がお悩みになられることはなかったのに……————明了、本当に陛下はその異国人の女が相手でないとお世継ぎが生まれないの?」

「ええ、左様でございます」

「では、もし異国人の女が見つかってしまったら、陛下はもうこうして私に会いに来てはくださらないのですね?」

「何を言う、希桜きおう。たとえ、そのようなことになったとしても、俺の心はお前のものだよ」

「まぁ……陛下ったら」


 希桜は嬉しそうに王の体にもたれかかった。

 王も娘ほど若い希桜に甘えられて、にたにたと笑っている。


(まったく、心にもないことを……)


 明了は心の中でそう呟く。

 明了にはわかっている。

 王の心の中には、常に一人の女しかいないことを。

 初恋の相手が忘れなれない、王はそういう星の下に生まれた男だ。

 世継ぎのために、仕方がなく女たちに惚れているふりをしているだけだ。

 どんな女であろうと、喜ばせてやった方が、得であることを知っている。

 だからこそ、側室たちには平等にうわべだけの愛情を見せている。


 希桜もそう。

 自分が世継ぎとなる王子を産めない体であると知りながら、明了に男子を身ごもりやすいと言われている特別な香を用意させ、王が渡りになるたびに炊いているのだから。

 本当は、そのわずかな希望にかけている。

 欲しいものは何としても手にれなければ気が済まない性格であることを、必死に隠して笑っている。

 王が帰った後、「こんなことなら、令月様が王様になってから嫁げばよかった」という希桜の独り言を、明了はちゃんと聞いていた。


(私は後宮のたった一部の世界しか見ていない。だけど、こんなにも皆が自分の利益のためだけに陰謀や計略を巡らせている。王位につきたくないというあのお方の気持ちは、よくわかるわ……でも————)



 明了は夜伽が始まったのを見届けると、そっと部屋を出て扉を閉める。

 深いため息を吐いて、外に出ると、空に輝いている星々を見上げて呟いた。


「運命とは、そう簡単に変えられないものよ。あのお方はいずれ、この国の王となる。そして————」



(私が産んだ子が、その次の王となる。そのために、私は後宮にいる。どういう経緯をたどるかは知らないけれど……私には見えている)




 *



 人形職人が住んでいるのは、月華風来館から東に三里ほど進んだところにある温泉で有名な村であった。

 令月達が到着したのは、夜遅くであったが、村中の宿屋や酒屋はまだ営業していて、賑わっている。

 飛び交う言葉も、清語や朝鮮語などが多く、異国から多くの客が来ているようだ。


「なんだか、変な匂いがしますね。この村……卵が腐ったような……」


 温泉とは無縁の地で育った慧臣は、鼻をつく硫黄の匂いに顔をしかめ、不快感をあらわにしていた。

 せっかく化粧で美少女の姿になっているのに、台無しである。


「慧臣、お前は今は一応、女なのだから、それらしくしないか。不思議がって皆がお前を見ているぞ?」

「見られているのは俺じゃなくて、令月様の方ですよ。異国人は多くいるようですが、やっぱり令月様のように髪も肌も白い人はいませんし……っていうか、女装しても何の意味もなかったんですから、そろそろ俺、着替えたいんですけど……」


(目の周りも何だかずっと光っていて、ずっと見づらいし……)


 烏岳に化粧をされたとき、目を閉じているように言われたため慧臣は気づいていないのだが、実は目の周りに星屎を少し混ぜた白粉が使われていた。

 慧臣はそれが気になって仕方がないが、その輝きが目に見えているのは慧臣だけである。


「まぁ、その人形職人がいてはるとこは宿らしいし、ついでに温泉にでも入ったらええやん。せっかくここまで来たんやし……俺も久しぶりに入りたいしなぁ」


 李楽にそう言われて、慧臣もそうしようと思った。

 月華風来館の店主の話によれば、ここの温泉のお湯が人形作りに欠かせない成分が含まれているとかで、その人形職人の家族が温泉宿の経営をしているらしい。

 最初は定宿にしていた程度であったが、そのうちこの宿の娘と恋仲になって結婚したのだそうだ。


 その温泉宿は、村の一番奥にあった。

 山を背にして建っている屋根が変わった建物。

 猫の耳のように、三角形の屋根がふたつ並んでいる。

 通称『猫屋敷ねこやしき』と呼ばれている。


「お晩でございます。お泊まりですか? 入浴のみですか?」


 番頭のまさに猫のような顔をした男は、小首を傾げながら先頭を歩いていた李楽に尋ねた。


「ああ、俺ら客ちゃうねん。ここにいるっちゅう人形職人に会いに来たんやけど……」

「まぁ、先生をお尋ねに? これは珍しい。どちら様のご紹介でしょうか?」

「月華風来館の店主や。ちーとばかり、こちらの方が聞きたいことがあんねん」


 番頭の男は、令月の方を見て一瞬目を大きく見開いたが、すぐに元の表情に戻る。


「そうですか。先生なら離れにおられると思いますが……ご案内いたしますね」

「ああ、それと、ついでに入浴もええか?」

「ええ、もちろんでございます」


 そうして、慧臣と李楽は露天風呂へ。

 令月と藍蘭は、人形職人がいる離れへ向かうことになった。






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