第50話 白
紅雪に蜜姫妃とのことで覚えていることを書き出してもらった令月は、月宮殿に戻ると、珍しく誰かに手紙を書いていた。
いつも椅子の上で頬杖をつきながら踏ん反り返っている令月が、真剣に机に向かっているのが嬉しいらしく、藍蘭は頼まれてもいないのに上機嫌でお茶とお茶菓子を持ってくると言って、厨房の方へ。
そんな藍蘭と入れ替わるように、慧臣は令月から頼まれた仕事をひとつ終えて、月宮殿に戻ってくる。
「令月様、藍蘭さんが鼻歌を歌っていましたが、何かあったんですか?」
「さぁ? よくわからないが、あいつは私が机に向かっているとなぜか喜ぶんだ。昔から。勉学か何かしていると思っているんだろう」
「王族の方って、幼少の頃から勉学に励むものじゃないんですか? 珍しいことのようには思えませんが……」
「慧臣、この私が自分の興味のない話を黙って聞いていられると思うか?」
「思いません」
「そういうことだ。藍蘭は私が机に向かっているとな、どうやら真面目に王族らしくなったと勝手に思うのだ。何年か前に、難しい本の写本をしているふりをしてやったら、今のように喜んで普段作らない料理まで作ったことがある。まぁ、実際に書いていたのは、李楽から聞いた怪奇小説の一説だと気づかれて、私の口に入る前に藍蘭が一人で食べてしまったが」
(何をしてるんだ、この人は……)
呆れながら慧臣は顔をしかめる。
本当に、自分の主人は気まぐれで、何を考えているかわかるようでわからない変な男だ改めて想った。
「藍蘭さんって、一体いつから月宮殿にいるんですか?」
「五年か六年前くらいだったと思うが……————まぁ、藍蘭の話はどうでもいい。それより、ちゃんと兄上に伝えてきたか?」
「はい。流石に直接はお会いできなかったので、側近の方に伝えておきました。明日には返事が来ると思います」
「ふん、ならいい」
令月が慧臣に頼んだのは、勅命を下してほしいという要請だ。
王からの勅命により捜査しているという証拠の特別な札があり、それがあれば王都であろうが、地方であろうが無条件で協力を求めることができるし、何か不穏な動きをしている者がいれば断罪できる。
その札を手に入れ次第、令月は紅雪が覚えている蜜姫妃の関係者の元を当たるつもりでいる。
王弟殿下というだけで、恐れをなして全てを話すものもいれば、王の命令でもない限り絶対に口を割らないという者もいるため、その札がどうしても必要だった。
「それにしても、令月様のお母上様はいったい、どこの国の出身だったのでしょうかね? 紅雪さんの話では、髪も肌も白い……令月様のような綺麗な男が何人もいたそうじゃないですか。そんなに目立つ人間がいたなら、すぐに噂になって、どこに住んでいるとか、どこの国の人間だとか、わかりそうなものですが————」
「それは、私もわからない。世界中を旅している李楽も、私のような者には会ったことがないと言っていた。金色の髪に、青い瞳の者なら何度か会ったことがあるそうだが、それでもここまで白くはないそうだ」
北のほうへ行くと、肌の白い者や、髪の色が明るい者が多い。
令月もキリスト教を広めに来た異国人と会ったことがあるが、髪は金というよりは茶色に近かった。
そして、彼らの鼻が高くて大きかったのが印象的であった。
「まぁ、とにかく怪しいのはこの店だ。世界各地から珍しいものを仕入れては、売っている。あそこは李楽の取引先でもあったはずだ」
「ああ、それで手紙を書いているんですね」
「そうだ。李楽が一緒に行けば、話も聞きやすいだろう————よし、できた」
令月は書き終わるとすぐに折りたたんで封筒にそれをいれて、慧臣に渡す。
「これを李楽に届けてこい。どこか他国へ出かけているようなら、店番をしている色黒の大男に代わりに渡せ」
「色黒の大男……?」
「会えばわかる」
そう言われて、慧臣は李楽のところへ向かった。
「————慧臣? またどこか行くの?」
月宮殿の内門から出たところで、お盆を持って戻ってきた藍蘭に声をかけられる。
「はい。李楽様のところに」
「李楽の……?」
「李楽様と取引をしている店に用があって————……一緒に、来て欲しいと手紙を」
「店……? なんて名前?」
「えーと、月華風来館です。俺の姉が働いていた店がある密苑の隣町にあるそうで……」
藍蘭は目を大きく見開いて、持っていたお盆を落とした。
上に乗っていた茶菓子と湯呑み茶碗が、地面の上を転がり、お湯が乾いた土にシミを作る。
「うわ! どうしたんですか、藍蘭さん! 大丈夫ですか!?」
慧臣はすぐにしゃがんだ。
跳ねたお湯が、藍蘭の靴にもかかったのだ。
「靴を脱いでください! 熱いでしょう!?」
すぐに冷やさなければ火傷になってしまうと、慧臣は藍蘭の靴を脱がせようと引っ張った。
すると、一緒に襪も脱げてしまう。
藍蘭の裸足は、令月の肌よりも色が白かった。
「これくらい平気よ!」
すぐに足を引っ込めた藍蘭だったが、慧臣ははっきりとそこに違和感を感じる。
藍蘭も肌の色は白い方ではあるが、手や顔の色とは、まるで別人のような色をしていたように見えた。
「藍蘭さん……あの————」
藍蘭は逃げるようにその場を立ち去ってしまう。
慧臣は、これ以上、追求できなかった。
(まさか、異国人……? いや、そんなわけ……————)
一瞬、頭を過ぎった仮説を、そんなわけがないと否定する。
(そうだよ、そんなわけない。藍蘭さんの髪は……白じゃない)
【第五章 王弟殿下と秘密の予言書 了】
第五章もお読みいただき、ありがとうございました。
もうお気づきでしょうが、章ごとに独立しているようで、実は全部繋がっています^^
次回から、第一部の最終章です。(コンテストに応募するため、一度区切ります)




