第52話 人形の館
「可愛いいいいいい!! 可愛すぎるわ!! 最っ高っ!!」
駆け込んだ先にいたのは、清国と西国の民族衣装を足して割ったような、珍しいが可愛らしい格好をした美少女と、その美少女の前で悶絶している色黒の大男である。
「あ、令月様……」
「え!?」
美少女の声を聞いて、令月は一瞬混乱した。
見た目は超絶美少女なのだが、声が慧臣なのだ。
「慧臣……? なのか?」
「そうですよ! え、そんなにわからないものですか?」
化粧もバッチリしてあるせいか、慧臣の姿は美少女にしか見えない。
普通にしていても、顔だけ見れば女と間違われるほど可愛らしい顔をしているのに、これでは完全に女にしか見えなくなっている。
「どういうことや? まさか、烏岳に抱かれて、ソッチに目覚めてしまったんか?」
「……ソッチって、どっちですか、李楽様」
「いやぁ、違うならええねん」
「……?」
慧臣が小首を傾げていると、その仕草がまた烏岳の心を揺さぶったようで、悶絶しながら可愛い可愛いと連呼している。
「いやぁぁん、本当に可愛いわ! 若、やっぱり私の見立てって最強だと思いません? この子には絶対にこの色が似合うと思っていたんですよ」
「落ち着け、烏岳。確かに似合っとるけど、どういうことか説明してくれへんか? なんで、慧臣に女装なんてさせてるんや?」
「だって、こんなに可愛いですし……若がいらっしゃらなかったので、代わりにお手紙を拝読しましたとろ、あの月華風来館に情報を求めて行くのでしょう? でしたら、この方がいいかと思いまして」
「……ああ、なるほど、そういうことか。確かに、この方がええな」
李楽は烏岳の言っていることに察しがついて頷いていたが、令月はさっぱり意味がわからない。
「おい、一人で納得していないで、私にもわかるように説明しろ! どういうことだ? 慧臣の女装と、月華風来館になんの関係があるというんだ?」
「うーん、せやなぁ、簡単に言うとなぁ、あそこの店主————美少女好きやねん」
「は?」
「それも、とびっきりの美少女。それこそ、あそこで売られている人形みたいに……」
「人形?」
「そうや。あの店の一番奥にな、精密な人間そっくりに動く人形が置いてあんねん。それがぜーんぶ、店主の趣味でなぁ」
李楽は、慧臣の方を見ながら続けた。
「だいたい人間で言うところの、九歳から十二歳くらいのかわええ女の子の人形ばっかりやねん」
つまり、その店主は少女趣味のある男なのである。
店主から何か情報を得るには、店主好みの少女がいるだけで、随分と簡単になるらしい。
烏岳はそのことを知っているため、慧臣を無理やり着替えさせ、化粧まで施したのだ。
大きくて太い指で、とても器用に繊細な作業をやってのけた。
「こんなに可愛くなっちゃって。食べちゃちゃいたいくらいだわ……ふふふふ」
若干の身の危険を感じつつ、慧臣はこの状態で月華風来館へ行くこととなった。
ちなみに、藍蘭にも同じような服装をしてみてはどうかと烏岳が提案したが、「こんな動きにくそうな服を来ていたら、護衛として支障をきたす」といって、頑なに断っている。
*
一行が月華風来館に到着した時には、すでに日が沈んでいた。
花街から近いこともあり、この店は夜遅くまで営業している。
妓女たちへの贈り物に、普通とは一味違った変わったものを選ぶには最適の品揃えだそうで、店内は賑わっていた。
「な、なんだこれは!」
他国から入った装飾品や楽器、どこか気色悪い仮面など様々なものが売られていて、ついつい令月は目的を忘れて商品に見入ってしまう。
それも、『座ると呪われる椅子』だとか『持ち主を殺す妖刀』だとか、なんだか怪しいものばかり。
「令月様! 買い物なら話を聞いた後にしましょう。っていうか、どうせ偽物ですから、そういうのは!」
いつの間にかいなくなっているので、慧臣が令月の袖を引っ張った。
店内はとても広い。
迷子になられたら厄介なのである。
李楽が売り場にいた若い男に声をかけると、この店の店主は例の『人形の館』にいるらしい。
一番奥のその一角へよそ見をせずに進んで行くと、確かにそこには多くの人形が置いてあった。
(びっくりした! ほ……本当に生きているかと思った)
まるで生きている人間のように置かれていた人形は、その全てがとても精巧に作られており、中には瞳や髪がキラキラと輝いているように見えるものがある。
慧臣はそれらの輝きに見覚えがあり、さらには、少女の人形のいくつかは、あの『呪いの人形』と呼ばれていた母の作った人形に似ているような気がした。
「おお、これはこれは、遊楽の若旦那! どうなさいました、こんな時間に珍しいですなぁ。何かお探しで? それとも、何か珍しいものでも手に入りましたかな?」
椅子に座って人形を膝に抱いていた狐のような顔をした男が、李楽を見上げる。
「あんたに用があって来たんや。聞きたいことがあんねん」
「小生に……?」
男は人形の腹のあたりを撫でながら、視線を李楽から令月に移し、さらに慧臣と藍蘭の方を見て表情を一変させる。
急に真っ青になって、ガタガタと震え、明らかに動揺しているようだった。
「なななな、なんです? 月宮殿の王弟殿下が、いったい何を?」
予想外の反応に、李楽も戸惑った。
慧臣の女装は完璧だ。
この男なら、慧臣を見れば喜んで鼻の下を伸ばして、ペラペラと簡単に話してくれると思っていたのだが、どう見ても怖がっている。
「ん? 殿下のことは知っとったんか?」
「え……? ええ、もちろんですよ! こんな月のように綺麗な殿方は、今この国にはお一人だけですし、何より、遊楽の若旦那が月宮殿の王弟殿下と懇意にしているのは有名な話ですからね。ははは……それで、一体、何をお知りになりたいのです?」
令月も不審に思っているようだが、一旦気にせず、要件をそのまま口にする。
「私の母、蜜姫妃のことだ。二十年ほど前、紅雪という女官が月に何度か母からの手紙をここに届けに来ていたと聞いたが、それは事実か?」
「こ……こうせつ?」
男の顔色は、より一層悪くなったが、男はなんとか作り笑顔をして知っていることを話し始めた。
「あ、ああ、コウセツさんですか? えーと、二十年も前のことですから……小生も詳しくは覚えておりませんが————」




