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第48話 宦官と女官


「どうして……紅雪のことを————?」


 明らかに合点は動揺していた。

 紅雪について何か知っているのは、誰の目から見ても明らかだ。

 合点は至極わかりやすい素直な男で、思っていることがすぐに表情に出てしまう。

 正直者だからこそ、女官の間では信頼されてはいたが、宦官としての立場は弱かった————というか、上の者からも下の者からも少し馬鹿にされているようなところがある。


「なんだ、合点。紅雪について、何か知っているのか?」

「それは……その————」


 令月に尋ねられて、合点は言葉につまる。

 その上、真夏でもないのに額からダラダラと大量に汗をかいていた。


「合点、お前も昨夜、明了の話を聞いていただろう? 紅雪は生前、私の母と交流があった女官だ。それも、噂によれば母の実家に手紙を届けに行っている。呪いを解くためにも、紅雪を見つけ出し、詳しく話を聞きたい」

「紅雪が、蜜姫妃様と……?」


 当時、宦官として出世できず、出遅れていた合点は宦官としての位は下の下であった。

 紅雪が後宮で誰のもとで働いているかまでは、合点は知らなかったのだ。


「紅雪は……あの子は、僕の…………初恋の人でした————」



 *早合点(当時二十五歳)の証言*


 紅雪と僕が初めてであったのは、僕が十二歳、彼女が七歳の頃です。

 僕は見習いの宦官として、日々仕事に追われていて、紅雪も女官見習いとして後宮に入ったばかりで……

 紅雪は年齢の割にとてもしっかりしていると言うか、どこか達観しているというか……大人びた子だったんです。

 僕は昔から、その、頼り甲斐がないといいますか————すぐに思っていることが顔に出てしまうせいもあって、すごく臆病で、怖がりで……今と何も変わっていませんね。

 その年の夏、今はもう取り壊されてしまいましたが、後宮の北の端にある古い納屋に、妖が出ると噂がありました。

 先王陛下に捨てられた女の怨念が生み出した妖だとか、悪霊だとかそういう噂です。


 僕は昔からとにかく幽霊とか、妖とか怖いものが苦手です。

 でも、その納屋の掃除をさせられる羽目になって……誰も行きたがらなかったので、くじ引きで引いた人間が行くことになったんです。

 そこに、紅雪もいました。

 彼女も、僕と同じでくじ引きに当たったそうで……

 何かあったら、僕がこの子を守らなきゃいけないとは思っていましたが、恐怖を紛らわすのに二人でたくさんいろんな話をしていました。


 ですが、掃除が半分ほど終わったあたりで、急に妙な気配がしたんです。

 納屋の入り口から、何かが入って来たのがわかりました。

 振り向くのが怖かったけれど、勇気を出して振り向くと……そこに、大きな虎がいて、突然紅雪に襲いかかって来たんです。

 僕は必死で、追い返しました。

 どうやって追い返したかは覚えていません。

 でも、気づいたら虎は逃げ去っていて、紅雪は僕が助けてくれたのだと言っていました。


 それ以来、悪いことだとは思っていましたが、紅雪とは密かに合うようになりました。

 まだ見習いとはいえ、女官はみんな王の女ですし、宦官である僕には男として大事なアレがありません。

 ですから決して、一線を越えることはありませんでした。

 ただ、お互いに……いえ、紅雪がどう思っていたかまでは僕にはわかりませんが……————紅雪は厨房でお菓子をもらったとか、何かと用事を見つけては僕が仕事をしていたところへ度々やって来るようになって……

 その頃には、すっかり紅雪も大人の女性になっていましたから、僕以外にも紅雪のことを気に入っている宦官はたくさんいました。

 でも、やっぱり、そうは言っても、宦官と女官が関係を持つことは、決して許されることではありません。


 そんな中、後宮では駆け落ちが流行しました。

 先王陛下が蜜姫妃しか寵愛しなくなってしまったせいで、お手つきになることを諦めた女官たちが、次々と逃げ出したんです。


 紅雪も、僕に言いました。

「私と一緒に、逃げましょう」と……。


 彼女は日頃から、そういう冗談をよく言う子でした。

 最初はまた僕をからかって遊んでいるのだと思いましたが、だんだんとその日にちや時間が具体的な話になっていったんです。

 ついに僕はその言葉を本気にしてしまって、後宮を抜け出す準備をして、待ち合わせの場所に行きました。

 けれど、時間になっても紅雪は来ませんでした。


 それどころか、蜜姫妃様のお父上が宮廷に乗り込んで行きたので、大騒ぎになって————

 僕はずっと紅雪が来るのを一晩中待っていましたが、やはり、彼女は現れませんでした。


 それに、後から行方不明になったと言う話を聞かされて……

 僕じゃない他の誰かと、駆け落ちしてしまったんだと、その時、始めて気づいたんです。



 *


「————紅雪が僕をからかったんです。僕はすっかり騙されて……それから彼女のことを忘れようと必死に仕事に打ち込みました。それからは、トントン拍子で出世しまして、今の地位に」


 合点は昔のことを思い出して、泣きそうな顔をしていた。

 だが、やはり不思議なことに、この話を合点がしている間、悪霊の顔が穏やかになっている。

 慧臣は、その様子が気になって仕方がない。


(なんでだ……? どうして、紅雪さんの話をしたら……? まさか————)


「あの、合点様」

「なんだい、慧臣くん」

「その……紅雪さんは、本当に、他の男と駆け落ちしたのでしょうか?」

「え? いや、本当かどうかまでは……でも、いなくなったのは事実だし、きっと、今頃その男と一緒にいるんじゃないだろうか。子供もいるだろうし、もしかしたら、もう孫だって……」


 合点がそう言うと、背後の悪霊が首を横に振った。


「…………やっぱり、あなたは紅雪さん、ですね。」

「え……? 何を言っているんだい? 僕のどこが、紅雪だっていうんだい?」


 慧臣は合点ではなく、その背後の霊を指差して言った。


「合点様じゃない、合点様に憑いている悪霊の方です」





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