第47話 それぞれの証言
「蜜姫妃様が後宮、または西の宮殿でお過ごしだった頃に在籍し、現在もこの後宮にいるのは女官が八名、宦官が五名。その内、紅雪と関わりのあった者はこちらの四名ですね」
若い宦官によって今日、この場に集められたのは、女官が二名と宦官が二名。
女官の二名は、二十年前は下級女官であったが、二名とも現在の側室妃の侍女をしている。
宦官の二名は、二十年前は下級女官の管理を任されていた。
「それと、翠蓮妃様も当時のことをご存知のはずです」
「翠蓮妃様も?」
「はい。記録によれば、翠蓮妃様は当時、桃円煌妃の侍女をなさっていました。紅雪は、蜜姫妃様の侍女として引き抜かれる前、桃円煌妃の元で同じく侍女をされていたようです。翠蓮妃様の話も聞けるように手はずは整えておきましたので、先にこちらの方々からお話を聞いていてください。時間になりましたら、合点様が迎えに来ますので」
若い宦官は、昼までの勤務らしい。
仕事のこれ以降は、自分の業務時間外のため、合点に引き継がれる。
「では、私はこれで」
深々とお辞儀をして、若い宦官は去っていった。
令月はその宦官を見ながら、「あいつは中々使えるな」と感心していた。
「月宮殿に引き抜きますか?」
「うーん、使えるが、顔が美しくない」
「え、顔?」
「慧臣、私の従者になるには、見た目がある程度美しいか、相当面白いやつでないとダメだ。毎日顔をあわせるのに、不細工では気が萎えるじゃないか」
「…………ああ、もういいです。さっさと始めましょう」
(もう指摘するのも面倒だ……)
慧臣は呆れながら、端から順に紅雪について知っていることを令月に話すように言った。
「ではまず、そちらの方から」
「はい……私が、紅雪について覚えていることは————」
*女官その一(当時二十二歳)の証言*
蜜姫妃様がまだ後宮におられた頃です。
当時、貴族や皇族の出ではない女人は、王のお手つきとなっても与えられる部屋がありませんでした。
それは今も同じことですね。
何しろ、先王様にはたくさんの女人をお手つきにしていましたから。
そうなると、個別に部屋を与えられるのは、王子様や王女様生んだ後側室に限られるようになりました。
当然、優先順位は王子様を生んだ方がもっとも位が高く、そのほかはご実家の身分できまる決まることが多かったのです。
それでも、若い女官たちは自分もお手つきになろうと必死になっておりました。
お手つきになり、王子さえ産めば将来は安泰ですからね……
ですが、紅雪はそういうことにまるで関心がないようでした。
なんでも、自分には心に決めた人がいるから————と、いつかその人と一緒になるのが夢なのだと。
女官は皆、王の女であるということはわかってはいましたが、紅雪は「心だけはその人のもの」だとよく言っていました。
ですから、私は紅雪が後宮からいなくなったことに、なんの疑問も抱いてはおりません。
ついに、その人と駆け落ちしたのだと、そう思ったので……
その相手がどんな男かは知りませんけど……
蜜姫妃様はよく紅雪にお使いにさせて宮廷から外へ出していましたので、きっと、どこかの貴族の坊ちゃんじゃないかと思うんですよね。
いつも外出から戻ってくるたびに、ちょっと高価な簪だったり、新しい白粉なんかをもらってきていましたから……
*女官その二(当時十八歳)の証言*
紅雪に男がいたことは間違いないですね。
蜜姫妃様が後宮に来てからというもの、先王様は他の女人に見向きもしなくなりました。
そのせいで、私もそうですがお手つきになるなんてことは全くもって不可能ということになってしまったんです。
みんな落ち込んでいたけれど、あの子だけはいつもと変わらなかったのです。
側室妃の座を狙っていた人たちは、みんな蜜姫妃を目の敵にして嫌っていたんですが、あの子は逆でした。
側室妃にはなれないけれど、王が寵愛している蜜姫妃様と一緒にいれば、そのおこぼれがもらえていい生活ができましたから。
みんなが蜜姫妃様の美しさに嫉妬していて、そのことに気づかなかったんですよ。
私もそのことに気がついてからは、嫉妬なんて馬鹿馬鹿しいと思うようになりました。
ですから、私はあの子が行方不明になったと聞いてとても驚いたんですよ。
蜜姫妃様は亡くなってしまったけれど、先王は蜜姫妃様に使えていた者たちに褒美をたんまり与えたんです。
そのまま留まっていれば、今頃大金持ちになってましたよ。
バカですよ本当に、男のためにそれを手にできなかったんですから。
どんな男かは知りませんが、後宮で働く女官にとって給金は大事でしょう?
