第53話 居場所
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確かに、コウセツさんと呼ばれていた女性が一時期ですが、よくこの店に来ていたことは覚えています。
当時は父が店主でして……
小生はまだ若く、今はこうして店主となりましたが、時期当主となるために、店のあらゆることを学んでいた頃ですね。
色々な国から商品が届きますのでね、小生は入った品物を煌神国の言葉に訳して商品に説明書を書く仕事を、よくここでしておりました。
この部屋に並んでいるのはどれも素晴らしい人形ですが、店の一番奥ですし、普通のお客様はあまりここまでは入ってこない静かな場所なのです。
人形の愛好家が来店する時間は、いつも決まっていましたから、彼らがこない間は集中して仕事ができたものです。
その愛好家たちの中に若い女性が三人いましてね、その内の一人が確かコウセツさんと呼ばれていた方だったと思います。
もう少し若ければなぁと、小生はいつも三人を見て残念に思っていたので、印象に残っております。
小生としては、こちらに並んでいる人形のようにもっとこう、幼い方が————おっと、失礼。
この話は今は関係がないですね。
とにかく、コウセツさんが何者かは知りませんでしたが、もう二人の方はこの人形を作った人形職人のお弟子さんです。
その方の名前までは覚えていませんが……コウセツさんは歳が近かったこともあってか、よくそのお弟子さんたちとお話していましたよ。
確かに何度か、手紙のようなものを渡していたのを見たことがある気はしますが……詳しいことまではわかりませんね。
コウセツさんがうちに来なくなったのは、蜜姫妃様がお亡くなりになった後だったような気はしますが……
まぁ、古い話ですので、私が話せるのはこれくらいですね。
コウセツさんが姿を見せなくなった後も、お弟子さんたちは人形作りに必要な材料を買いに来ていたので、何度か見かけることはありましたが……いつの間にか姿を見なくなりましたね。
彼女たちに聞けばもっと詳しいことはわかるかもしれませんが……————今も人形職人として働いているかどうかはわかりませんね。
今頃はもう、いい歳でしょうから結婚でもして子供も何人かいるかもしれませんし……
とっくに人形職人なんてやめているかもしれません。
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「————つまり、あなたは何も知らないということね」
それまで、黙って話を聞いていた藍蘭が、急に口を開いた。
「え、ええ。そういうことでございます」
「殿下、でしたらこんな怪しい趣味の男とこれ以上お話される必要はありません。確かに、ここにある人形はどれも精巧に作られている素晴らしいものかもしれませんが、こんなところに長居していては、殿下が変態の少女趣味に目覚めたと噂が立つかもしれません」
「変態とは失礼な!! この人形は、芸術作品で、瞳に使われている塗料には特別な石が————」
店主は藍蘭の発言に反論しようとしたが、睨みつけられて「ひっ」と短く悲鳴をあげる。
「殿下、早く出ましょう。こんなところを探したところで、何も出てはきませんよ」
「待て、今何と言った……?」
「殿下!」
「藍蘭、お前は黙っていろ!!」
「……っ!」
令月が珍しく声を荒げて藍蘭を制止し、藍蘭は押し黙った。
「店主、今、何と言った? 特別な石と言ったか?」
「え!? え、ええ。人形の瞳に使われている塗料は、特別な石からできているのです。異国の商人が発掘してきた星屎に似た石を使用していますので、発色が美しく、鮮やかで————……うちを贔屓にしてくださっている人形職人の方々は、それを使って瞳の色をつけているそうです」
(瞳に星屎を……? それって————)
慧臣はあの呪いの人形のことを思い出した。
母が作ったあの人形も、瞳に変わった素材の石か砂で作られた塗料が使われていた。
それも、妖力が増幅するような不思議な力を持っている。
「その人形職人は、どこにいる?」
「に、人形職人ですか!?」
「お前が言ったんじゃないか、紅雪と話していたのは、人形職人の弟子だったと……ならば、その人形職人の弟子に話を聞く。居場所を言え」
「そ……それは、その————言えません。人形職人は、顔を隠しているものです。居場所をいうわけには……」
「顔を隠している? どういうことだ?」
「それはその、ほら、職人の顔を知られていては、人形を抱いた時に『こんなに可愛らしい人形を作ったのが、あの爺さんかぁ』とか、そういう風に考えてしまうと、一気に萎えてしまうではないですか」
「は……? 人形を抱いた時? ん? どうして、人形を抱いた時に顔がよぎる?」
令月は、意味がわからず首をかしげる。
「ああ、殿下。それはな、人形愛好家のやつらは……まぁ、一部の人間やろうけど、人形を抱いて寝るんやて。俺の知り合いの商人にも、人形の愛好家はおってな、まぁ、でっかい大人の玩具や」
「は? ん?」
李楽の説明にも、やっぱりピンと来ていない。
これは慧臣も同じである。
「しゃぁないなぁ、つまりは、こういうことや」
仕方なく、李楽は令月の耳元でその人形の用途を説明した。
慧臣には全く聞こえなかったが、令月は少し驚きつつも納得したようで、店主を蔑んだような目をしながら、もう一度聞き直した。
「いいから、職人の居場所を言え。代金ならいくらでも払ってやる」
「え、それは……その、いくら殿下でも、これは決して教えるわけには……これは、小生の信用に関わる大問題で……————」
「私に協力するなら、人形ではなく本物の幼女を抱かせてやれないこともないが? どうする?」
「————そ、れは、誠でございますか!?」
「ああ、私はあの月宮殿の王弟殿下だぞ? こういう人形のような顔の者が好みなら、用意させよう」
「そ、そうですか! でしたら……絶対に、他で口外はしないでくださいね?」
令月はニヤリと微笑んで、店主から人形職人の居場所を聞き出した。
(え? 幼女って……え? まさか、そんな非人道的なことを!?)
慧臣は、自分が闇商人に人身売買に売られた時のことを思い出した。
あの中には、まだ年端もいかない幼い少女もいた。
そういう子供を、令月がこの店主にあてがうということだろうかと、思う。
(そう言えば、俺も令月様に拾われなければ、一歩間違えばどこぞの貴族の慰み者にされるところだったんだよな……あそこにいた子たちは、今どしているんだろう?)
令月が紹介状のようなものをスラスラと紙に書いて店主に渡している様子を見ながら、そう思った。
実はこの時、令月が紹介したのは、確かに幼女ではあるが、何千年も幼女の姿で生きている不老不死の妖怪であった————というのは、また別の話である。
一行は、店主から聞き出した人形職人が暮らす村へ向かった。