そのまま隠居したって、十分生きられるくらいだったのに……
*宦官その一(当時三十五歳)
紅雪のことは、小さい頃から知っています。
それこそ、まだ見習いであった頃から……
とても聡明な子で、周りの子よりどこか大人びているという印象の子でした。
読み書きも得意で、頭の回転も早いので、側室妃たちから重宝されていたんです。
蜜姫妃様があの子を引き抜いたのも、きっとその聡明さに蜜姫妃様が気がついたからでしょう。
先王様は西の宮殿を蜜姫妃様にお与えになった当時、侍女として女官を数人あてがいましたが、一番信頼されていたのが紅雪だったんです。
あまりに頻繁に外出届けを出していたいので、理由を尋ねたところ「蜜姫妃様のご実家に手紙を届けてくるように言われている」と言っていました。
蜜姫妃様のご実家ということは、遠い異国だろうと思っていたのですが、いつもその日の内に帰ってくるので、特に問題にはしませんでしたが……
まさか、逃げ出すとは思ってもいませんでしたよ。
あの子はそんな子じゃないと思っていたのですが————噂によれば、男と駆け落ちしたそうじゃないですか。
やはり、恋というのは人を変えてしまうものなんだと、そう思いました。
*宦官その二(当時二十四歳)の証言
自分はその頃、下級女官の監視役になったばかりでした。
下級であろうと、女官は女官。
女は女で、当時のあの年代の女官たちは、若い宦官に対して、バカにしたような、見下したような態度をとる者ばかりでした。
自分は必ず側室になるのだという、自信であふれているという感じで……
そんな中、紅雪だけは違いましたね。
宦官をバカにするような振る舞いは決してしなかったですし、厨房担当の女官と仲が良かったので、よく作りすぎた甘味を自分たちにもおすそ分けしてくれたりしていて……
当時の宦官の中には、紅雪のことを悪く言うような人はいなかったと思います。
先王の目に止まろうと、他の女官たちは派手な化粧や香を使っていましたが、彼女は素朴だけど良い子という感じで……
自分も、まさかあの紅雪が流行りの駆け落ちをするとは思っていなくて、本当に驚きましたよ。
自分以外にも、きっと驚いた宦官は多かったはずです。
密かに紅雪に想いを寄せていた宦官がたくさんいましたから。
特に、合点さんは————あぁ、今ちょうどこちらに向かって来ていますね。
*
「————え? なんですか? どうして、みんな、僕をの方を見てるんです?」
翠蓮妃のところへ行く時間になったため、その場に呼びに来た合点は、皆の視線が一斉に自分の方に向いていたことに戸惑う。
ただ呼びに来ただけなのに、一体なんだろうと思った。
合点は引き継ぎの際、どういう理由で令月が皆に話を聞いているのかまでは聞いていなかった。
令月が何か調べごとをしているとしか聞いていなかったため、なぜ自分にこんなにも視線が集まるのかまったく心当たりがなかったのだ。
「今ちょうど、合点さんの話をしていたんです。あの時、合点さんも好きだったでしょう? 紅雪のこと」
「紅雪……?」
(……え?)
慧臣は、驚いて目を丸くする。
合点が紅雪の名前を口にすると、彼に取り憑いている女官の悪霊の姿が、一瞬だが普通の人間のように見えた。
(————今、笑ってた……?)